夢見る少女のメランコリー

かきはらともえ

『夢見る少女のメランコリー』





     ★


 この町で撲殺事件が起きた。

 家に帰ってから新聞を見ると、新聞にも載っていたし、夕方のニュースでも取り上げられていた。

 目撃証言はないらしく、調査が難航しているとのことだった。

「…………」

 わたしは部屋に戻って鍵を閉める。

 押し入れを、開ける。

「――――わあ」

 開け放つと、一羽の『鳥』が向かってきて、わたしの肩の上に留まった。

 そして、その鳥は頭だけをこちらに向ける。

「ねえ、オウル。知ってる?」

 わたしは肩にいる『鳥』の『オウル』に語りかける。

「――知ってるとも!」

 オウルは答える。

「ぼくと奈央の!」

「オウルは、どう思う?」

「うーん。直接見てみないと何とも言えないけど、たぶん『』の影響だね」

 やっぱり、そうだと思った。

 オウルとわたしは。記憶を共有しているからきっとんだろう。

「じゃあ早速今晩から調査だね」


     ★★


 オウルとの出会いは、デパートだった。

 どこからともなく、声が聞こえてきた。声のするほうに向かうと、声がしたほうへ向かうと、そこには不思議なペンダントをした一羽の『鳥』が――オウルがいた。

 そこでオウルはわたしに対して言う。


「きみに世界を救ってほしい」


 と。

 わたしは、オウルを連れてデパートを出た。流石に連れて帰るわけにもいかないので、ちゃんとお金は払った。

 

 家に持って帰ってきて、部屋にオウルを連れてきて話をした。


「ぼくの名前はオウル! きみには魔法少女としての才能がある。お願いだ。世界を救ってくれ」

 オウルが言うことは、わたしが小さい頃に夢見ていたことだった。

 わたしの前にも妖精がやってきて、『世界を救ってくれ』と、お願いされる。


 そんな夢が、中学三年生の冬。

 遂に訪れた。


 高校受験で気疲れしていた。ストレスが溜まっていたのもあった。

 むしゃくしゃしていたのもあった。お母さんがうるさくて嫌気が差していた。

 だからわたしは、詳しい内容を聞かずに、


「いいよ」


 と、オウルに言った。

「奈央、きみならそう答えてくれると思っていたよ」

 表情は変わらないけど、心なしか嬉しそうにオウルは言った。

「あれ? どうしてわたしの名前を? 自己紹介……したっけ?」


 ふふっ、と。

 オウルは笑う。


「ぼくはずっと、きみに出会えるときをずっと待っていたんだ。そしてこうして契約したんだから、ちゃんと伝わったよ」


 不器用なウインクをして見せるオウル。

「ねえ、奈央。ぼくの着けてるペンダント、はずしてごらん」

 言われるままにペンダントをはずした。

「それはきみが魔法少女に変身するときに使うアイテムだ。それを両手で握って目を瞑って願いを込めてごらん」

 プラスチックの、明らかに安物のペンダント。

 これで変身できるのか?

「どんなふうに願えばいいの?」

 願うって言っても、わからない。

 具体的に言ってもらわないと難しい。


「『わたしは魔法少女』って願ってごらん」


 とりあえず頷いて、わたしはペンダントを両手で握って目を瞑った。

 そして願った。


 願って。願って。

 願って。願った。


「――――もういいよ」

 オウルの声が聞こえた。

 目を開けると、わたしはふりふりのピンク色が特徴的な衣装を着ていた。

「わっ、わああ……」

 魔法ってあるんだ。

 凄い――ってあれ?

 ふと部屋にあるデジタル時計を見た。デジタル時計に表示されている時刻――それはわたしが願う前に見た時刻から二十分後だった。

 わたしは、改めてペンダントに目を落とす。

 何の変哲もない安っぽいペンダントに、こんな力があるとは。

「ねえ、オウル」

 わたしの肩に向かって飛んできて、留まる。

「世界を救うって、具体的には何をするの?」

 わたしは、肩にいるオウルに訊ねた。

「魔法少女の仕事は『まもの』退治だ」


     ★★★


「――よっと」

 目を開けると変身は完了していた。

「随分と慣れたものだね」

 魔法少女になって二週間。流石に変身のコツも掴んできた。

 目を瞑って、目を開くまで十分あれば変身できるようになった。


「今日は見つかるかな、『まもの』」

 撲殺事件から既に五日も経過している。

 その間に追加でふたりの被害者。合計三人も撲殺された。この五日間、事件が起きてから五日間、わたしは毎晩毎晩、『まもの』を捜索している。一応四体ほど見つけたけれど、倒すことができた『まもの』は二体で、残り二体は逃がしてしまった。

『まもの』は人間の荒んだこころが生み出した邪悪な存在。

 わたしはその『まもの』を、このステッキで倒してきている。

「取り逃がした『ふたり』のどっちかが、撲殺事件の『まもの』のはずだよ」

「うん」

 ただ、注意が必要なのはこちらが『まもの』に見られてしまったことだ。


「さてと」

 時刻は零時を過ぎた。

 わたしは今日も『まもの』を倒すために町に出る。


     ★★★★


『まもの』を調査するためにわたしは町に出るが、いくら夜でもこのままじゃ目立ちすぎる。

(ペンダントを握り締めて願うんだ。『姿を隠す』って。そうすれば魔法は発動する)

 オウルはわたしの心に直接語りかけてきた。

 オウルは今、空高くを飛んで、『まもの』を探している。距離はあっても、わたしとオウルは一心同体。

 心は通じている。

 いつでも心の中でわたしに対してオウルはアドバイスしてくれる。

 わたしはペンダントを握り締めて、目を瞑り願う。

 そして目を開けると既に闇に溶けていた。

 流石に何度も何度も経験を積んでいれば目を開けるタイミングもわかってくる。わたしはステッキを縮めて懐に忍ばせる。

 オウル曰く、わたしは魔法攻撃が苦手らしい。

 魔法少女の才能はあるのに魔法攻撃が苦手というのは、ちょっと意味がわからない。魔法攻撃がろくに当たらないなら仕方ない。

「――『まもの』を探すのは夜じゃなくてもいいんじゃないの?」

(『まもの』は夜に出現するんだ。それに姿を消す魔法も完全に消せているわけじゃない。カメレオンみたいに背景の色と一緒になってるだけなんだよ)

 思ってたのと違うなあ、とわたしは町を歩いて調査する。

 どうせなら魔法で倒したんだけど、使っても『まもの』に当たらないんだからどうしようもない。

 それにしても、夜に徘徊しながら探すのって結構疲れる。

 それに、例の逃した『まもの』も町を徘徊しているかもしれない。背後も注意しないといけない。

 そのときだった


「――あっ」

 咄嗟に身を隠す。

『まもの』がいた。咄嗟に電信柱の影に身を潜めたからなのか向こうはこちらに気づいていない。闇に溶け込む魔法は、『まもの』が相手でも効果がある。

 ならば、チャンスだ。

 わたしは懐からステッキを取り出して、伸ばす。

 わたしが得意とするスタイルはステッキによるバトルだ。

 ステッキを構えて、呼吸を整えて――『まもの』に向かって走る。

 一気に距離を詰めて、『まもの』に向かって――頭を目がけてステッキを振るう。

 振るう、振るう――


 ――――振るえない!


 振り被った状態から腕が、ステッキが動かない。

 わたしは咄嗟にステッキを見ると――別の『まもの』がステッキを握っていた。あれだけ注意していたのに、背後に回られたのか! 

 …………!

 そうか。この『まもの』の恰好は、真っ黒だ。

 わたしと同じく――闇に溶け込んでいて、気づけなかったのか! 

「あっ……!」

 狙っていた最初の『まもの』は逃げてしまった。取り逃してしまう! まずはこの真っ黒な『まもの』を何とかしないと……!


 ステッキを握ったまま、身体を捩じって向きを変え、左手を拳に変えて真っ黒な『まもの』に放った――ところで、更に別の『まもの』が現れた。

 同じく真っ黒な『まもの』がもう一体。

「う、うわっうわわ!」

 それだけじゃない。

 ほかにも『まもの』が、『まもの』がまだまだいる。

 ひとり、ひとりと増えてくる。


「おっ、オウル――――」


 空を飛ぶオウルに、アドバイスを。

 助けを、求める。


「――――オウル! 助けて!」


 オウルは強いと言っていた。

 自身を猛禽もうきん類であると、狙った獲物は逃さないと。


 ――――切り札は、オウルだ!


――え?」

 


 駄目だ。駄目だ。駄目だ。

 崩れる。崩れる。崩れる。


『まもの』が何か言ってる――なにいってるかわからない。言うな言うな言うな言うな。聞こえない聞こえない聞こえない。わからないわからないわからないわからない!


 ――


「い――いやだ! ! やったのはんだ! ――」


 

――」


     ★★★★★


 撲殺事件の犯人はわたし。平日奈央だった。

 高校受験のストレスもあった。毎日大嫌いな勉強ばかりやらなきゃいけない。頑張っても頑張っても――お母さんはうるさいし、学校じゃ友達も受験のことばっかり。

 お母さんも、学校も、先生も、友達も、勉強が嫌いなわたしも――何もかもが、うざかった。


 ――――


 そんなとき、気分転換にやってきていたデパートで、とてもかわいいを見つけた。ぬいぐるみと一緒にふりふりの衣装を買った。

 魔法少女になるのに、だ。


 でも、だった。


 魔法攻撃が苦手だったのも、所詮は妄想でしかないからだ。

 わたしの頭の中ではビームが撃てているけど、現実じゃそんなビームは出ていない。

 闇に溶ける魔法も、ふりふりの衣装から黒い服を羽織っただけだ。

 ステッキなんか、お父さんが護身用として家に置いてある金属製の警棒でしかない。


 わたしは、わたしで。

 ぼくは、ぼくだった。


「ねえ、奈央」

 ぼくはきみと一緒だよ。

 ずっと一緒だよ。

「うん。そうだね」

 わたしはきみと一緒だよ、ずっと一緒だよ。


 死ぬまで、一緒だよ。




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夢見る少女のメランコリー かきはらともえ @rakud

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