絵本『はじめてのおるすばん』
#3-a 友達
文庫本『ガール・ザ・リッパー』:カバー裏紹介文――
優等生の兄が隠し持っていた一本のナイフ。
それをイタズラ半分に持ち出した少女は、
絡んできた酔っ払いを撃退してしまう。
力を手にし、理不尽への復讐を開始する少女!
抑圧してくるスクールカースト。
怒鳴り散らすバイト先の先輩。
嫌味ばかりの両親。
しかし、その復讐の牙は、誤解から親友へ向けられ……
暴走した憎悪を描き出す、衝撃の問題作!
―――――――――――――――――――――――――
通り過ぎていくストレッチャー。
それを呆然と見送る亜理子。
白は、そんな二つの影を、階段を下りた先から見つめていた。
窓から差し込む、四角く切り取られた光が並ぶ先へと、迷うように踏み出し、
立ち止まった。
そのまま振り返り、薄暗い階段を上っていく。
「あら? 終わったんじゃなかったの?」
階段の途中で呼び止めたのは、白衣の女性。
再び立ち止まった白は、わずかではあるが、仮面のような無表情を動かして、不機嫌な声を続けた。
「……終わったけど、いま行くと、ちょっと面倒だから」
「面倒? 何かあったの?」
「……また、六条が巻き込まれた」
白衣の女性の顔色が、変わる。
「亜理子は無事なの?」
「……ん、大丈夫。襲われたみたいだけど、うまく逃げたみたい」
「うまく逃げたって……相手は殺人鬼よ?
あのコンビニの時もそうだけど、影響はなかったの?」
「……見た感じ、変なところはなかった。
コンビニのは、コスプレの変人で『溶け込んだ』し、残ってた『空想』も壊した。
気になるなら、直接きいてみれば?」
白衣の女性を見つめる白。
白衣の女性は、その視線をまっすぐに受け止めながら、答えた。
「今、直接きけるように、進めてる真っ最中よ?」
「……そう」
白は小さく呟くと、再び階段を上り、
立ち止まったままの白衣の女性へと、振り返った。
「……『治療』、するんでしょう?
反対側の階段使えば、六条に会わなくて済むよ?」
「ええ、そうね」
白衣の女性――圭は、少しだけ階段の下に目を向けた後、白と一緒に、上の階へと上っていった。
# # # #
亜理子は、家に着くなりベッドに沈み込んだ。
正直なところ、限界だった。
店長の見舞いに行ったはずが、警察の事情聴取にひっかかり、影の塊のような怪物に襲われ、自分の身体が勝手に動き、撃退したと思ったら、コスプレ少女に変わっていた。
何が何だか分からない。
もちろん、最後の「コスプレ少女に変わった」は否定しようとした。
きっと、コスプレ少女は偶然中庭に居合わせただけの、事件とは全く関係のない一般人で、ガラスを突き破って逃げた怪物に襲われたに違いない。
だが、それは突然やって来た、見知らぬ警察官に否定された。
――キミ、六条亜理子さんだね?
――同僚の刑事から聞いたよ。とにかく、よく逃げてくれた。
――さっき運ばれていったのが犯人……最近話題の連続殺人犯で間違いない。
ちょっと待て、連続殺人犯って何だ?
そんな話題、聞いたこともない。
大体、襲ってきたのは人間じゃなかった。
しかし、警察から確認のためと見せられた防犯カメラには、亜理子を襲うゴスロリ姿の少女が映っていた。
だけでなく、画面の奥の自分は、ゴスロリ少女が振るうナイフをすべてかわした挙句、隙をついてみぞおちに掌打を入れ、追い返している。
手でナイフを受け止め、潰したという、非現実的なシーンはない。
それどころか、コンビニの事件から一緒にいてくれた刑事も、一緒にカメラの映像を見て、ただ、うなずいているだけだった。
「もう、ワケ、分かんない……」
消えそうな自分の声に、返答はない。
昨日と同じ沈黙。
しかし、恐怖は昨夜ほどではない。
一度経験したせいか、結局は撃退に成功したせいか、自分自身でもわからなかったが、代わりに、疑問が浮かんだ。
(やっぱりあのマンガ……
あー、いや、明日にしよう。明日でいいや……)
が、それも疲労に押し流され、想いまぶたの下に沈んでいった。
* * * *
「……朝五時、マジか」
翌朝。亜理子は意外にも、普段よりずっと早い時間に目を覚ました。
身体の方はあまり疲れていなかったせいだろうか。
気だるさはいまだ残っているものの、休眠不要と訴える肉体のせいで、これ以上睡眠に逃げられそうにない。
「眠りたいのに眠れない」状況から逃れようと、朝の習慣に身を任せる。
シャワーを浴びて、着替えて。朝食――の前に、コップに水を入れて自室へ。
(こうなったら、不安の原因、徹底的に取り除いてやるんだから)
携帯を開く。
画面に広げるのは、電子書籍版『サイコ・フレア』。
画面をなぞり、迷うことなくページをめくる。
指を止めた先には、主人公が「触れたモノの熱を操る力」を試すシーン。
漫画の中の主人公をまねるように、机の中からカッターナイフを取り出す。
小気味いい音と一緒に出した刃を、掴む。
指に伝わるのは、金属特有の弾力と少し力を込めれば折れそうな脆さ。
だが次の瞬間、急に手ごたえがなくなり、刃は赤熱と共にぐにゃりと曲がった。
そのままコップの水につけると、激しい音と共に蒸気が立ち上る。
しかし手を離せば蒸気は急速に収まり、鉄くずと化した刃が、水に沈んでいく。
「……そっくりね」
目の前の光景と携帯の画面を見比べながら、ため息まじりに呟く。
あり得ない。
だが、「もしかしたら」という、妙な予感はあった。
(能力系バトル漫画に出てくる超能力が、使えるようになりましたって?
