ドラマ『緑の病棟』

#7-a 病院

駅前本屋:ライトノベル帯――――――

 つまらない学校の知識も使いよう!

 ひょんなことから剣と魔法の世界に流された主人公。

 領主に祭り上げられた「彼」は、不便な生活を何とかしようという身勝手な欲求から、奮闘を開始!

 ファンタジーを全否定する、サイテーな統治が、今、始まる!

――――――――――――――――――


 物語の主人公が、ガラスの様に砕け散る。

 その破片は、コンクリートの廊下にわずかな反響を残し、跡形もなく消えていった。

 無音となった後にたたずむのは、ヘッドホンの少女。


「白?」


 亜理子の声が、響く。


「……なに?」

「なにって……ちょっと、何があったのよ」


 今まさに、階段を降りてきた直後なのだろう、亜理子は、白の背後に広がる破壊された廊下を見て、表情を険しくする。


「……知らない。なんかショーやってたから、見ようと思ったんだけど」

「はあ、で、来てみたらこうなってた、と」


 うなずく白。

 亜理子はもう一度ため息をつくと、白の手を取った。


「……どうしたの?」

「逃げるに決まってんでしょ」

「……なんで?」

「なんでって……いや、ほら、こんなとこ居たら、危ないでしょ?」


 そして、二階へと歩き出す。が、途中で振り返った。


「あ、それより、アキ、こっち来なかった?

 えっと、すごい髪の長い子なんだけど……」

「……それじゃ、誰か分からない。でも、あの廊下には、他に誰も来なかったよ」

「じゃさ、探すの手伝ってよ。途中ではぐれちゃって」

「……携帯で呼べば?」

「それが、何回呼んでもでないのよ。

 この間もなんか変なのに絡まれてたから、ちょっと不安でさ」

「……分かった。見つけたら連絡する」


 言いながら階段を上り切り、右の廊下へと歩き出す白。

 背後からは、亜理子の「じゃ、よろしく」という言葉が聞こえた。反対側の廊下を探すのだろう。白は徐々に足を速め、


「校内で、事故がありました。危険ですので、一般の方は、誘導に従い避難をお願いします。また、全校生徒は、グラウンドに集合してください。繰り返します……」


 流れた放送に、立ち止まった。


 # # # #


「で、はぐれて動揺して、メールに気づかなかった、と」

「う、うん、ご、ごめんなさい」


 放送を聞いてグラウンドに走った亜理子は、すぐにアキと合流することが出来た。

 どうやらアキも亜理子を探していたらしく、必死になって校舎内を走り回っていたらしい。それはもう、携帯の存在を忘れるほどに。


「この間の駅前での待ち合わせもそうだけどさ、もうちょっとスマホ見るようにした方がいいよ? 携帯いじってれば、変なナンパも声かけてこないんだから」

「う、うん、そうなんだけど、なんか携帯って抵抗があって……」


 ダメだこの子。

 そう思いながら、亜理子は亜理子で携帯をいじる。相手は白である。


――ありがと。無事に見つかったわ。

――そう、じゃ。


 返信はすぐに届いた。

 とてつもなく素っ気ないが、白とのやり取りはいつもこんなものだ。


(どいつもコイツも……って、まあ、この二人はしょうがないか)


 方や、対人恐怖症の優等生。

 方や、対人無関心の自由人。

 そもそもコミュニケーションの相手がいないのだから、コミュ力が育つはずもない。


(ま、私も人の事は言えないけど?)


 果たして、学校の「友達」と「いい関係」を作るのが、「コミュニケーション」といえるのか? そんな自嘲とも疑問ともつかない思考を止めたのは、拡声器から響く、先生の声だった。


「はい、みんなクラスごとに集まって! 点呼とらないといけないから!」


 流れていく他のクラスメートに急かされる様に、声の方へ向かうアキと亜理子。

 どうやら、生徒の安否確認と、放送で流れた「事故」の説明があるらしい。


(どういう説明になるんだろ?)


 亜理子は、珍しく先生の言葉に集中し、


「学生が無断で呼んだ団体がやり過ぎたって、いくら何でも無理があるんですけど?」

「うん、そうだね……」


 見事に裏切られた。

 説明は本当にそれだけで、後はお説教と学園祭中止のお知らせ、そして「以上、解散!」である。肝心の山田先生の安否や外部団体の正体は明かされないままだ。文句のひとつも言いたくなる。いや、事実、亜理子は素直にアキが聞いてくれるのをいいことに、文句を言いまくっていた。


「大体さー、ふだん説明責任がどうとかいうヤツに限って、説明しないよねー」

「それはそう、まあ、かな?」


 解散後の通学路に響く、一方的な会話。

 だが、それも、亜理子のボキャブラリーが尽きたあたりで途切れる。

 アキが、ポツリと呟いた。


「でも、先生達も、そのくらいしか説明できないのかも」

「ん、ま、そうかもね……アキはさ、アレって何だったと思う?」

「分からないよ。でも、校舎にあれだけキズが出来てたんだから、この間みたいに集団催眠で片づけるのは、ちょっと無理があると思う」


 アキの答えにうなずきながらも、亜理子は疑念を持ち始めていた。


(あのコンビニで見た漫画も、渡り廊下で見た女の子も、この間の映画も、特撮も、今回のラノベも、アキと一緒に見た……まさか、ね?)


