#6-d 誤解


「ですから、我々はウルの国、シュルクの魔法騎士団で……」

「あー、そういう設定はいいから、どの学年の生徒か答えなさい」


 一方、砦の入り口。

 金髪のエルフ、フィルは、機能性を追求した衣服に身を包んだ男――タイイクキョウシのヤマダなる人物と、交渉に臨んでいた。いや、双方とも一方的に主張している以上、交渉などとは言えないだろう。どちらかというと、押し問答に近い。


 姓名を答えろ、所属はどこだ。設定ではなく本名を。

 ですから、本名です。実在の場所です。


 話にならない。

 両者の想いは、その一点でのみ、一致していた。


(いったい、どういう事かしら?)


 怪訝そうな顔を向ける男の表情を前に、フィルも疑問を浮かべる。

 フィルたちの住んでいたウルの国といえば、それなりに大きな国だ。中でもシュルク地方は、領主の息子である彼が急速に産業を発展させていることもあり、仕事を求めて多くの人が訪れている。つまりはそれだけ有名といっていい。あるいは、ここは違う大陸――彼女の世界でいう「海の向こうの知られざる国」で、ウルの国の事など知らないのかもしれないが、それにしたって、相手にも同じ「もしかしたら知らない国や地方の住民なのかも」という想像が働くはずだ。しかし、目の前の奇妙な格好をした男は、ウルの国を知らないどころか、まるで空想の産物かの様に扱っている。


(ウルの国、シュルク、魔法騎士団……私の言った単語の中に、この人たちにとって、「あり得ないモノ」があったのかしら?)


 ヒューマノイドは、自分の常識の中で物事を理解しようとする。そして常識から外れ、理解できないものが出現した時、自分の無知を棚に上げ、拒絶したり、嘘だと叫んだりする。その原則に当てはめれば、目の前の男にとって、いや、この近辺の住民にとって、フィルの方が常識外の事を言っていることになる。これを説得するのは容易なことではない。ある程度の誤解は、誤解のままで進めなければならないだろう。

 覚悟を決めると同時、砦の扉が開いた。開いたといっても、狭い隙間を作り出した程度だが、古い木造の扉は軋むような音を立てて、膠着した「押し問答」から二人の注意を引きはがした。顔を出したのは、メル。手ぶりと目でフィルに用件があると伝えてくる。フィルは交渉相手の男に「失礼します」と断って、メルの元へ向かった。



「どうしたの?」

「ヴィヴル様より伝令です。こちらを……」


 差し出されたのは、走り書きのメモ。字体からして、ヴィヴルの言葉をメルが書き取ったものだろう。フィルはさっと目を通した。


――恐らく、この広い土地は、魔素の乱れに巻き込まれ、移転してきたものを受け入れるための場所と思われる。魔素を不活性化させる術式が施されているみたい。

――そのせいで、魔法が使えない。モンスターの封印も外れかかっている。

――今はジルが抑えているが、それもどこまで持つか分からない。

――再封印のため、この施設の人間がコンタクトを取ってきたら、術式の解除を要求して。


 無言でふり返るフィル。

 そこには、半分以上は苛立ちで出来ているであろう視線を向ける男がいた。


「失礼。魔素や魔法と言って、分かりますか?」

「分かるわけないだろう。いい加減にしなさい」


 その苛立ちに、嘘はない。


(ヴィヴル、あなたの推理、外れてるわよ?)


 心の中で盛大なため息をつく。

 もっとも、ヴィヴルへの不満は小さい。

 仮に「魔素を術式で意図的に抑えている」のでなければ、「始めからこの辺には存在しなかった」という事になる。これは、魔法を日常的に使っていた身からすれば、あり得ない発想だ。フィルの常識では、渇きを癒す水も、暖をとる火も、涼む風も、すべて魔素を利用しているのだから。しかし、


(この人の反応を見る限り、「魔素がない」のが正解なのよね……)


 もちろん、フィルたちが魔法や魔素と呼んでいるものを、別の名称で呼んでいるとも考えられなくはない。が、可能性は低いだろう。何せ、これだけ言葉が通じているのだ。都合よく魔法技術に関する単語だけ通じないなど、ありえない。それに、フィルにとって重要なのは、常識にこだわって理屈をこねくり回すことではなく、現状に対処することだ。


(事実は事実として認めるとして、問題はモンスターね。

 さすがのジルも、あの化け物を抑え続けることはできない……だったら!)


