デイ・トリッパー

またたび

デイ・トリッパー

 チクタク。チクタク。……


「ねえ、生きてて楽しい?」


「急な質問だなぁ」


 彼女は笑いながら僕にそう問うから、僕もそう笑って返す。


「楽しいか楽しくないかで言ったら……まあつまらないかな」


「やっぱり?」


「うん。やっぱり」


 風が心地よくて、空は晴天で。そんな風景の中、僕は寂しかった。


「アニメや漫画のような退屈を変えてくれるようなこともない。自分を心から支えてくれる仲間だっていやしない。人はいつだって孤独さ……まあないものを求めた結果がフィクションなのかもしれないけど」


「じゃあさ、なんで生きるの?」


 無邪気な笑顔で恐ろしい事を聞く人だなあ……。もしかしたら僕を壊すかもしれない質問なのに……。でも答えよう。


「……心から笑うことなんてない。少なくとも僕はない。そして、人は退屈しのぎを毎度しながら生きる。勉強も退屈しのぎ、娯楽も退屈しのぎ、どれだけ時間を潰せるか……それだけを考えて人は生きている」


「質問の答えになってないよ?」


「……まあ一言で言っちゃうと


 僕が生きることが、誰かの退屈しのぎになってることを心から願っちゃうからかな。だから生きる、だから死ねない……


 ごめん、一言じゃないね」


「……でも言いたいことは分かったよ」


 人は泡のように消えては生まれ……鴨長明の言葉を借りるなら無常な存在だ。それを憂いたり嘆いたりするつもりはない。


 とはいえ


 子供のように何も知らないわけにはいかない。ああ……なんて気持ちだろうか。


「じゃあさ、質問変えるね。君って誰も何も信じられない人?」


「そんなデカルトみたいな人じゃないよ……まあ、あながち間違ってはないけど」


「我思うゆえに我あり……の人だっけ?」


「そうそう、確かその人だよ。僕は見たものすべてを疑う体力なんて、ないけどね」


 彼女は悪戯に質問をする。


「じゃあさ、私は信頼してくれてるの?」


 僕は悪戯に間を開ける。


「……どうだろうね」


「ふふっ、意地悪ね」


「まあ大切な人だよ」


「……そう」


 彼女は悪戯に間を開ける。


「でも嬉しいわ、ありがとう」


「どういたしまして……そしてこちらこそ、いつも感謝してるよ」


「お世辞?」


「いえいえ。正真正銘、本当の言葉ですよ」


「ならいいなぁ」


「だから本当だってば」


「私は懐疑主義者ですからねぇ」


「君は根に持つタイプ?」


「まあね」


 気が付けば夜になってて、都会だから星空が照らすわけじゃなく、街の明かりが僕らを包むんだけど、それでも心地は良かった。


「……また明日が始まるね」


「……そうだな」


 二人とも一テンポ遅く、

 小さな声で、

 まるで独り言のように、

 でも確かに心は会話していた。


「……今日はもう二度と来ないのかな?」


「……思い出として残るさ」


「……思い出ってそんな素敵なもの?」


「……言われてみると、ロクなものじゃないかもな。都合良く姿は変わるし、なくせにそこでストーリーは終わってしまう。解釈ならぬ改釈はできても、続きは書けない。そこでストーリーはいつでも終わってしまう。だから思い出になった今は、もう二度と味わえない。今に勝るもんなんてないからね」


「……ふふっ、よく喋るね」


「……まあね」


「……じゃあ今は大切にしなくちゃね」


「……そう思ってみんな生きてるんだけど、そう思った時に今は通り過ぎていくから、難しいんだけどね」


「……それでも私は今を、今日を、大切にするよ」


「……その意気さ。またね、そろそろ時間だ」


「……もうさよならなの?」


「……思い出があるし、また明日があるよ」


「……でも今日は二度と戻って来ないよ?」


「……でも明日が今日に負ける保証もないだろ?」


「それもそっかぁ!……ふふっ、またね」


「ああ。楽しかったよ。最高の退屈しのぎだ」


 心から笑うことはないけども。

 心から笑ったかな。


「……私も退屈しのぎになったよ。君の生きる意味はちゃんとあったってことね」


 僕は多くを疑うが。

 彼女のその微笑みは疑う余地がなかった。


「まあね」


「「じゃあまた明日」」

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デイ・トリッパー またたび @Ryuto52

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