フクロウは、いつも遅れてやってくる。

卸忍辱

第1話 フクロウは、いつも遅れてやってくる

 バートランド王国。強力な銃兵隊を有し、貴族たちと国王が協力して運営する、大陸西部の巨大国家。そこにはひとりの王子がいた。名を、バートランド・L・レオニス。武術に秀でた礼儀正しい王子。子宝に恵まれなかった現国王の一人息子。

「今日も座学かい……?」

「レオニス様。もちろんです。よき王には知識が必要なのですからな」

 王子の教育係のライプニッツは十年前には人を動かすことに長けている政治家だった。彼の才能は、今では王子をいかに机に向かわせるかという部分に主に費やされている。

「勉強はギーがしてくれるだろう? 能力がある者に仕事を振るのが王の務めだって、父上もおっしゃっていたじゃないか」

「ギー女史はあくまで研究者でございます。政には政の知識がありますゆえ」

「頼めばやってくれるって」

「そうですな。して、王子殿下はギー女史に何を頼まれるおつもりで?」

「……それは……政治のこと……」

「知識がなければ人にものを頼むこともできませぬ。ゲオルグ様のおっしゃることは正しくあらせられます。そして、私の言うことも」

「……ぐ……むぅ」

「そう不満げな顔をなさらないでください」

「そんなに不満げな顔はしてないよ」

「左様でございますか?」

「うん。ただまだまだライプニッツには敵わないなぁって思っただけ」

「伊達に年を取ってはおりませぬゆえ。ほっほ」


 教育係と王子の絆は深い。


 王子と同じくらいの年の頃の子供を宮廷に引き取って育て、王子の代わりに罰を受けさせる。王子の教育に関するバートランド王国での伝統。その役割を与えられた子供が、ギー・レイネルだった。王子と幼いころから接してきた天才少女。現在では最新式の武器の設計さえしてみせる彼女は、しかしレオニスの前ではひとりの友人である。

「み、見て……ささ、最新式の銃……」

 中庭に試作品の銃を持ち込んで話し合う王子と少女。弾丸が抜かれているとはいえ銃を持った人間が誰の監視もなくこれだけ王子に近づいているというのは、少女が王宮でどれだけ信頼されているかという事実を如実に示していた。

「わっ、ギー、今日は一段と機嫌がいいね」

「えへへ……そうですか……だ、だって新しい銃の機構がついに完成しそうですから……」

「へー、これがそうなの?」

「はい。ニードルガンってとりあえずは呼んでます。こうやって、こうすると……」

 ギーが銃を構えて空装填を行う。

「今までの銃よりも少ない動作で弾丸を込められるんですよ」

「すごい! 銃ってもっとめんどくさいものだと思ってたけど……ギーは相変わらずすごいね。僕と同い年だとは思えないよ」

「わ、わ、私からしたらレオニスのほうがすごいです……貴族の前でも物怖じせずに王子として振る舞ってて……」

「そう育てられたからだよ。独学でここまで来た君とは違う」

「わ、私だって六つのときには国王様に拾われていたから、そんなに変わらないでしょう」

「そうかなー」

「ふふ……でも、レオニスのそういうところ、長所だと思います」

「そうかい? まぁ、長所は自分ではわからないっていうしね。受け売りだけど」

「ま、まだ弾丸のほうは研究中で……でも、か、完成すればこの機構の比じゃないくらいす、すごいです、よ」

「これ、レオニスにあげます」

「え!? 試作品なんだろ? そんなこと……」

「そのために持ってきたんです。国王陛下がそうしたほうがいいって」

「父上が……そっか、なら有難くいただいておくよ。ありがとう、ギー」

「お、お、王子殿下のためですから」


 少女と少年の絆は深い。


「レオニス」

「なんでしょう、国王陛下」

「……戦争に、なるかもしれぬ」

「は……? そんな、急すぎませんか? どこからもそのような話は……」

「我々も伏せていたし、あちらも伏せていたからな……まさか私も、これほどまでに急激に事が進むとは思っていなかったが」

「新兵器を開発している話は知っているかね? ギーがみせたと思うが」

「はい……まさか、あれが問題なのですか?」

「ああ。教会はよほど剣と英雄譚が好きらしい」

「そんな馬鹿な! いくらなんでも冗談でしょう!?」

「我々の研究が、教義に触れているそうだ。まったく……しかし我々とてはいそうですかと研究をやめるわけにもいかぬ。銃兵国家であればこそ、銃に関して妥協するわけにもいかぬし、すでにいろいろと準備も行っている」

「むしろ、なぜ教会が今更そんなことを言ってきたのかが気になるが……レオニス、お前も少し気にしておけ」

「わかりました、国王陛下」

「……下がってよい。ご苦労」

「はい」

 形式ばった会話であったが、その中でも二人の心はつながっていた。貴族と共同で国家を運営してきたバートランドの国王としての礼節や文化を重んじる能力はしっかりと息子にも受け継がれているゆえに。


