#7-c 発病
「脳波が変わらない……? どうして……っ!」
圭の声と共に、アキは
――いや、アキだった者は、目を覚ました。
「……ダメだったの?」
「っ! 白……? ああ、『代わった』のね。助かったわ」
小さく息をつく圭。
焦りが消えるのを待って、白が問いかける。
「……どうするの?」
「そうね……失敗した原因は、『創造物』が『外に残ってる』せいだと思うの。
悪いけど、対処して貰ってもいいかしら?」
「……それ、漫画の時も、殺人鬼の時も、ラノベの時も聞いた。
昨日も、今度は私じゃなくて、アキが直接ノイズ聞くから、結果が変わるはずって言ってた」
「ええ。認識が甘かったわね。
だから、今回はアキを『眠ったまま』の状態にしたの」
「……始めから、そうすればよかったのに」
「初めは『対症療法』で脳波が正常に戻ってたのよ。
無理に『隔離』しても、アキの『想像力』が余計に膨らむだけだわ。
それに、もう時間がないしね」
「……できるの?」
「ここまで来たのよ? やってみせるわ」
言いながら、圭はコンソールから離れ、白の横たわる治療台の隣に座る。
そのまま、白の肌につけられた電極を外し始めた。
白は、独り言ともとれるような、指向性のない声で呟く。
「……寝てる間、あのときの夢を見た。ちょっと、欠けてたけど」
「そう……ずいぶんうなされていたけど、大丈夫だったの?」
「……私は平気だけど、『アキ』は思い出したかもしれない」
「それは、仕方ないわ。いつかは知らないといけないことだもの」
器具をはずし終わり、白の服を直す圭。
白は、手でそれを払った。
「……服くらい、自分で着れる」
「あら? 残念」
あまり残念でもなさそうな圭を横に、白は治療台を降りる。
「……学校の事件の後、『アキ』が『何』に『触れた』か、知らない?」
「ええ。話す時間も、あんまりなかったから」
「……母親のくせに?」
「私が、本当に母親をできるのは、終わってからよ?」
「……そう、じゃ、探してくる」
そのまま部屋を出ようとして、
「あ、待って?」
呼び止められた。立ち止まる。
「忘れてるわよ?」
渡されたのは、携帯。画面をつけると、学園祭が終わった直後の、亜理子とのやり取りが残されていた。
――ありがと。無事に見つかったわ。
――そう、じゃ。
「あなたのフリするの、大変だったわよ」
可笑しそうに笑う圭。
白はだまったまま背を向けると、実験室の扉を閉めた。
# # # #
脳科学研究所を出た白は、病棟を歩いていた。
向かう先は、バイト先の店長のいる病室。
(六条なら、アキの『触れた』もの、知ってるはず……)
が、店長の病室のある階まで来たところで、眉をひそめた。
店長の病室の前に、看護師や医師が群がっていたからだ。
駆け寄る白。
そこには、ストレッチャーで運び出される、亜理子がいた。
「……六条っ!」
人の群れをかき分け、呼び掛ける白。
亜理子はこちらを向くと、力なく微笑んだ。
「キミ、友達かい?」
医師のひとりが、話しかけてきた。
「そうか。彼女、見舞い中に倒れてね。
どこかおかしいところとか、なかったかい?」
「……いえ。普通、でした。昨日まで、元気だったし」
「そうか。ありがとう。
検査結果が出ないと分からないけど、最善を尽くすよ」
言い残して、慌ただしく去っていく医師。
白はそれをじっと見守っていたが、
「白ちゃん?」
店長の声に、振り向いた。
「……何が、あったんですか?」
「それが、亜理子ちゃん、見舞いに来てくれたんだけど、急に咳き込んで、倒れたのよ。来た時は何ともなかったから、始めはただの風邪かなって思ったんだけど、だんだん冗談じゃすまなくなって……白ちゃん、何か知らない?」
困惑した表情のまま、先ほどの医師と同じ疑問を飛ばす店長。
白は首を振った。
「……六条は、店長に何か言ってませんでした?」
「さあ……さっきもお医者さんに聞かれたけど、変なことは何も。文化祭、友達と回ったとか、楽しそうに話してたくらいだから」
「……その友達のことは、何か言ってました?」
「え?