 きっかけは、アキなのだろうか。

 いや、いくら何でも、疑心暗鬼だろう。一瞬浮かんだ疑念を、すぐに打ち消す。

 アキも、こんな超常現象は初めてだというのは、その態度から分かる。それ以前に、アキの性格からして、仮に何か心当たりがあれば、言ってくれるはずだ。

 いや、だが、あるいは。

 気が付かないうちに、どこぞの怪しげな宗教団体のご神体を踏んづけたなんてことがあるかもしれない。自分だって、知らないうちに貸出禁止の本を持ち出していたりしたのだ。もう一度よく聞いてみれば……

 いや、いや、それ以前に、自分は大丈夫か?

 アキの方からすれば、亜理子こそきっかけなのだ。

 事件前の記憶を手繰る亜理子。

 が、出てくるのはいつもと同じ繰り返しの日々だけだ。

 学校に行って、部活に出て、家に帰って。

 通学路にご神体が転がっていたどころか、お守りひとつ落ちていた記憶もない。

 よし、大丈夫だ。じゃあ、アキに心当たりを聞いて、


「あ……」

「え? なに?」

「あ、うん、えっと……」


 が、いざ決心をした途端、アキが声を上げた。

 聞き返す亜理子。

 ついに思いついたのか!

 だが、いつも以上に、アキの返事は歯切れが悪い。

 さては、怪しげな宗教団体が――


 膨らむ妄想は、すぐ隣に止まった車に止められた。


「アキ……!」

「……お母さん」


 意外な人物の登場で、妙な声を出す亜理子。

 が、ドアを開けて出てきた「お母さん」に、目を見開いた。

 窓から顔を出したのは、亜理子の記憶に残る、死んだはずの母と、よく似た女性だったからだ。しかし、そんな亜理子をおいて、その女性は、いかにもアキの母親だと言わんばかりの台詞を、亜理子に向ける。


「あら? アキのお友だち?」

「え? は、はあ、まあ、そうで、す?」


 まるでアキのように、挙動不審に陥る亜理子。

 アキの母は、そんな亜理子に、どこか複雑な笑みを見せた。

 いや、複雑に見えたのは、亡き母の面影を見た亜理子の、ただの勘違いだったのだろう。アキの母は、すぐにアキと母子の会話を始めた。


「お母さん、どうしたの?」

「学園祭を見に来たのよ。でも、中止になったみたいね……何かあったの?」

「呼んだ団体がちょっとやり過ぎたみたいで。大きな出し物が倒れちゃったの」

「大きな出し物ね……大丈夫だったの?

 その言い方だと、近くで見てたんでしょう?」

「大丈夫だよ。危なくなる前に、六条さんが逃がしてくれたし」


 ねぇ、という目でこちらを見るアキ。

 亜理子は自分がようやく変な目で二人を見ていたことに気がついた。

 慌てて、うなずく。


「そう? それならいいけど……怪我とかなかったの?」

「だから、大丈夫だって。お母さんも、お仕事はいいの?」

「今日はもともと休暇よ。休日出勤分は、もう終わらしたわ。

 ところで、二人とも、今帰り?

 六条さんだったかしら? よかったら、送っていくけど?」


 が、今度はアキの母親に話しかけられた。

 未だ気まずさの抜けない亜理子は、反射的に否定する。


「あ、や、お構いなく……」

「もう、遠慮しなくても、大丈夫だよ?」


 それを遮るのは、アキ。母親と一緒のせいか、妙に強気だ。さっきから大丈夫を連発している。やはり慣れた相手が一緒なら、安心するものなのだろう。


(私にも、お母さんがいれば、こんなふうに「安心」できるの、かな?)


 亜理子は、少しだけ、アキが羨ましくなって、


「ん~、ゴメン。やっぱ、遠慮しとくわ。お姉ちゃんも探さないといけないし」


 羨望が嫉妬に代わる前に、アキの誘いを断った。

 アキは残念そうな顔をするも、素直にうなずく。


「そっか……じゃあ、また明日ね?」

「ん。ま、明日、学園祭があるとは思えないけど」


 笑いあって、別れる。

 亜理子は、遠ざかるアキの車を見送って、


「……もしもし? お姉ちゃん?

 ……はあ、メールじゃ不安だから、こうして電話してるんじゃない……」


 亜理紗に連絡を入れた。


 # # # #


――病院? なんか怪我したの?

――違うよ。お母さんが、昨日事件があったから、心配しちゃって。

  念のため検査受けなさいって


 翌朝。亜理子はアキとメールを交わしていた。

 何のことはない。暇だったのである。

 もっとも、暇になった理由の方は「何のことはない」で済まない。

 なにせ、あの事件で学園祭が中止になっただけでなく、授業の再開も怪しくなり、夏休みの前借り状態になっているのだから。


(にしても、病院か)


 そういえば、亜理紗も自分が現場にいたと知った瞬間、


「怪我してない? 大丈夫? 病院行って、検査してもらいましょ!」


 と、まくしたててきた。その時は冗談で流したのだが、案外本気だったのかもしれない。少なくとも、アキの母は本気なのだろう。いや、アキの性格上、冗談を断り切れなかっただけという可能性もあるが、


(遊ぶついでに、いろいろ聞こうと思ったんだけどな)


 いずれにせよ、暇つぶしには付き合ってもらえそうにない。

 この間、駅地下の本屋へ行ったみたいに待ち合わせをして、一緒に服でも見に行って、昨日の帰り道の様に訳の分からない事件を愚痴り合って、などと妄想していたのだが、これでは時間を持て余してしまう。


(いや、そういえば、店長もまだ入院中だったっけ……?)


 が、よく考えれば自分も病院に行く用があったことに気づく。

 事件に邪魔されたせいで、まともに店長の見舞いへ行っていない。

 そう思い直した亜理子は、


――ん~、じゃ、私も病院行くわ


 アキに返信を入れた。


 # # # #


 平日にも関わらず、病院には、同年代の患者であふれていた。

 中には、学園祭で見かけた顔も見える。

 おそらく、巻き込まれた生徒達だろう。

 まさか本物の怪物などと思わず、面白半分に携帯を向ける姿が目に浮かぶ。


(でも、これだけの事件になって、誰も逃げろって言わなかったって、いま思えば異常ね)


 いくら若者は携帯を向けるのが常識といったって、限度がある。

 友達が目の前で巻き込まれたら、声ぐらいあげそうなものだ。しかし、パニックも起らず、あくまで平常運転。まるで漫画のような頑なさだ。案外、見物客が逃げなかったのも含めて、今回の「異常」だったのかもしれない。

 だとすると、自分は、アキ以外も助けるべきだったんじゃないか。

 そう考えかけて、すぐに否定する。

 仮に危険だと訴えたところで、誰が聞いてくれるとも思えない。

 助けられる側である「友達」にしたって、ヒーローのごとく活躍する亜理子に助けて欲しいなどと誰も思っていないだろう。「友達」はあくまで「対等に」恐怖を共有すべきで、「一方的に」助けられるなんてことがあってはいけないのだ。

 そんなすり切れた関係を超えて、素直に助けたり、助けられたりする相手なんて、


「六条さん!」


 そこまで考えたところで、アキの声が響いた。

 受付前に並んだ長椅子に腰かけ、文庫本片手に、小さく手を振っている。

 亜理子は頬が緩むのを感じながら、軽く手を振り返し、小走りで駆け寄った。


「お母さんは? 一緒じゃないの?」

「う、ん。実は、お母さん、お医者さんで、ここで働いてるの」

「はい?」

「あ、ご、ごめんね? 言ってなくて。その、店長さんも入院してるのに……」

「や、それは別に。ほら、親の職業なんて、普通、話題にしないし。

 つーか、私の親もこの病院で働いてるし」

「えっ? ええっ!? そ、そうなの?」


 短い挨拶から、驚愕の事実の応酬。

 そういえば、この手の話はしたことがなかった。

 まるでテスト返却時にお互いの点数が見えてしまったかのような、妙な気まずさが漂う。


「なんていうか、世の中は狭いわね」

「そ、そうだね」


 そんな気まずさから逃れようと、とりあえず話しかける亜理子。アキもそれに応じる。さすが「いい子」だ。空気を読む才能は素晴らしい。これでもっと自分から話を振ることが出来れば、コミュ障脱出なのに。


「そ、そういえば、六条さんは、『緑の病棟』ってドラマ、知ってる?」


 なんと、本当に話題を振って来た。しかも、女子高生らしくドラマの話題である。どもってしまったのはこの際仕方がない。誰だって、慣れない事態を前にすれば口調がおかしくなる。自分だってそうだ。


「う、うん。こ、この間、最終回だったのよね……アキも見てたの?」

「う、ううん。私は原作の、小説の方。昨日の学園祭で、六条先輩と一緒になった時、話題になって。さっきも、思い出したらまた読みたくなったから、読んでたんだよ?」


 手元の文庫本を振って見せるアキ。

 が、亜理子は本よりも「六条先輩」の方が引っ掛かった。


「ちなみに、お姉ちゃん、なんか言ってなかった?」

「え? 六条さんもドラマ見てたから、話、振ってみてって……」


 あ、自分の意思じゃないんだ。

 ほっとしたような、がっかりしたような、妙な安心感を抱く亜理子。


「はあ、振ってみてって言われても、ねぇ。どうしろっていうのよ、まったく」

「ご、ごめんなさい」

「いや、悪いのは、あのお姉ちゃんなんだけど……」


 それからは、小説とドラマの話になった。アキが小説版のあらすじを話し、亜理子は相槌を打ちながら、時折ドラマ版との違いを指摘する。


「そうそう、こんな感じで、六条先輩とも盛り上がってたよ?」

「なんか、お姉ちゃんと一緒ってのが納得いかないわ」


 そんなふたりの会話は、受付からアキの名前が呼ばれるまで続いた。


 ※ 続きます(次回更新は、2019年5月31日(金)を予定しています)。


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