#7
“You Have The CONATUS?”
(……は?)
ベチャッと音を立て、直後に飛んできた何かがハカナの顔に張り付いた。何かの、水っぽいその一部が頬を垂れ、口の中に入る。
ゴクリ。水分を欲していた彼の体は反射的にそれを飲み込んだ。喉を通るぬめりとした感触。遅れてくるすっぱくて苦い、名状しがたい味。
頬に付いた何かを手で触れる。
ぐにっとした感触。頬から剥がしてみる。
それは、あかい、ヒトの、あかい、ナカの、あかい、ぴくぴくぴくぴくと、あかい、ぬくもり、あかい、カタマリ。
「――――ッ!!!」
堪えられず胃の中のモノをハカナはその場でぶちまけた。
「がッ……! げぼッ! おぇッ……!」
腹の内から流れるものが喉を焼く。構わない。出ろ、出てくれ、出せ! 全部。全部ーーーー!
……必死に、必死になって彼はそれを吐き出した。
機械の腕は咀嚼を繰り返したままで、少女は少し困ったような表情でハカナを見る。
ーーーー勿体ない。そんな言葉が聞こえた気がした。
先ほどと変わらない笑顔で少女は笑う。
「お兄さんは大丈夫ですよ」
(大丈夫? 何が……一体、何が大丈夫だというのだろう)
少女と目線を合わせられずハカナは身体を震わせる。
「他の人と匂いが違うのですからきっとずっと美味しいです。だからすぐに食べたりしませんよ。私は幸せを長く、出来るだけ長く続けたいのです。だから少しずつ、少しずつお兄さんを頂きます。これから、ずっと、ずーと、一緒に居てくれますよね?」
早口で捲し立てるように、それでいて、すこぶる穏やかに、少女はそんな事を言い放った。
(……この子は一体何を言ってるんだろう?)
逃げようにも、彼の体は動かない。
少女が何を考えているのか彼には理解できない。
何を、そんなに、僕を、食べる? わからない。理解できない。
理解できないものは……怖い。
「……あ、ああ……」
「あら、お兄さん? どうしたのですか?」
そう言いながら少女はハカナに近付く。
(怖い、怖い、怖い、怖い――――!)
そんな彼の思いとは裏腹に足は一向に動かない。
「君の……言う………て……家……族」
辛うじて声は出せたものの、言葉は震えてまとまらない。
「あぁ! ……家族の皆ですか! 一緒にいますよ。もう皆、離れることはないですし。大好きな彼もずっと私と一緒に居るって言ってくれました。今も一緒に居ますよ」
少女は笑って、そして顔を紅潮させる。
さながら恋する乙女のよう。
「でも、ごめんなさい。さっき動き回ってしまったからか……。まだお腹が空いてしまってて……」
フラリ、と少女はハカナの方へ歩き始める。
「ほんとうは、ダメなんですが……。ダメだと、わかってるのですが……。どうしても、どうしても我慢できなくて。きっと、彼もあなたも優しいので許してくれますよね……?」
(やめてくれ、近付くな……)
ハカナの思いは言葉にならず喉からヒューヒューと息が出て来るだけだ。
「だから、ごめんなさい。少しだけ、ほんの少しだけ……つまみ食い、させてください……」
吐息に熱を籠もらせ、少女は恥じらう表情で告白をした。
そして、右腕をこちらにゆっくりと、惜しむように近づけてきてーーーー
その『恐怖』にハカナの頭の中が真っ白になる。
ーーーーやめろ、来るな、やめろ、やめてください、なんでもしますから、それだけはどうか、やめて、やめて、やめてーーーー!
「――――死にたくないなら、避けろ」
「えっ……?」
ハカナは後ろからの声に本能的に振り向こうとしたが、ショートした思考、震えた足ではままならず、ずるっと足を滑らせた。
直後に鼻先を掠める白刃。
ガキンッと金属と金属がぶつかり合う音。
思考のままならないままハカナはその正体を見る。
(……日本……刀?)
人斬り包丁とも例えられる武器が彼の鼻先で機械の
ざんばらに切られた漆黒の髪。歳は二十歳前後だろうか。紅い瞳は鋭く、猛禽を彷彿とさせ、目前の少女を睨み付けている。
青年が刀を押し上げ、怪物の顎を強引に押しのけると少女の体は後ろによろめいた。
そして、そのまま青年は動かないでいたハカナの体を機械の少女から遠ざけるように突き飛ばした。
「……おまえには、生きる意志があるか?」
突如として現れた青年は振り向かず、ハカナに問いかける。
「…………」
ハカナは口をぱくぱくとするだけで問いに答えられない。いつから息を止めていたのか肺が酸素を欲し、心臓の動悸が全身を駆け巡っている。
何が起こってる? さっきの子は? 怪物? 機械? 刀? 何で? なんで、なんで、なんで――?
疑問だけが彼の思考を支配し、身体は変わらず自分の物でないかのように体は動かない。
*
「………………」
そんなハカナの様子を感じ取った青年は無言で手に持った日本刀を正中に構え、目前の強大な存在を紅い目で見据えた。
理不尽なものに対する怯えなど微塵もない。そうしなければ死ぬと、青年は『直観』していた。
……ならばそうするだけだ。覚悟は既に出来ている。
青年は戦闘態勢に入る。
「……いくぞ」
その言葉は誰にでもなく、彼自身に向けた言葉だった。
震えるだけの少年は目の前にある青年の背中に、何故か天使の翼を幻視する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます