ゲーム『テディ・モンスター』

#8-a 悪夢

ドラマ『緑の病棟』:制作秘話インタビュー―――――

 ああ、最後のシーンですね?

 原作の、カビが異常繁殖して病室を埋め尽くすところ。

 再現しようとしたんですけど、結局、ロケ先から許可が降りなくて、ボツになったんですよ。おかげで、レジスト、でしたっけ? 植物に音を聞かせ続けると、暴走するっていう設定。あれもドラマじゃカットしないといけなくって。ほら、暴走の説明があると、なんで植物繁殖しないのってなるじゃないですか。そんなこんなで、お姉ちゃんが殺されるのも、病室に変更になって。

 他にも、大人の事情で結構変わってるところあるんですよね。

 でも、まあ、言い訳みたいですが、なんとかおかしくない話にはなってるハズなんで、その辺も含めて楽しんでいただければな、と。

――――――――――――――――――――

 亜理子は真っ白なシーツに包まれていた。

 覚醒した意識と一緒に、飛び起きる。

 白に刺された痕は、ない。

 いや、それどころか、自分の身体が、縮んでいた。


「えっ? え? はぁ!?」


 混乱のまま周囲を見渡す。

 視界に映ったのは、かつて交通事故をきっかけに過ごす事となった、病室。まるでアルバムを開いたときのように、おぼろげな記憶が、目の前の光景と鮮やかに結びつく。病室を区切る白いカーテン、子ども用のピンクのパジャマ、ベッドサイドに置かれたぬいぐるみ、時代遅れのゲーム機。そして、壁には、十二年前のカレンダー。


(今度はタイムスリップ?

 いくらなんでも、ドラマの次にこの展開はないんじゃない?)


 ドラマどころか、友達に刺されて気がつけば過去だったなど、漫画でも絵本でも見たことがない。それとも、亜理子が知らない何かが現実になったのだろうか。


「最悪……でもないか」


 いつもの口癖を言いかけて、引っ込める。

 過去に戻ったという事は、亜理紗はいまだ、生きているのだから。

 とりあえず、亜理紗の無事を確認しようと、起き上がる亜理子。いま亜理紗がどこにいるかなど見当もつかなかったが、病院のロビーで電話を借りるくらいできるだろう。

 しかし、ベッドを降りようとした途端、ノックの音が響いた。


「……どう、ぞ」


 一瞬戸惑った後、声をかける。

 入ってきたのは、子ども姿のアキ


「あの、えっと、あ、亜理子ちゃん……?」


 ではなかった。アキなら、「六条さん」と呼ぶはずだ。ということは、この時期に遊んでいた別の友達という事になる。


「……もしかして、アキラ?」


 バイト仲間と同じ名前を、問いかける。


「え? う、うん……?」


 戸惑いがちに、うなずくアキラ。

 ああ、そういえば、こんな子が、いた。

 退院と同時に会わなくなってしまったが、アキラの両親もこの病院に勤めていたため、その関係で知り合ったハズだ。病人のくせに元気いっぱいで、よく病室でゲームをやっている自分のところへ遊びに来ていた。

 だが、アキラはじっと突っ立ったまま、こちらの様子をうかがっている。おかしい。「元気いっぱい」というのは、自分の記憶違いだったか? これではまるでアキだ。不審に思っていると、


「あの、もしかして、六条さん?」


 アキラから、予想外の疑問が飛んできた。


「っ!? もしかして、アキ?」

「や、やっぱり……っ!」


 駆け寄ってくるアキ。


「病院でお母さんに診てもらって、急に子どもになってて、そしたらっ!」


 そして、泣きそうな顔でまくしたて始める。

 よほど酷い目にあったらしい。

 無理もない。映画のゾンビや学園祭のモンスターの時と違い、ひとりで、自分のような「能力」も持たず、この状況を乗り越えなければならなかったのだから、泣きたくもなるだろう。

 取り敢えず、アキを落ち着かせながら、亜理紗は断片的に聞こえる情報を拾っていった。やはりというべきか、ここはただの過去ではないらしい。アキはアキラになっているし、母も別人、ナイフを振り回す女学生にも出会ったという。


