#6-c 来訪
時はわずかにさかのぼる。
彼の呼びかけた仲間のひとりであるヴィヴルは、グラウンドに突如出現した砦、いや、彼女からすれば突如まったく知らない場所に放り出された砦から、偵察に向かう彼の背中を、じっと見送っていた。
(本当に、頑固なんだから……)
今まで、何度となく抱いた感想である。彼は常に目標を持ち、自信に満ち溢れていた。その言動に、他人の意見が介入する余地はない。
あるいは、彼としては他人の意見を聞いているつもりだったのかもしれないが、彼の言葉の端々には、どこか自分が正しく、自分の考えが必ず受け入れて貰えるという自信が付きまとっていた。それはともすると、周囲に傲慢をまき散らしているようにも、自分を大きく見せようと必死にあがいているようにも見えた。
(でも、それもしょうがないか)
そういう人間――異世界でいうヒューマノイドを、ヴィヴルは何人も見てきた。
競争を発展の原理としてきたせいか、ヒューマノイドという種族の中には、自分が他者より優れていると主張することで、自己を肯定しようとするものも多い。そういった人間は、自分以外の誰かを評価する事が、自分が評価した相手より劣っていると認めるようなものだと考えるため、他人を理解するという事が出来ない。それどころか、積極的に否定しようとする。そのくせ、自分は認めてもらいたがり、自分を否定する人間を、さらに否定する。
彼もまた、そんなヒューマノイドの中のひとりなのだろう。
彼が何故そういう性格になったのか、ヴィヴルには分からない。
もともと、竜族の都から、技術者兼ヒューマノイドの監視役として派遣されたのがヴィヴルだ。彼と幼少期から付き合いがあるわけでもなければ、プライベートでの交流も少ない。そして、ちょっと付き合ったくらいで相手を理解できるほど、ヒューマノイドの社会は単純ではなかった。親や親世代が作った環境、家族、友人、恋人。彼のような人間を作り出す要素は、いくらでも転がっている。故に「仕方がない」。しかし、それでも、
(誰か、認めてあげる人が、もっと前からいればよかったのに)
そう思ってしまう。
領主としての彼の功績は、膨大である。もちろん、罪過も山のようにあるが、少なくとも、それをもって無能と切り捨てられる人物ではないはずだ。だが、いまさら評価を受けたところで、彼の他者否定は止まらない。むしろ、悪化したと言っていい。自分が認められないからと他人を否定してきた人間が、急に認められるようになったところで、急に自己を肯定し、他人を受け入れられるはずがない。現状の評価を維持しようと、余計に自分の道に固執するだけだ。そうした人間は、順調に進んでいるうちは調子に乗って実力以上の力を発揮するが、失敗や困難に直面するとすぐにつぶれる。結果、現実に打ちのめされ、酒や娯楽や空想の世界に逃げる人間を、彼女は何人も見てきた。
(……私の知るヒューマノイドと違えばいいんだけど)
走って行く彼から、目をそらすヴィヴル。
彼女は、自分自身が彼のような人間を救えない女だという事もまた、理解していた。今も、彼の事を考えているようで、考えていない。あくまで「彼と同じ特徴を持つ人間」について思考をまとめているだけだ。「彼」そのものを理解するのではなく、「彼のような人間」から得られる情報でもって、「彼」を理解した気になっているに過ぎない。そしておそらく、彼が歪んでしまったのも、自分のような、「彼」を決めつける人間に囲まれていたせいなのだろう。
我ながら酷い女である。
事実、ヴィヴルは彼がこういうタイプの人間である、と整理してしまったがゆえに、「同じタイプの人間」から外れた、彼の個性とでもいうべき内面を、ほとんど把握していなかった。「同じタイプの人間」から学んだ「相応の接し方」はできるのだが、繊細な内面にまで踏み込んだコミュニケーションを取ることが出来ない。これでは、走り続ける彼を立ち止まらせて休ませることはおろか、つまずき倒れたときに介抱してやる事など、とてもできないだろう。そういうのは、心優しいエルフ族のフィルやジルの役目だ。
悔しい?