ええ、さっき病院で会って、ドラマの話で盛り上がったって言ってたけど?」
「……そのドラマ、タイトルとか、分かります?」
「確か、この間、最終回やってた『緑の病棟』ってやつで……あ、ちょっと!?」
話の途中で病室を飛び出す白。
廊下を駆け抜け、圭の研究室へ。
圭は診察に出たのか、誰もいない。
主の不在を気にすることなくPCに向かい、電源を入れる。
ブラウザから検索サイトを立ち上げ、「緑の病棟」と入力し、エンターキー。
だが、まともにヒットしない。
舌打ちをして、つけっぱなしのヘッドホンの音量を上げた。
耳障りなノイズがひずみ、研究室に響く。
しかし、白は顔色ひとつ変えず、ポケットに手を入れる。
取り出したのは、ナイフ。
それを、PCの画面に突き立てた。
まるで水に沈んでいくかのように、刃先から画面に呑み込まれていくナイフ。
完全に画面の奥に消えると、PCの検索画面に、数万件のヒットが表示された。
最初に表示されているページをクリックすると、ドラマ『緑の病棟』の公式HPに切り替わる。
並ぶのは、簡単なあらすじと、サンプルのキャプチャ画面、そして俳優の笑顔。
いかにも視聴率を引きそうなデザインのウェブページを、白は無表情に見つめ、
「あら、もう戻ったの?」
戻って来た圭に、顔を上げた。
軽く体をずらし、画面を見せるようにしながら答える。
「……見つかったから」
「そう……ドラマ? あの子が?」
「……六条と一緒に見てたみたい」
意外そうにする圭に、説明を加える白。
圭は、すぐに納得したかのような顔をする。
「そう、なら、しょうがないのかしら」
「……しょうがなくない。また、六条が巻きこまれた」
「どういうこと?」
「……このドラマみたいに、病室で倒れたの」
再びPCの画面に目を向け、サンプルをクリックする白。
再生された動画では、病室で昏倒する主人公が映し出されていた。
圭の顔色が、露骨に変わった。
そのまま画面を睨みつけていたが、やがて、白の方へ向き直る。
「この病気の原因、何とかできるかしら?」
「……無理。肺に寄生してる植物の胞子じゃ、小さくて、ナイフじゃ刺せない」
「なら、このドラマの対処法通りに対応するしかないわね。まあ、こうなった以上、放っておいても、筋書き通り進んで、亜理子は助かるでしょうけど……」
「……それで、いいの?」
セリフを途中で遮って、疑問を投げかける白に、圭は、険しい表情のまま、
「いいわけないでしょう? 亜理子が、苦しむだけじゃすまないのよ!」
# # # #
「……このままじゃ、入院じゃすまないわね」
その頃、亜理子も同じ結論に達していた。
店長の病室で急に咳が止まらなくなり、意識が遠くなったと思ったら、検査室。現在進行形でCTを撮られている。だが、少し視線をずらせば、およそ病院のイメージとはかけ離れた、まるでロッジのような木の内装が広がっている。こんなふざけた検査室は、ドラマの中でしか見たことがない。
(あのドラマが現実になったのなら、肺に植物の胞子が入り込んでるのよね。
で、それが研究者の目に止まって、新しい治療法の実験台にされるんだっけ?)
細かい設定は忘れてしまったが、確か、寄生した植物は特定の音波に反応するという性質を持っていて、音で成長を速めたり遅めたりできたはずだ。そんな設定、いや、植物の性質を利用したのが、「新しい治療法」。すなわち、植物の嫌がる音波を当て、肺から追い出すというもので、話はこの治療法を軸に進んでいく。
はじめ、「主人公」が倒れた時点では、肝心の音波が完全には特定されておらず、完治できるほどの効果もない。そこで登場するのが、ヒロインにあたる「主人公の友達」。趣味で音楽をやっており、その演奏は植物の成長を抑える音波を含んでいる。それはもう、観葉植物の成長が止まるくらい。
それに気づいた「主人公の姉」は、研究者と一緒に協力を依頼。ヒロインは快諾し、なぜか治療施設に併設されている音響室で演奏することになる。いったんは治りかけるも、音波の完全な特定を望んだ研究者が、実験を続けるため音波を弱める。しかし、一度成長を止められた反動か、植物は暴走。異常な繁殖をはじめ、大量に胞子をばら撒く危険な状態になる。実験に立ち会っていた主人公の姉は、それをスプリンクラーで洗い流し、ヒロインの救出に向かう。が、発覚を恐れた研究者はヒロインの目の前で姉を殺害。その魔の手はヒロインに迫るも、姉は最後の力で研究者を止める。結果、研究者は逮捕、実験台にされた主人公は姉から肺を移植して回復。ヒロインの絆と姉の家族愛で事件を乗り越えた主人公は、より強く、より優しく成長し――
(思い返したら、割と酷い話ね)
見ている分には楽しかったのだが、現実になったとなると話は違ってくる。不完全なハッピーエンドは創作の中だからこそハッピーエンドたり得るのであって、平穏を謳歌するただの一般人には、脅威以外の何物でもない。主人公の姉に至っては、完全に感動を呼ぶための踏み台である。そして、自分がこの検査室に運び込まれている以上、姉の配役は亜理紗になる可能性が高い。
(お姉ちゃんが危ない……つっても、どうしようかな? ドラマ通りなら、この検査が終わった後、院長から悪役の研究者を紹介されるはずだけど……)
このままだと、自分の父から悪役を紹介されることになる。
もっとも、ドラマに出てくる院長は主人公の血縁者でもなんでもなく、ただのモブ役。逆に、悪役の研究者は主人公の叔母にあたる人物だ。主人公や主人公の姉とは仲が良く、だからこそ、ヒロインに巡りついた。
しかし、亜理子の血縁者は、亜理紗と父しかいない。その父は院長だ。つまり、悪役研究者は、自分とまったく関係ない人物になるはず。なら、新しい治療方法とやらを断わることもできるだろう。代わりに、肺の移植手術――もちろん、姉以外の肺を使った手術を受ける事になるが、この際仕方がない。果たして肺移植がどれほど難しいものなのか、都合よくドナーが現れる確率がどれ程なのかは知らないが、死んだ姉の肺を移植されるよりもはるかにましだ。それには、あまり仲が良くない父とそれなりに交渉しなければならないのだが。
(最悪……)
強制された美談に、憂鬱なため息を吐きだす亜理子。
しかし、容赦なく周囲の装置は止まり、看護師からは検査終了が告げられた。
※ 続きます(次回更新は、2019年6月7日(金)を予定しています)。
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