「てか、よく無事だったね」

「う、うん。刺されたんだけど、気がついたら、病室の前で、ケガも治ってたの」

「……その刺してきたのってさ、ヘッドホン付けてて、髪ショートカットで、無愛想な感じじゃなかった?」

「えっ? な、なんで知ってるの?」

「私も刺されたから」


 今度は自分の話を始める亜理子。

 ドラマが現実になって、自分が患者役で、亜理紗が地下で殴られて、突然現れた友達役の白に刺されて――


「最後はドラマと違うから、また何か別のが現実になったと思うんだけど……

 アキは心当たり、ない?」

「う、ううん。私も、よく分からなくて……」


 アキの否定の言葉は、途中で止まった。そのまま、青い顔で硬直する。

 その視線は、亜理子の背後を見つめていた。

 振り返る亜理子。

 そこには、ベッドサイドに置かれたゲーム機からとびだす、ぬいぐるみのように可愛らしくデフォルメされた、騎士甲冑のキャラクターがいた。

 亜理子は、そのキャラクターを知っていた。こどもの頃、よく遊んだ『テディ・モンスター』に出てくるモンスター、ミニナイトだ。モンスター、といっても、そこは低年齢層向けのゲーム。危険な怪物でもなんでもない。むしろ友好的で、頭をなでたり、一緒に遊んだりして「友好度」なるものを上げれば、ミニゲームが出来るようになる。確か、ゲームのキャッチコピーも、「遊びの数はモンスターの種類だけ!」だった気がする。


(でも、こいつ、格闘ゲームで勝たないといけないんじゃなかったっけ!?)


 が、このミニナイトは、例外的に好戦的な性格にデザインされていたはずだ。

 その嫌な予感に応えるように、剣を構えるミニナイト。

 確か、ゲームでは、直前で手に入るアイテム「小さな友情の剣」で決闘を受けるイベントがあったはずだ。もちろん、そんな名前からして熱いアイテムは手元にない。やむを得ず、亜理子は自分の身についた漫画の超能力で対抗しようとする。しかし、


(っ!? 熱く、ならない……?)


 近くに置いてあった花瓶を掴むも、微塵も温度は変わらなかった。

 それどころか、水が、子どもの手に重く感じられる。

 一瞬の戸惑い。

 その隙を見逃さず、ミニナイトは剣を振りかざし、飛び上る。

 慌てて、花瓶を投げつける亜理子。

 ゲームのモンスターは、空中で身をひねってそれをかわし、


「きゃ……!」


 アキに、襲いかかった。

 アキとミニナイトの間に、身体を滑り込ませる亜理子。

 迫る、ミニナイトの剣。

 デフォルメされているとはいえ、ナイフ程度の大きさがある。

 刺されば、怪我では済まない。

 が、力を失った亜理子は、抵抗もできず、ただ鈍く光る刃を見つめ、


「……もう『漫画』なくなったんだから、そんな風に守らなくてもいいのに」


 背後から伸びた白い腕と、その手に握られたナイフ――否、ゲームのアイテム、「小さな友情の剣」が、ミニナイトを突き刺すのを、見た。

 刺されたミニナイトは、ゲームの演出そのままに、ガラスの様に砕け散る。

 振り返る亜理子。

 そこには、高校生の姿のままの、白が、いた。


「っ! なんでっ! アキは!?」

「……これから、説明する」


 声を上げる亜理子を遮る白。

 そして、相変わらず、感情のこもらない声で、続けた。


「……十二年前のこの日、アキラは友達――六条亜理子と一緒にゲームで遊んでた。ゲームをやってる間は何ともなかったけど、迎えに来たお母さんと帰る途中、ゲームが現実になって、何にもないはずの廊下に、モンスターが出てきた。それが、この事件のはじまり」


 一息にそこまで話すと、小さく息をつく白。

 絶句する亜理子。

 しかし、一瞬の後には、問い返していた。


「アキは、無事なの?」


「……ん。大丈夫。無事。すぐに会わせる。約束する」


 白は、小さく微笑むと、そう答えた。

 嘘はない。

 そう悟ったはいいが、


「で、ええっと、その……ああ、もう! 聞きたいことと言いたいことが多すぎるわ!」

「……いいよ。これから、もっとちゃん説明するから。ついてきて?」


 そんな亜理子に笑みを浮かべたまま、白は病室の外へと歩き始める。

 が、途中で立ち止まった。


「……あ、そうだ。刺して、ゴメンね?」

「…………謝る気ある?」


 叫んだ自分は悪くない。が、白はいたって真面目な顔で、


「……刺し返して、いいよ?」


 どこからか取り出した、「小さな友情の剣」を差し出した。


「あ~っ! もうっ! 今はいいわよ! どうせ、話、聞かないと分かんないんだし!」

「……そう、ありがとう」


 再び小さく笑って、白は病室のドアをくぐる。

 急に戻って来たバイト先と同じ雰囲気に毒気を抜かれながら、亜理子も後を追った。


 ※ 続きます(次回更新は、2019年6月24日(月)を予定しています)。


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