そんなはずはない。
私は数百年の時を生き、真理の探究を続ける竜族だ。
今更ヒューマノイドの男ひとり相手が出来なかったところで、何の問題もない。
ないったら、ない。
首を振って、再び窓の外に目を向ける。
目の前には、整備された広大な土地。
その先には、無機質で巨大な白い建物が、視界を阻むように鎮座している。
ヴィヴルは自分の事を科学者であり、合理主義者であると認識しているが、それでも、無駄を徹底的に排除した目の前の光景は、どこか不気味なものに感じられた。彼の政策で近代化した街はともかく、竜族の都やエルフの里は、もっと自然と調和した街並みだった。住居は文明を映す鏡だというが、この近辺の住民は、無駄を嫌う性質なのだろうか。
だとすれば、余裕のないことだ。
そんな感想を抱きかけるも、無機質な壁の端々に飾り付けがなされているのを見つけて、少し認識をあらためた。何か祭りでもやっているのだろうか。飾り付け自体は騎士甲冑に着せたドレスのごとく浮いて見えるものの、感情を否定するような冷たさが、わずかながら緩和されている。
そんなふうに建物という情報から、まだ話したこともない住人の性質を分析していると、白い建物の入口から誰かが出てきた。彼ではない。が、同じヒューマノイドだろう。白いラインの入った青一色の、建物と同じく機能性だけを追求した、デザイン性に欠ける服――それをジャージというのだと、ヴィヴルは知らない――を身にまとった、壮年の男だ。代表者にしては、若い。この砦への斥候だろうか。それにしては武器を持っていないようだが。そこまで考えて、ヴィヴルは自分に言い聞かせた。
(いや、代表者による話し合いにしても、斥候による情報収集にしても、それは、あくまで私たちのとる手段に過ぎない……気を付けないと)
建物や土地から察するに、自分の住んでいた所とは文明の体系が違うと見て間違いない。ならば、この近辺の住民にとって、あの年齢のヒューマノイドが代表を務めるのが普通なのかもしれない。いや、そもそも、この辺りでは、砦が突然出現する事態は異常でもなんでもないという可能性もある。今回の移転が人為的なものでないのなら、過去に同じ現象が起こり、何者かがこの場所に飛ばされたケースが存在しても不思議ではない。広大な土地も、この砦の様に巨大な物質が流れてきた時に備え、用意されたのだとすれば説明がつく。だとすると、あの白い建物はゲートのようなものか。そういえば、近づいてくるヒューマノイドの動きにも、動揺は見られない。まるで、マニュアルに沿った動きをしているかのようだ。
「フィル、こっちにヒューマノイドが近づいてくる。武器は持ってない。多分……」
まとめた考察を伝えようと、彼がいない間、政務の最高責任者となっているエルフへ声を飛ばす。
「……? フィル、どうしたの?」
が、応答がない。もう一度呼びかけようとして、気づいた。
(魔力の流れが、感じられない……?)
ヴィヴルの暮らしてきた世界では、空気中に魔力――正確には、魔素と呼ばれる物質が存在していた。それは人間や竜族、エルフ族の脳波に感応する特殊な元素で、ヴィヴルをはじめとする異世界の住民は、この魔素を意識的に操ることで、魔法と呼ばれる現象を引き起こしていた。
その魔素が、まるで感じられない。
非常事態だ。現代の住人からすれば、電気が止まった様なものである。慌てて部屋を出るヴィヴル。通話手段が絶たれたのなら、直接会って話すしかない。歩きながら、不安を押しのけるように思考を回す。
(確かに魔素が希薄な地帯はあるけど、全くない存在しないなんて……いえ、そういう力場を作り出す術式があったわね。さっきの仮定が正しいなら、移転してきた相手に危険な魔法を使わせないためには妥当な処置だけど……)
嫌な予測が脳裏に浮かぶ。
「お? ヴィヴル、ちょうどよかった」
そこへ、廊下の反対側からジルが歩いて来た。軍務を担当し、兵をまとめるエルフだ。さっぱりした性格に似つかわしい、それでいて女性としての魅力をそがない声が、ヴィヴルより頭ふたつ高い長身から降り注ぐ。
「さっきから声が通じないんだ。なんか知らないか?」
「いえ。状況は把握してるけど、解析は進んでないわ。魔素が不活性化されたか、強制的に排除されたか……」
「あ~、そういう面倒な話はいいからさ、直るの?」
問題は、身体を動かさない事となると、途端に思考を拒否するところだろうか。
(いや、この場合は、わざわざ説明しようとした私の方が問題かな?)
