まっすぐ触手と歪んだ現代人

すらなりとな

その一 転生とは理不尽なもの

〈触手編〉


「す、好きですっ! つ、付き合ってくださいっ!」


 学校の中庭で告白を受けたとき、俺は彼女ではなく、周りの景色を見つめていた。

 雲ひとつなく澄み渡った空に、揺れる木漏れ日。

 小さな虹を作り出す噴水。

 まさに、絵に描いたような景色だ。


 ……告白してきた彼女が、醜悪な触手の塊でなければ。


「ごめん」

「! わ、分かりました! ごめんなさい!」


 まるで少女のような叫びを残して、逃げるように去っていく触手。

 が、今度は噴水の奥から手足の生えた魚が飛び出て、すぐ隣に着地した。


「あ~あ、これで9匹目か。可哀想に。あの子、泣いてたぜ」

「触手はちょっとな……」


 口をパクパクさせながら話しかけてくる半魚人から目をそらしながら、答える。

 答えないと、生臭い息を吐きながらしつこく話しかけてくるからだ。


「触手はちょっとって、お前もテンタクラー族だろうがよ!」

「のぞいていたくせに突っ込むな」


 答えても続く生臭い息から顔を背け、校舎へと歩く。

 いや、もう顔もないし、歩くこともできないんだったか。

 なにせ今の俺は、タコやらミミズやらムカデやらが集まったような、薄気味悪い触手の塊――テンタクラー族の身体をしているのだから。



 事の発端は、神社だった。

 地方の大学に受かり、ひとり暮らしを始めたばかりの俺は、買い物ついでにこれから住む街を見て回っていた。

 長かった受験も終わり、入学手続きやら引っ越しやらも一段落。

 人生に何度あるか分からないくらいの良い気分を噛みしめながら歩いていると、街の中に神社を見つけた。

 歩き疲れたところに、ちょうどいい。

 俺は公園で休むのと同じ感覚で、神社の中に入った。

 その時も、絵に描いたような光景だった。

 優しい影を造りだす木々。苔が生えた古い石畳。小さな手水舎。風に鳴る絵馬。

 気まぐれにおみくじを引いてみると、大吉。

 俺はお社に向かい、10円玉を賽銭箱に投げ入れた。

 こんな事で舞い上がるなんて、我ながら単純だな。

 そう思いながらも、手を合わせて目を閉じる。


 そして、次に目を開くと、俺は触手になっていた。


 なんという超展開!

 おそるべき理不尽!


 だが、残念な事に理解不能ではなかった。

 なぜなら、この触手の記憶があったからだ。


 どうやらこの触手、森の中で巨大な翼竜のようなモンスター、ワイバーンに襲われていたらしい。

 いや、人間からすれば触手も立派なモンスターなのだが、触手の視点では、その辺の獣と変わらない知能しか持っておらず、かつ、命を脅かす危険があるものを「モンスター」と呼んでいるので、ここはそれに習うことにする。

 空から灼熱のブレスを吐いて、焼き殺そうと迫るワイバーン。

 あっちこっちへ身体を伸ばし、凄まじい勢いで木の間を飛んで逃げる触手。

 キモい。

 だが早い。

 痺れを切らしたワイバーンは、触手の逃げる先を焼き払った。

 狙い通り、触手は飛び回っていた勢いのまま、火の中に突っ込んだ。

 が、触手もそれで終わらない。

 焼けただれた身体の半分を切り捨てながら腕を伸ばし、まだ火がまわっていない木に取り付く。

 そのまま触手をバネにして、森の奥の遺跡に転がり込んだ。

 この遺跡、触手の記憶によると、俺の知るファンタジーゲームでいう魔王城「跡」とでも言うべき存在らしい。

 魔王が触手のような化け物なのか、ただの強いモンスターなのか、それとも触手からしたら魔王に映るであろう人間なのか、その正体は非常に気になるところだが、残念ながら憑りついた触手の記憶からでは分からない。が、魔王がいる以上、勇者もいるのは当然。やはり正体は不明だが、勇者は無事に討伐を完遂、魔王の魔力で成り立っていた城は崩壊し、この遺跡が出来た――というわけだが、そのおまけで、魔王が使っていた「ガーディアン」と呼ばれる兵士も残った。

 このガーディアン、ファンタジーゲームで言うゴーレムやアンデッドにあたり、遺跡の奥に侵入するものを襲うモンスターと化している。その数は相当なもので、ワイバーンといえどそう簡単に手出しができない。

 悔しそうに上空を旋回するワイバーンを尻目に、触手はさらに安全なところ――遺跡の入り口から少し先にある柱と飛び上がった。

 しかし、焼かれたときに身体を切り捨てたのがいけなかった。

 軽くなった身体は予想以上によく飛び、柱を通り越して奥の扉へと突っ込んでしまう。魔王が倒されてから一度も開いたことのない扉は、まるで触手を避けるように開き、さらにその先の廊下までも穴を開けて触手をかわした。

 早い話が、落とし穴にハマったのである。

 落っこちた先には、神殿。

 中央には、魔王城の象徴だけあって、何ともまがまがしい邪神像。

 ちょうど邪神像の手のひらに落ちた触手は光に包まれ、気がつけば「俺」の意識と融合し、化け物の街に戻されていた――。


 つまりは、神殿の中で何かが起こって、ごく普通の人間である俺の意識が、触手やらワイバーンやら魚人やらがいるファンタジーな世界に引きずり込まれたというわけだ。

 経緯が分かったからといって、納得できるかというと別問題だが。


「魚人の俺じゃ分かんねぇが、テンタクラー族じゃあの子は美人なんだろ?

