幕間「学園祭」

#5-a 約束

映画『ザ・レクイエム』:CM ―――――――

 十三年前、少女は死に、少年が遺された。

 笛が得意だった少年は、少女にレクイエムを捧げ、遺品の腕時計を前に想いを告白する。

 少女の魂はその想いに惹かれ、腕時計に宿った。

 遺品に憑りついたまま現世にとどまり、死後も大切な人を見守り続ける少女。

 しかし、時が経つとともに、少年は少女を思い出として扱うようになる。

 身に着けなくなる腕時計。

 少女の魂は、窓や鏡を伝って、主人公の暮らす家や仕事先のビルへ乗り移り、

 ついに、大切な人に近づく他の女を見つけてしまう。

 少女は、鏡の奥から、鏡面を殴りつけ――

 破される鏡!

 破られる現実と悪夢の境界線!

 家に憑りつき、無機物とすら同化して迫る、屍の執念の恐怖!

 それでも、元少年は醜い姿に、恋人の面影を認めた!

 迫力のB級愛憎ホラー!

――――――――――――


「とりあえず、無事に本は返せたね」

「ん、そうね、先生にも見つかんなかったし」


 再び図書室の前。亜理子はアヤと一緒に、大きく息をついていた。

 すでに受付は終わり、先生も帰ってしまっていたため、職員室から鍵を盗み出さなくてはならなかったが、もう怪物が襲ってくることも、幽霊が語りかけてくることもない。


「はあ。もう、アレって一体なんだったのって感じよね?」

「あ、あははは」


 気が抜けたような会話を交わしながら、夕陽が照らす埃っぽい空気と、部活帰りの生徒が行き交う廊下を二人並んで歩き、校門へ。

 もちろん、門は解放され、守衛室からは警備員が生徒を見守っている。

 その先は、いつもの通学路だ。


「さっきのが集団催眠とか、信じらんないわね」

「う、うん……」


 ぽつりと呟いた亜理子に、うなずくアキ。

 亜理紗の話は、説明としてはしっくりくるのだが、実際に体験した側からすれば、とても納得できるものではない。いや、それ以前に、亜理子は絵本を借りる以前から異常に襲われている。そして、触れたものの熱を操るという力も健在だ。しかし、


「でも、他に説明も付けられないし……」


 今回の事件しか知らないアキは、強引にでも納得しようとしている。

 先ほどの怪現象は幻覚の一種で、もう起こらないと思いたいのだろう。


「……ま、そうよね。だいたい、終わったことだし?

 原因なんて、考えても仕方ないし」


 亜理子はただうなずいて、無理やり話題を逸らした。


「そういえば、アキも商店街、通るんだっけ?」

「え? う、うん、そうだけど……」

「じゃあさ、寄りたい店があるんだけど、いい?」

「う、うん、別にいいけど……」


 アキは少しだけ戸惑った様子を見せた後、変わった話題を、すぐに受け入れてくれた。


「じゃ、行こ」

「あ、ちょっと待って?」


 その流れを崩さないうちに、アキの手を引く亜理子。

 もちろん、寄りたい店などない。

 だが今は、話の勢いに任せて、強引にでも現実へと戻りたかった。


 # # # #


「寄りたい店って、ここ?」

「そ。暇つぶしには穴場よ? あ、別に部活の勧誘はしないから安心して」


 考えた挙句、亜理子はアキを連れて、楽器店へと来ていた。

 穴場、の意味が分からないのだろう、首をかしげるアキ。

 亜理子はそんなアキに笑いかけると、青空楽器と書かれた看板をくぐった。

 楽譜コーナーに寄ってから、二階へ。

 向かったのは、併設されているカフェ。


「へえ、意外……」

「だから言ったでしょ、穴場だって」


 素直に感心するアキの手を引いて、店内へ。クラシックがかかる落ち着いた雰囲気の中、商店街を見下ろす席に座り、二人は好みに応じた注文をした。亜理子はブラックコーヒー、アキはロイヤルミルクティー。