しかも、主人公の戦闘能力つき?
じゃ、コンビニで襲ってきた怪人も、コスプレした不審者とかじゃなくて、本物?
敵キャラも、現実になって襲ってくるの?)
最悪!
心の中で、ヤケ気味に叫ぶ。
しかし、数秒もすると、それだけでは説明できない事に気づいた。
(でも、昨日のゴスロリは、漫画に出てこなかったわよね?
それとも、私が知らないだけ?)
ネットで「サイコ・フレア」「影」「ゴスロリ」といったキーワードで検索をかけるも、昨日の怪物に該当するキャラクターは出てこない。
代わりに、ニュースサイトがヒットした。
「ゴスロリ」の格好をした少女が連続殺人犯として捕まった、というものだ。
警察が「最近話題の」と言っていた通り、ここ数か月の犯行を扱った過去の記事へのリンクと共に、サイトを賑わしている。もちろん、そこに、漫画のコスプレだとか、そんな記述はない。
(っていうか、こんな記事あった?)
そして、リンク先の記事は、まるで心当たりはないものばかりだ。
中にはそれなりの頻度でのぞくサイトもあり、気づかないはずがないのだが。
(急に、事件が「あったこと」になったみたいね……)
まるで、自分を襲った「得体の知れない影」に、無理やり正体をこじつけたかのように。
こみあげる恐怖。
同時、携帯の画面が突然切り替わった。
飛び上る亜理子。
空白になった頭に飛び込んできたのは、
――昨日、病院、大丈夫だった? 学校は来れそう?
アキからのメールだった。
思わず、肩から力が抜ける。
――大丈夫。学校は行く。図書委員は休むけど。
――分かった、今日の朝と放課後、休むって伝えとくね?
放課後はいいんだけど。
そう思いかけて、部活があったのを思い出し、「よろしく」と返す。
しかし、何かが引っ掛かる。
原因は、すぐに思い至った。
――なんで、きのう病院行ったって知ってるの?
――だって、テレビのニュースに出てたの、六条さんでしょう?
「は?」
「亜理子ちゃぁん!」
メールではなく、現実に間抜けな声を出した瞬間、勢いよく扉が開いた。
入ってきたのは、言うまでもなく亜理紗。
慌てて、コップを隠すように立ち上がる。
が、亜理紗は亜理子の背後にはまったく関心を示さず、亜理子の身体をまさぐり始めた。
「亜理子ちゃん! 起きてたの? 大丈夫? 怪我してない? 痛いトコない?」
「きゃぅ! ちょ、ちょっと、なに?」
「だって、これ、亜理子ちゃんでしょ!?」
差し出された亜理紗の携帯には、動画サイト。
そこには、防犯カメラの映像の一部――ゴスロリ少女が亜理子に向かってナイフを投げ、逃げていく数秒間がアップされていた。
亜理子自身は画面の端に一瞬映っただけで、防犯カメラ特有の画質の荒さもあり、一見しただけでは誰か分からない。しかし、服の着崩し方やアクセサリーで、推測は容易だろう。
「……最悪」
思わず声が漏れる。
だが、ペタペタと身体を触り続ける亜理紗は止まらない。
「病院じゃ大変だったのよ?
警察は来るし、マスコミは来るし、亜理子ちゃんは見つからないし……
もう帰ってるんじゃって思って戻ったら、亜理子ちゃん、ホントに部屋で寝てるんだもん。間違えて安心しちゃったわ」
「いや、間違えじゃないから。安心していいから。たまたま居合わせただけだから」
「殺人犯と居合わせたのは『だけ』じゃない気がするけど……
ホントに大丈夫? 学校、休んでもいいのよ?」
「だから大丈夫だって、学校も行けるから。アキと同じこと聞かないでよ、もう」
「あら? 珍しく早く起きてると思ったら、またアキちゃん?
女同士はダメって昨日も」
「昨日も言ったけどっ! さっさと出ていけ!」
「はいはい、朝ごはんすぐできるから、早く来てね?」
もはや習慣となったやり取りで引き離す。
亜理紗はむしろ安心したのか、簡単に引き下がった。
あるいは、ひとり部屋にこもっているのを見て、そっとしておいた方がいいと判断したのかもしれない。
亜理子は静かに閉められた扉をじっと見つめていたが、やがて机に向き直ると、コップの中の鉄くずをごみ箱に放り捨て、再び携帯に向き直った。
画面には、返信が止まったのを心配するアキのメッセージ。
――本当に大丈夫? 学校休むなら、先生に言っとくけど?
――いや大丈夫だから。ちょっと、お姉ちゃんに声かけられただけだから。
送信ボタンを押しながら、心の中で「もう、昨日のお姉ちゃんと同じこと言わないでよ」と突っ込む。だが、それは決して不快ではなくて、
(まあ、和んだから良しとするか)
亜理紗がもう一度呼びに来るまで、携帯越しのたわいないやり取りを続けた。
※ 続きます(次回更新は、2019年4月8日(月)を予定しています)。
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