 おまえ、遺跡でなんか変な呪いにでもかかったのか?」


 追いついてきた半魚人が、エラをパクパク動かしながら話しかけてくる。

 キモい。

 だが、言っていることはあながち間違いではない。

 残念ながら、美人がどうこうという部分は、現代人の俺には理解できないが。


「美人かどうか以前に、よく知らない相手だからな」

「硬いことばっか言ってると、彼女できないぞ。

 まったく、イケメンなのにもったいねぇ」


 どうやら、化け物の美的センスによると、今の俺はイケメンだそうだ。

 おかげで、連日のように蟲なのか肉なのかよく分からない塊が押し寄せてくる。

 キモい。

 遺跡から脱出して数週間。

 もはや習慣となった呪詛を心の中で呟きながら、図書室の扉を開ける。


「あ? またお勉強かよ……。

 まったく、たまには狩りにでないと、身体がなまるぞ?」


 なにか言っている魚人を放置して中へ。

 とにかく、今は情報だ。

 本来なら、触手と融合するきっかけとなったあの禍々しい邪神像まで直行するところだが、どういう訳か、遺跡の扉は閉ざされていた。

 何とか遺跡の情報を集めて、帰える道を見つけなければ。


「あの、何か探してるなら、手伝いますよ?」


 どうせファンタジーなら、ここで声をかけてくる図書委員も、触手(メス)ではなく、エルフや獣人にして欲しかった。


「……とりあえず、遺跡の研究書を読みたい」

「はい! すぐ取ってきますね!」


 嬉しそうに去っていく触手(メス)を見送りながら、思う。

 今日こそ、遺跡への謎を突き止めよう。

 あの遺跡の力でこっちに来れたのなら、向こうに帰ることだってできるはず。

 というか出来てくれ。

 キモい触手に追い掛け回され続ける一生があってたまるか!


〈人間編〉

 諸君、私こと誇り高きテンタクラー族の戦士、アキュラムはいま、猿から進化した獣人――人間なる種族に憑依中である。

 なに? 何を言ってるのか分からない?

 なるほど、もっともである。

 私だって、何が起こったのかさっぱりだ。

 事の発端はワイバーンとの戦闘中、遺跡の邪神殿へ落ちたのがきっかけである。

 邪神像の手に救われたと思ったとたん、光に包まれ、気が付けばまったく見知らぬ大地の、見知らぬ神殿の前に立っていた。

 おそらく、遺跡に残留した魔力が、邪神像に刻まれた術式に反応したのだろう。

 しかし、どのような術にどれほどの魔力が反応したのか、まったく見当もつかぬ。

 せめてこの身体の持ち主が邪神を崇拝していたとか、恐るべき魔法の使い手であったのならよかったのだが、脳に残された記憶を見る限り、信仰からは程遠く、果てはこの世界には魔法そのものが存在しないようなのだ。

 信仰うんぬんはともかく、「魔法がない」などという恐るべき事態は、あらゆる環境に即応する能力を持つテンタクラー族の私でさえ、さすがに否定しようとした。

 だが、事実だった。

 諸君、事実だったのだ!

 この驚愕が分かるだろうか!?

 なに? 分かる訳がない?

 ならば、諸君。自分が、突然人間でない何かに変わったとでも想像するがいい。

 それほど、我々にとって起こるべからざるべき、常識外の出来事だったのだ。

 それはもう、誇り高き戦士たる私が、衝撃から立ち直るまでに数時間も要するほどに!

 驚愕に浸ること数時間。

 ようやく我に返った私は、とりあえずこの身体の持ち主の家へと向かう事にした。

 不幸中の幸いというべきか、この身体の持ち主の記憶はいまだ健在。不完全ながら脳から情報を得ることが出来る。そして、手繰った記憶によると、家には「ねっと」なるものが存在し、膨大な情報を検索することが出来るというのだ。

 巨大な百科事典のようなものだろうか。

 何にせよ、図書室に足を運ばずとも情報が集められるとはありがたい。

 私は感心しながら、異世界の街へと足を踏み出した。

 正直に言うと、魔法による浄化能力を発揮できないこの街の空気は、あまりいいとは言えない。加えて、かなりの数の人間が群れをなして歩いているのも、あまりいい気分ではない。いや、人混みなるものが苦手という訳ではない。人間諸君には大変申し訳ないのだが、我々テンタクラー族にとって、頭以外の毛が抜け落ちた(中には頭の毛も抜け落ちたものいるようだが)猿から進化した二足歩行の獣人、というのは、その、あまり美しいと思えない存在なのだ。

 むろん、私は誇り高きテンタクラー族。

 美醜で優劣善悪を判断するほど落ちぶれてはいないので、どうか安心してほしい。


 だが、少し足が速くなってしまうくらいは、見逃していただきたい。


 その結果、ビルの角から飛びだしてきた女性とぶつかっても、致し方ないというべきではないだろうか?


「きゃーっ! この人、痴漢です!」


 このような冤罪に巻き込まれるのは、いくら何でもあんまりだというべきではないだろうか?


「ちょっと、署まで来てもらえますか?」


 だが、それでも、私は誇り高きテンタクラー族!

 逃げも隠れもしない!

 我が身の潔白は、必ず証明してみせる!


 ※ (警察に捕まっても)続きます。

 ※ 次回投稿は、2019/3/20(水)予定です。


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