第4話
息をしておらず、目立った外傷はない。
女は病で息を引き取ったということだ。
女を調べると右手に血が滲むほどの歯形がついていた。もちろんギルスの歯形ではなく、女自身のものだった。
夜中、激痛を耐えるために自分の右手を噛んでいたのだろうか。
わからない、どうして。
声一つ上げず、俺に気づかれないように……。
女の書いた地図を拾い上げる。
二枚構成になっていたそれは一枚目に遊園地内にある目的地の行き方、二枚目に遺言らしきものが書いてあった。
一枚目の地図には二つのバツ印がつけられていた。
俺は一つ目のバツ印に向かいながら遺言を読むことにした。
どんな形であれ、あなたに人殺しはさせたくありません。
約束の反故をお許しください。
「驚いたぞ」
ちなみに昨日話した昔話は実は私のことです。驚きましたか?
「驚くか」
あなたに出会う前は、自暴自棄になり、どんな死に方でもいいから早く楽になりたいと考えていました。
しかし、あなたのそのネックレスを見た瞬間、私の中で小さな光が灯りました。
死ぬ前に、最後に私にできることがある、と。
あなたが気になっていたことを全てお話しします。
私の着けていたネックレスは老婆、シスターの物です。この遊園地を出るときに拝借しました。
「手癖が悪いな、盗賊の頃の癖か?」
そして、あなたの着けているそれは、シスターに育てられた証です。
シスターに育てられた子供たちについて、シスターは多くを語りたがらなかったです。
その結末はきっと悲しいものなのだったのでしょう。
それ故、あなたがシスターの子の生き残りであると知ったとき、私は天国のシスターを想い、嬉しくなりました。
そして、何よりあなたがそのネックレスのことを気に掛けていたことが嬉しかったです。
あと、あなたにはすぐにバレてしまいましたが、私の信心が薄いのはただのシスターの真似事だったからです。よく見抜きましたね。
「やりすぎだ、あんなの俺じゃなくたって見抜かれるぞ」
あと、料理は全てシスターから習ったものです。幼い頃シスターの料理を食べていたであろうあなたに「懐かしい」と言っていただけた時、涙が出そうになりました。
「久々に食事が楽しいと感じたが、記憶のない幼少期以来だったとはな」
地図に書いてある目的地は私とシスターの居住スペースだった場所です。
そこにシスターの書いていた日記があります。
もしかしたら、そこにあなたのお名前があるかもしれませんよ。
さがしてみてください。
「駄目だなこりゃ。この婆さん何人育ててんだ。名前が書いてありすぎてどれが俺の名前か
わかんねえ」
あなたと過ごした日々は短いながらもとても楽しかった。
どうやって死ぬかを考えるより、残りの日々をどうやって生きるかを考えたこの数日間は私にとって充実したものでしたが、あなたにとってはどうでしたか?
「自分のことを全く明かさない宗教かぶれの女との旅路、楽しいことなんてあるもんか」
私が最後まで自分のことを明かさなかったのは、シスターと過ごしたこの遊園地まで私自身が帰りたいという欲が出たからなのもありますが、あなたとの旅を長引かせたかったのもあります。どうかお許し下さい。
しかし、もう限界が来てしまいました。
シスターのこと、私のこと、あなたがどう思うかはわかりませんが、心の中に留めておいていただけると幸いです。
それでは良き人生を。
「良き人生を、か。どこまでも勝手な奴だな」
二人の居住スペースらしき部屋を出た俺は、地図にマークされていたもう一つの目的地に辿り着いた。
遊園地をでた所にある少し高い丘の上。
ここからは遊園地を一望できた。
『慈愛深きシスター ここに眠る』
女が作ったのだろうか。
豪華、とは言えないが丁寧に石碑が建てられていた。
ネックレスのこと、シスターのこと、そしてあの女のこと。
何度も何度も自分の頭の中で考えてみるが、何一つ腑に落ちない。
この世界では、幸せになってはいけないっていうルールでもあるのか?
しかもどいつもこいつもそのルールを律義に守っていやがる。
何より、俺もその、ルールを守っている奴らの一人だという事実が俺をさらに苦しめる。
心の中で一際大きな舌打ちをした。
「だったらもう、いっそのこと……」
残る弾丸は一発。
今となってはこの一発が、この世界から逃げ出すための一等席の切符に見える。
「育ててくれたあんたには申し訳ないけど、もう疲れたんだ」
どれだけつらい日々を乗り越えようとも、待っているのは更なる苦痛だけだ。
そんな世界で俺がやることなんてもう何一つない。
撃鉄を起こし、銃口を自分のこめかみへと当てる。
「くそが……」
俺はトリガーを引いた。
パンという音とともに、俺のこのふざけた人生は幕を閉じ……なかった?
何度かカチャカチャと引き金を引くも、最後の弾丸は発射されない。
弾を込め忘れたのかと思い、服のポケットを漁る。
すると、小さな麻袋が入っていた。
「こんなの入ってたか?」
中を確認すると紙切れが一枚、上のほうにあったので取り出した。
この弾丸は私がいただいたものです
あなたには使わせません
その代わりにこれを差し上げます
どうか幸せになってください
袋の下のほうにあるものを確認すると、それはチェーンネックレスだった。
そのネックレスには弾丸がアクセサリーとして付けられていた。
「元盗賊が勝手なことしやがって……」
膝に力が入らない
今ギルスが来たら逃げきれないな
涙が止まらない
俺の体にこんな機能付いていたのか?
何から何まで本当に上手くいかないな、この世界は
その後、俺は女の死体をおぶって、この丘に戻ってきた。
さすがに人一人を背負ってこの距離を歩くのは骨が折れるな。
「このスコップ借りるぜ、婆さん」
居住スペースから拝借したスコップを使い、穴を掘り進める。
それにしても色んな奴から色んな物を盗られるな、この婆さんは。
俺だけでも使ったら返しておこうか。いや、面倒だからいいか。
深さはだいたいこんなもんでいいか。
『慈悲深きシスターの子 敬虔な女信者 ここに眠る』
石碑に文字を掘るスペースがまだ残っていたため、女が料理に使っていたナイフで書き足した。
「秘め事多き女盗賊でも良かったか?じゃあな、二人とも」
女が着けていたネックレスを石碑に引っ掛け、その場を後にした。
これからのことは何も考えていない。
何を目的にし、糧にするかなんてすぐには見つからないかもしれない。
だから、俺は旅を続けることにした。
旅の行方がきっと辛いもので、いいことなんて一つもないなんてことはわかりきっている。
でも、俺の幸せを願ってくれた二人の人間。
この月型と弾丸、二つのネックレスをくれたあの二人のせいで今、俺は信頼しあえる人間っていうものが欲しくなった。
こんな感情、あの女に会わなければ芽生えることはなかっただろう。
ああ、本当に迷惑な話だ。
それでも、生きて あるくくるま @walkingcar
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