 もう一度「すみません」と断って、扉の後ろのメルに向き直る。


「ジルに、モンスターをここまでに追い込むように言って! 急いで!」

「わ、分かりましたっ!」


 フィルは、実物をもって、自分たちの置かれている状況を相手に理解させようとした。今まで気にも留めなかったが、ヴィヴルの伝言の通り、周囲は更地だ。奥の建物もこの砦より大きく、頑丈そうな造りをしている。なるほど、ヴィヴルが「危険性のある未知の存在と相対する場所」と勘違いするのもうなずける。そうでないとすれば、危険物の処理施設か、何かの実験施設くらいしか考えられない。いずれにせよ、モンスターを解き放つのに格好の場所といえた。少なくとも、居住区のど真ん中で解き放つよりマシだろう。そう考えての判断だった。

 フィルは駆けていくメルをしっかりと見送った後、再び男に向き直った。


「お待たせしました」

「ああ、本当に待ったよ。それで、キミはこの学校の生徒ではないな?」

「はい。非常に申し訳ないのですが……それより、ここは学校なのですか?」


 が、すぐに後悔する事となった。

 学校となると話が違ってくる。何せフィルの常識では、教育機関といえば暇を持て余した有閑階級の子女が通う場所だ。パンを作るのに忙しい一般市民に、ペンを持つ余裕などない。そこへモンスターを放りだしたりすると、とんでもないことになる。


「……ここの警備状況は? Aクラス以上のモンスターを捕まえられますか?」

「Aクラスというのがなんだか知らんが、あなたを捕まえるくらい簡単だろうさ」


 ハッタリとは思えないプレッシャーをかけながら言う男に、フィルはとりあえず安心した。文官とはいえ、これでも高位のエルフである。人間より長寿で、強靭な肉体を持ち、魔力も高い。魔法が使えないにしても、基本的な戦闘能力は、一人でヒューマノイドの一個師団に相当する。それを簡単に捕らえられるというのなら、相応の戦闘力を有しているといっていい。


(貴族の子息を預かるなら当たり前、か)


 背後から断続的な揺れが響き始めた。

 しかも、次第に近づいてくる。

 どうやら、ジルがうまく誘導してくれたようだ。


「では、非戦闘民は避難を……!

 我々は、モンスターを抱えたまま移転してきました!」


 叫ぶように言うと、飛び下がるフィル。

 同時に、腰にさした折り畳み式のクロスボウを展開。

 目の前には、呆然とする男。

 しかし、その前を、二つの影が横ぎった。

 先に飛び出したのは、人型の影。フィルよりも頭一つ大きい身長に、鍛えこまれた身体。手に持つのは巨大な戦斧。ジルだ。

 それを追うように出てきたのは、巨大な異形。五メートルを超える巨体に、蛇のような胴体。しかし腹部には無数の手足が生えている。鉱山の奥深く、太陽の光を浴びず何千年と過ごしてきたせいか、皮膚はどこまでも白く、退化した眼はつぶれて見えない。しかし、代わりに発達した強力な嗅覚と聴覚、そして巨大な口と牙で獲物を容赦なく喰らいつくす。

 白い臥龍。

 そう呼ばれるモンスターは、陽光の下で咆哮を上げると、ジルに殺到した。

 横っ飛びに避けるジル。巨体を楽々かわす身体能力は流石といったところか。ジルはその勢いを殺さず、フィルの横へ並んだ。ここまで臥龍を追い立て来るのに、相応のダメージを受けたのか、半壊した鎧に、血が滲んでいる。いや、むしろ、数人がかりで抑え込むモンスターを相手に、これだけのダメージで抑えたと評価すべきだろうか。


「よお、注文通り、怪物を連れてきてやったよ」

「ありがとう。こっちも、周辺住民の支援は取り付けたわ」


 冗談めかして言うジルに、笑顔で応じる。

 無論、明確に支援を取り付けたわけではない。

 避難を頼んだだけである。

 だが、実物を前にすれば、相手も動かざるをえないだろう。


「では、アレは私たちが抑えますので、援護をお願いします!」


 臥龍から視線を外さず、男に向かって叫ぶ。

 フィルは、誤解していた。

 モンスターや自身の存在について、決定的な認識の齟齬があるという事を。

 そして、声をかけた男の事を。

 突進の余韻から体勢を整え、首をもたげるモンスターを前に、その男はこう叫んだのである。


「いい加減にしなさい! ヒーローショーもどきの呼び込みは、許可していない!」


 ※ 続きます(次回更新は、2019年5月20日(月)を予定しています)。



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