が、ヴィヴルにもそう思い直すだけの余裕があった。
以前ならなぜ解らないのかと腹を立てたところだが、先のモンスター討伐を一緒に経験したことで、よく分かった。今は非常事態なのだ。相手が望んでいるのは対処法であり、くだらない知識ではない。私はこんなによく知ってるんだ、という自己満足を兼ねた解説など、不要なのだ。
だから、ヴィヴルは、先ほどの嫌な予感を直接伝えることにした。
「原因が分からないから、まだ何とも。それより、戦闘準備をしておいて」
「防御陣営はもう引いたぞ? 外から攻められても……」
「そうじゃなくて!
魔素がなくなった以上、モンスターの封印が解ける可能性がある!」
「っ! それをもっと早く言え!」
弾ける様に駈け出すジル。ヴィヴルはその背中に叫んだ。
「ジルはモンスターを抑えて!
それと、フィルへの伝令役が欲しいから誰か回して!
私は、魔導兵器を見に行くから!」
ジルが片手をあげて応じるのを見て、ヴィヴルも走り出す。
向かう先は、砦の奥に用意した、即席の武器庫。
中には、つい先ほどヴィヴルが魔導兵器と呼んだ大砲や銃がずらりと並んでいる。
その名称と外見に違わず、火薬の代わりに魔素を利用た兵器だ。多くは外部の魔素を取り込むジェネレーターで動くのだが、高出力のものは貯蔵タンクを内蔵している。
ヴィヴルの狙いは、その内蔵タンクだ。
(外部から魔素を遮断されても動くように、タンクには強固な防護術式が組まれていたはず……なら、中身をかき集めれば!)
だが、どれだけの量が確保できるだろうか?
万全の状態でも封印がやっとだったあの化け物を、完全に消滅させる威力は期待できまい。だが、もう一度封印するくらいはできるだろう。
しかし、再度の封印はどのくらいの時間が確保できるだろうか?
その間に取れる対策は?
頭の中で計算を続けながら、武器庫へと向かう。
ジルの指導のおかげか、一戦が終わった後でも、兵器の類は整然と並べられていた。まるで次の戦闘を待っているかのように鈍く光る兵器群の奥、大型の兵装――ヴィヴルたちの言うバスタータイプの武器へと近づき、
轟音と揺れに、襲われた。
(っ! 悪い予感、当たったみたいね!)
揺れは下から、つまりは地下だ。そこには、封印したモンスターがいる。封印は何重にも施されているが、先ほどの揺れからすると、半分以上は一気に破られただろう。
もう、時間がない。
ヴィヴルは武器に駆け寄ると、整備用の工具を手に取った。
「し、失礼します! 伝令を受けに参りました!」
だが、同時に扉が開く。入ってきたのは、彼のお付きのメイド、メル。
ヴィヴルのような知能も、ジルのような力も、フィルのような交渉力もないが、彼の私生活を支え、彼にもっとも近い女性だ。
ああ、そういえば、他の兵は移転してきていないのだったな。
再び心に響いた「悔しい?」という声を追い払いながら、ヴィヴルは叫ぶように伝えた。
「フィルに伝えてほしいことがあるの! 内容は……」
※ 続きます(次回更新は、2019年5月17日(金)を予定しています)。
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