ライトノベル『コンティニュ→F』

#6-a 挿絵

合同演奏会パンフレット:吹奏楽部紹介ページ―――――――――

 合同演奏会にご来場いただき、ありがとうございます!

 古今東西・和洋中を問わず、昔から、お祭りといえば音楽でした。

 日々の糧への感謝や、神を呼ぶ儀式、悪霊や悪魔の退散まで。

 学園祭に悪霊や悪魔はいませんが、校舎に流れるBGMとは違った音楽を、ぜひお楽しみください。

        (吹奏楽部 顧問)

―――――――――――――――――


 講堂は、学園祭らしく派手に飾られていた。

 受付にチケットを渡して、代わりにプログラムを受け取る。

 まるで何かのパンフレットの様にきちんと製本されたプログラムは、演奏会といえば小学校の音楽会くらいしか知らないアキにとって、ずいぶん新鮮に映った。


「今回は、オーケストラとか軽音部とかと一緒の、合同演奏会なのよ。

 出演団体順だから、吹奏楽部の紹介は、最後の方ね」


 プログラムに見入っていると、亜理紗から声がかかる。

 それに小さく笑って応えながら、一緒にステージの前へ。

 亜理紗が適当な椅子に座るのを見て、アキも隣に腰を下ろした。


「そういえば、亜理子ちゃんが演奏会に誰か呼ぶのって、初めてね」

「そうなんですか? あの、さっき、教室にいた友達とかは……」

「う~ん、偏見かもしれないけど、ああいう子達に演奏会は退屈なんじゃない?」

「あ、あはは、そうですね。あ、あの、部活じゃ、六条さん、どんな感じですか?」

「あら? さっきのお返し? そうね~、どんなって言われるとちょっと困るけど、意外と真面目にバンドしてるわよ? この間も、私が無理にソロ入れようとしたら、ちゃんと反論してくれたし」


 亜理紗は意外と言うが、アヤにとってはさほどでもなかった。

 図書委員でも、亜理子は本当に調子が悪いときを除けば、なんだかんだできちんと出てきたり、様子を見に来たりしてくれている。見た目とは裏腹に、亜理子は「いい子」なのだ。


「あ、でも、白ちゃんとは、合奏中でも、割とよく喋ったりしてるかな?」

「アキラちゃん?」

「そう。こどもの頃、亜理子ちゃんの友達に、同じ名前の子がいてね、それで仲良くなったみたい。まあ、仲いいって言っても、さっきの教室の子達みたいに一緒に盛り上がる感じじゃなくて、亜理子ちゃんが突っ込まれてる感じだけど」

「突っ込まれる? 六条さんがですか?」

「そ。面白いわよ? 白ちゃん、何かバイトもやってるみたいだから、なかなか合奏に出てくれないから、めったに見れないんだけど」


 うわ、すごく見たい。

 初めてできた友達の意外な一面に、目を輝かせるアキ。

 が、途中でアナウンスが流れた。


「間もなく、開演時間です。出演者の方は、控室に集合してください」

「あ、演奏の準備とか、大丈夫ですか?」

「あら、別に」「いや、吹奏楽部の出番、まだ先だから」


 亜理紗の声を遮ったのは、言うまでもなく、亜理子。

 いつの間にか、アキを挟んで亜理紗とは反対側のイスに座っている。

 驚くアキに代わり、亜理紗が嬉しそうな声を上げた。


「あら? 亜理子ちゃん、わざわざ会いに来てくれたのね?」

「いや、こんな事だろうと思って、点呼済ませてない部長、呼びに来ただけだから」

「大丈夫よ、点呼には亜理子ちゃんが私の代わりに応えてくれれば」

「いや、それじゃ点呼の意味ないから」

「え~、でも、どうせ点呼の後は暇なんだし、いいじゃない?」

「いや、ならさっさと点呼行って来いって話だから」

「それに、ほら、私、アキちゃんとデート中だし」

「いや、それ理由になってないから」

「も~、亜理子ちゃん、さっきから『いや何とかだから』ばっかりよ?