 父と息子の絆は深い。


 聖堂騎士。教会の行使する武力であり、異教徒との戦のために編成された騎士団。気高く強烈な信仰を持つ誇り高い騎士……であるはずの存在。しかし枢機卿が汚職し信仰のもとに権益を奪い取るようになってからその性質は大きく変わっていた。今日もまた、ひとりの騎士が貴族の会合へ顔を出す。聖堂騎士カザン。当代最高ともされる武力を持ちながら極めて狡猾な野心家。

「カザン様。ようこそおいでくださいました。こちら……」

「僕はそのようなものは好みません。我々とあなた方を結びつけるのはただ利益のみであるべきです。信頼が大事などと東の商人たちは言いますが、それは弱者の言い分であり……私たちは強者です。そうでしょう? ライゼン公」

「え、ええ……そうですな」

「あなたがたは実に賢い選択をなさいました」

「専制君主の流れを汲むバートランド王国はすでに時代遅れです。ただその武力によって威光を保っているだけだ。そしてその武力でさえ貴族の協力なくしては維持することはできない。大丈夫ですよ。あいつらはただの無能ですから。無能は生きていてはいけません。まして、あなたがたのような有能な貴族の功績だけを掠め取ってゆくような君主は、そろそろご退場なさるべきだ」

「あ……」

 会合に出席していた貴族たちの表情が緩んでゆく。君主に弓引くというのはそれだけ非常識で正当性のない行為だということを貴族たちは理解していたし、彼らを操り続けるにはそこに付け込めばよいということもカザンにはわかっていた。

「決行は、三か月後に」


 教会と貴族の絆もまた、深い。




 ――父王が死んだ。その報せが王宮を駆けたのは、いつだったか。嫌な予感がしてはいたんだ。今日に限って、貴族どもが王の出陣を願っていたから。引き留めるべきだったのか? でも、どうやって? 後悔は尽きず、玉座の座り心地は最悪だ。

「レオニス様。現在、馬車を用意しております」

「あ、ああ……ごめんよ、迷惑をかける」

「貴族の風上にも置けぬ奴らです。金に目がくらんだかっ! 貴族とは血と誇りだというのに……」

「ライプニッツは、僕の味方でいてくれるのかい?」

「当然です。馬車の準備にはもう少しかかりますから、今は少しでもお休みください。ギー女史もすぐここに来るよう伝えてありますので」

「そうだ、ニードルガンを持ってきてもいいかな? あれを渡したくはない」

「……畏まりました」

「じゃあ、また」

 それが、最後の言葉だった。ニードルガンを抱えて玉座の間に戻った僕を待っていたのは、血まみれで倒れるライプニッツと、聖堂騎士の装束に身を包んだ男に首を掴まれ宙に浮いているギー。

「な……どうしてっ!? いくらなんでも早すぎる、警備はっ!?」

「警備は殺したよ。これでも聖堂騎士でね。僕を止めたいなら数の利を生かせる戦場で兵士を百人は用意しておくべきだ」

「ギーを離せ。さもないと撃つ」

「ハッタリはやめておいた方がいい。弾のない銃では人は脅せないよ。きみの銃に弾が入っていればもう撃っているはずだ」

「く……」

 バレている……弾がないことが。

「レオニス……か、完成してます、それは……撃ってください、私ごと……」

「で、でも、弾が!」

「弾がないのに撃てる銃でも発明していたのかい? ハッタリにしてはお粗末だ……が、この間合いなら銃が撃てたとしても負けはしない」

「に、二発分重くなっている、はず……です」

「え……?」

「それは、銃で会って銃ではないんです。概念を打ち出す武器、ミネルバ」

「あなたの大切なものを対価として、形而上から敵と認識したものを焼き尽くす概念武装」

「撃てる、はずです」

「想像以上にヤバそうじゃないか。やっぱり、先に殺すよっ!」

 引き金をに手をかける。すでに装填は終わっている。

「なんのつもりだか知らないが、当たらない!」

「当たります」

「それは、ありとあらゆる学者・知識人たちの諦念と怨念から作られた、現実を覆す意志。形而上の武器。魔法と呼ばれるべき存在。知識を以て力と成すもの……そして同時に、それは黄昏に飛び立つ梟であらなければならない」

「つまり。使用するには、あなたの大切なものが奪われなければなりません。手遅れになってからでなければ力を発揮できない。結局のところ、学問という概念は不完全で頼りなく、極めて気難しいものなんです」

「ですが……あなたにはその資格がある」

 自然と、口が動いた。指が引き金を引いた。

「ミネルヴァの梟よ。意志の翼で、遥かな黄昏より来りて世界へ羽ばたけ!」

 銃口から巨大な梟が飛び立つ。それは目の前の騎士を内側から焼き尽しただけでなく、敵対していた貴族、聖堂騎士、すべてを焼き殺していった。見えていなくても、わかる。あれはそういう武器なんだ。


 一瞬にして、三千以上の人間が焼け死んだ。


「これは……」

「何人、殺しましたか?」

「え?」

「それは、殺したい人間を殺したい数だけ殺せる兵器です。み、ミネルバの梟は……感情のコントロールを目的とした、王のための兵器なんです」


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フクロウは、いつも遅れてやってくる。 卸忍辱 @orosi_niniku

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