第6話 KAC6 最後の3分間

 ※地震の描写があります。



 1年後

 娘のサチ子がヨチヨチ歩きをはじめ可愛さがさらに増し始めた頃、それは起こった。


 日曜の午後

 私達が自宅でのんびり寛いでいると、突然スマホやTVの緊急警報が鳴りだした。


『今から30分後に大きな揺れが起こります。皆さん、避難してください!』


 30分後?少し引っ掛かったが、事態は一刻を争う。震源地は東京湾。このすぐ近くだ。私達は自宅にいたが、自宅はタワーマンションの20階だった。


「どうしよう!どこに逃げればいいの?」


「落ち着いて、ヨシ子。サチ子のオムツとミルクを準備して。地下鉄に逃げよう」


「地下鉄?」


「地震は地下ではあまり揺れないんだ」


 あと25分

 急いで準備をして外へ出ると、廊下は人で溢れ、エレベーターは全く来ない。階段でやっと地上に降りると、地下鉄へ向かった。沢山の人が行き交う中を、私達ははぐれないようにしっかりと手を繋いで急いだ。


 あと5分

 豊洲駅には人が溢れ、人々はホームからはみ出し座れないほど混みあって線路の中にも立ち入っていた。列車は全線停止、みんな揺れに備えた。

 私は恐怖で崩れそうな膝をサチ子とヨシ子を抱きしめることで何とか支えた。私がしっかりしなければ。


 あと3分

 遠くのほうから小さな振動が足元へ伝わる。

 始まった……。

 私の頭の中では思い出が次々に湧き出ていた。これが走馬灯というヤツなのか?

 不思議と思い出はヨシ子と出逢ってからのことばかりだった。


 ヨシ子の両親に挨拶に行った日

 歓迎して貰えないだろうと思っていたのに、義父は私の手を両手で握りしめ「よろしく」と泣いた。


 足元の振動は次第に大きくなる。

 ヨシ子は私にぎゅっとしがみつき、サチ子は泣き出した。


 ヨシ子から妊娠を告げられた日

 青空が一瞬でピンクに変わった。

 今までにない喜び。こんな喜びがあるなんて知らなかった。遺伝子レベルで感じる喜びは知らない自分を見せてくれた。


 振動がさらに強くなる。

 立っていられなくなり、線路の上にしゃがみ込む。サチ子は泣き叫び、ヨシ子も泣き出した。


 サチ子が生まれた日

 ヨシ子は難産でなかなか陣痛が進まず大変だった。付き添っていただけの私が疲れ果てて眠ってしまっても、ヨシ子は陣痛と戦い続けた。やはり女性は強く尊いことを改めて実感した。私もこうして産んでもらったのだ。母とヨシ子にはどうしたって頭が上がらない。空がしらみ始めた頃、ようやくその時が来た。


 両手に納まってしまいそうな小さな命が、私に幸せを教えてくれた。


 ゴゴゴゴという地響きと共に、私達は大きく揺さぶられる。





 絶対に守る。生きる。






 何かが爆発したような大きな音と突き上げるような大きな揺れの後、ピタリと全てが停止した。


 壁はひび割れ、柱が崩れている。早くここから出なければ。私達は人の波に飲み込まれ、何度もはぐれそうになりながら、手を伸ばし手繰り寄せやっとのことで外へ出た。

 入り口が塞がっているのではないかと心配したが、崩れてはいたけれど塞がってはいなかった。


 外へ出て驚いた。

 建物がほとんど崩れていない。地下であれだけ揺れたのだから、外はきっと壊滅的だと思っていたのに、ほとんどダメージは無く、ライフラインも正常だ。私達の自宅も崩れず、室内が少し荒れている程度だった。

 とにかくどうなっているのか、TVをつけて唖然とした。



『フクロウ島が消失しました!』



 フクロウ島が跡形もなく消えていた。


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