 機嫌悪いの?」

「いや、目の前で人の話されたら機嫌悪くなるに決まってるから」

「そんなこと言って、アキちゃんが取られたの悔しいんでしょ~」


 ニコニコ笑って挑発する亜理紗。

 亜理子は無言で立ち上がると、アキをまたいで亜理紗の前に移動、思いっきり亜理紗の足を踏みつけた。


「痛いいたいっ! ちょっと、亜理子ちゃん! ごめん! ごめんってば!」

「ふんっ!」


 苛立ちを隠さず、アキの隣に戻る亜理子。

 亜理紗は踏まれた足をさすりながら抗議を始めた。


「もう、ちょっとふざけ過ぎたとは思うけど、暴力はよくないわよ?」

「いいから、さっさと点呼、行ってきなさいって。私は済ませたんだから」

「はいはい、それじゃ、アキちゃん、亜理子ちゃんをよろしくね~」


 小さく手を振って去っていく亜理紗。

 アキはたじろぎながらもそれに手を振り返す。

 隣から、亜理子の巨大なため息が聞こえた。


「あ、あの、ごめんなさい、私も調子に乗っちゃって」

「や、別にアヤは悪くないからって、『いやなんとかだから』は言っちゃダメなんだっけ?」


 笑ってみせる亜理子。

 アキもそれに表情を緩めて応じる。

 ようやく、いつもの空気が戻って来た。


「お姉ちゃんに連れまわされてたみたいだけど、大丈夫だった?」

「うん、始めはちょっと強引だったけど、話あわせてくれたし……六条さんこそ、その、変に話題にしちゃったけど、友達になんか言われなかったの?」

「ん、別に何にも。ほら、途中から、ふたりとも声抑えてたでしょ?

 ま、気を使ってくれたのはいいんだけど? 何話してたの?」

「え? 何って、六条さんが見てたドラマの話とか……」

「ホントに~?

 あのお姉ちゃんがそんな話で終わるとは思えないんだけどな~?」

「きゃっ! ホントだよ!」


 にやりと笑ってくすぐってくる亜理子に、身をよじるアキ。

 本人は否定するだろうが、この過剰なスキンシップも、きっと姉譲りなのだろう。


(でも、六条さん、「他の友達」相手だと、こういうのってないよね……)


 亜理子は相手に応じて器用に接し方を変えるタイプだ。

 普段過ごしているグループと、図書委員限定の自分とでは、話し方も、話す内容も違う。おそらく、部活で過ごしているアキラちゃんという子とも、違うのだろう。


(……誰といるのが、一番、楽なんだろ?)


 ふと浮かんだ疑問。

 しかし、答えを考える前に、開演のブザーが鳴った。


 # # # #


 アキの感想を一言でいえば、演奏会は「楽しかった」。

 果たしてそれが演奏会という場において褒め言葉になるのかは分からないが、音楽的な知識はおろか、音楽を聴きながら勉強や読書をする習慣もないアキにとって、他の部の曲の合間に亜理子と話したり、実際に演奏している亜理子を見て自分も演奏しているかのように緊張したりするのは、純粋に「楽しかった」。


「演奏、楽しかったよ?」

「そ、ありがと」


 演奏が終わった後、正直に感想を伝えた亜理子が笑ってくれたという事は、間違いではなかったのだろう。

 そんな演奏会の間から続くコミュニケーションをもう少し続けていたくて、


「じゃ、一緒に回ろっか」


 続く亜理子からの誘いに、アキは自然と、うなずいていた。


「それにしても、混んでるね」

「そう? 去年もこのくらいじゃなかった?」


 去年は引きこもっていたアキを、亜理子が引っ張っていく。

 アキは周囲の雑踏に気圧されそうになりながらも、なんとか一緒に並んで歩いていった。


「どっか、行きたいところある?」

「私はあんまり……こういうの、苦手で」

「ま、そうよね。つっても、私も別にあてがあるわけでもないし……」


 リクエストに応える余裕もないアキに、亜理子は始めから期待していないと言わんばかりにパンフレットを広げる。納得いくような、いかないような反応に多少抵抗したくなって、アキは自分でも行先を探そうと、周囲を見渡してみた。

 窓の外――グラウンドの端に、巨大な城のようなものが見える。


「ねえ、あれ……」

「ん? おー、すごいね。パンフには何も書いてないけど、サプライズか何かかな?」


 学園祭の出し物にしては立派過ぎる巨大建築物に、亜理子も目を見張る。

 が、アキが目を止めたのには、別の理由もあった。


「この間読んでた、ライトノベルに出てきた挿絵にそっくり……」

「バイトの時のヤツ? じゃ、漫研でコスプレでもやってんじゃない?

 ほら、最近のオタクって異様に凝ってるから」


 廊下の奥を指さす亜理子。そこには、ライトノベルの主人公に扮する生徒が歩いていた。銀の胸当てに、細かい聖句が刻まれた剣。まるで表紙をそのまま現実化したかのような、恐るべき完成度だ。


「ホントだ。すごい……」

「せっかくだし、あのお城、見に行こっか?」


 いつもながら、引っ張ってくれる亜理子。

 アキは笑ってうなずくと、亜理子と一緒にグラウンドの奥へと歩き始めた。

 その、「恐るべき完成度」のコスプレに身を包んだ男子生徒の視線を、背中に受けながら。


 ※ 続きます(次回更新は、2019年5月10日(金)を予定しています)。




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