「六条さんは、この店にはよく来るの?」

「ん~、楽譜とかはよく見るんだけど、喫茶店はたまにしか来ないかな。微妙に高いし」


 カップと一緒に運ばれてきた伝票を見せる亜理子。そこには、近くのファーストフードと違って、高校生が頻繁に通うには少し躊躇する値段が書かれていた。


「あ、ごめんね、なんか連れてきてもらって?」

「や、別におごりでも何でもないんだから、謝んなくていいよ。ほら、私も気分変えたかったし」


 片手で携帯をいじりながら、空いた手をコーヒーに伸ばす亜理子。

 アキもそれを見て、両手で抱える様にティーカップを手に持ち、口をつける。

 そこからは、もうすっかり慣れた二人の会話が始まった。


「アキの方はさ、なんか帰りに寄り道したりしないの?」

「う~ん、あんまり。駅前の本屋さんに寄るくらいかな?」

「図書委員の後で本屋って、よく行く気になるわね」

「学校の図書室だと、やっぱり固い本しか置いてないから。文庫本とか探すのはちゃんとした本屋さんじゃないと。

 あと、参考書はやっぱり自分に合ったのが欲しいし」

「そこで参考書とか出てくるのがほんとアキよね。

 私なんかお姉ちゃんのおさがりなのに」

「……六条さんって、お姉さんと仲いいんだね?」

「ぶっ!?」


 いつもの会話のはずが、途中で噴出した。

 この子はついさっき襲われそうになったばかりだというのに、何を言い出すのだろうか。


「あ、あのね、もうセクハラされたの忘れたわけ?」

「あ、いや、そういうわけじゃないけど……」

「大体ね、アキがそんなだからお姉ちゃんもつけ上がるんじゃない。

 この間だって……」


 何やら騙されている様子のアキに、思いつく限りのエピソードを聞かせる。

 合奏の時に、なぜか人差し指を立てた手の装飾が着いた指揮棒を持ち出してきた。

 その装飾が演奏中にすっこ抜けて、亜理子の眉間に突き刺さった。

 未だクリスマスイブにサンタクロースの格好をして、プレゼントを置いてくる。

 亜理子からすれば思い出すだけでイライラするのだが、アキは楽しそうに笑ったままだ。


「いいお姉さんだと思うけど……」

「よくないの! この間だって、バイト先の店長の見舞いについて来ようとして、大変だったんだから」


 ふてくされた様にコーヒーに口をつけ、携帯に目を落とす亜理子。

 が、携帯にメッセージが届いていることに気づいて、小さく声を上げる。


「あ……」

「どうしたの?」

「や、ちょうど、その入院してる店長から連絡が入ってさ。

 コンビニ、再開するの、もう少し時間がかかりそうだって」


 取りあえず、店長には「分かりました。こっちは大丈夫なんで、早く治してください」と返信を入れる。アキはわざわざ待っていたのか、送信ボタンを押したタイミングで、心配そうに声をかけてきた。


「店長さん、そんなに酷かったの?」

「ん、怪我はそんなでもないみたいだけど、なんか事件があった後だから、防犯がどうとかで、店開けるのに半年はかかるって。その間、別のバイトでもやっといてだってさ。高校生OKのバイトとかあんまりないんだけど、どうしろっていうのかしらね……アキ、なんか知らない?」


 それにわざと軽い調子で答え、店長の怪我とは関係ない事を聞く。もちろん、普段バイトとは縁遠い生活を送っているアキから情報が出てくると思っていない。言ってみれば、気を使いすぎるアキに、心配ないと告げるための疑問だ。


「ごめんなさい、私、そういうのは……あ、でも、さっき言った本屋さんに、バイト募集の張り紙がしてあったような……」

「え? マジ? なんてとこ?」

「えっと、駅の地下街にある、ブックス・バンクっていうところなんだけど……」


 意外な返事に、思わず食いつく亜理子。手早く携帯を操作し、バイト情報サイトから検索をかけてみる。店名は、すぐに見つかった。


「……ホントだ。高校生OK、未経験者OK、短期OK、時給は……まあOK? あ、でも、店の混み具合とか載ってないな……アキ、どんな感じだった?」

「う~ん、学校帰りに何度か寄ったけど、お客さんはあんまり入ってなかったと思うよ? 駅前って言っても、ちょっと離れた、分かり難いところにあるし」

「じゃあさ、行ってみるから、案内してよ。今度の日曜、空いてる?」

「う、うん。別にいいけど……」

「じゃ、お願い」


 アキがうなずいたのを見て、サイトからバイト面接を予約する。


(そういえば、アキと出掛けるって初めてだっけ?)


 勢いで強引に誘ってしまったが、アキに嫌がっている様子はない。

 それに少しだけ安心しながら、亜理子は予約完了を告げる携帯の画面を落とした。


 ※ 続きます(次回更新は、2019年5月3日(金)を予定しています)。


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