第3話
五日目の夕暮れ、空は雲に覆われ、辺りは仄暗い。
「ここを抜ければ目的地ですよ」
目の前にあるのは旧遊園地の大きな廃墟だった。
鉄製のアトラクションはどれもこれも錆び付き、窓ガラスはほぼ全て割れていた。
「遊園地か。昔は休みの日には人で溢れかえっていたりしてたんだろうな」
「そうですね、今では想像もつかないですね」
「この旅も、もうすぐ終わりなんだな」
「はい、もうすぐです。では、ついてきてください」
女のすぐ後ろをついて歩く。ここに来るまでは辺りを警戒していた様子だったが、女はこの旧遊園地に入ってからは気を張り巡らすことをやめたらしい。
「これだけ広かったら仮拠点にしてる奴がいてもおかしくなさそうだな」
「……そうかもしれませんね」
「それなら無警戒に道のど真ん中を歩くのは危ないんじゃないか?」
「あなたは……」
「ん?」
「ここまで来て聞くのもおかしいですが、あなたはどうしてそのネックレスについて知りたいのですか?」
「幼い頃から気づいたら俺の首に掛かってたんだ。今までは生きることに必死で、どうしてこんなネックレスをしてるかなんて全く気にしたことなんてなかった。でも最近になって「自分は何のために生きているのか」を考えるようになった。そうしたら何故だかこのネックレスのことが気になってしょうがないんだ」
「では、仮にその意味が無いと知ったらあなたは……いえ、何でもありません」
女はしばらく無言で歩いていたが、急に足を止めた。
「これ、メリーゴーランドっていう乗り物なんですよ」
「ああ、知ってるよ。あの支柱を軸にこの馬とか馬車がぐるぐると回るんだろ?」
「そうです」
「何が楽しくてこんなもん乗ってたんだろうな、昔の奴らは」
「では、少し乗ってみませんか?」
「え?おい、ちょっと」
女は階段を駆け上がってメリーゴーランドのアトラクション内に入っていった
当然、電気が通っていないから動くこともない。
立派な白馬だったであろう馬の乗り物は、塗装が剥げ落ち、傷だらけの軍馬のようだった。
その中でも汚れが少しでもましなものを選び、それに跨った。
「じゃあ、私はこれにします」
そう言うと女は、隣の少し背丈が小さめの馬に跨った。
「……今から」
「ん?」
「今からある昔話をします」
「さっきから色々と急だな、どうしたんだ?」
女は俺にお構いなく話し始めた。
昔々あるところに、とっても悪い女がいました。
その女はいわゆる盗賊で、五人組で各地を巡り、食糧など色々なものを人々から強奪していきました。
盗賊たちはある日、子供たちのために食糧を大量に貯めこんでいる老婆の噂を聞きました。
そして、その老婆が子供たちを集め、居住としていた遊園地に盗賊たちは攻め込みました。
老婆は「私が守るべき子供たちは私の元から全員去りました。私自身ももう長くありません。好きにしなさい」と全く抵抗を見せませんでした。
盗賊たちは喜んで食糧を手に入れ、その日は夜通し宴を楽しみました。
しかし、朝になると女の周りには三人の死体がありました。
食糧を独り占めしようと考えた仲間のうちの一人が、三人を殺してしまったのです。
三人の死体の傍らに立つ男は女に問いかけました。
「俺についてくるか?」
女は答えました。
「お前が憎い」
男は黙ってその場を立ち去りました。
女は三人の埋葬をするために穴を掘ろうとしました。
しかし、道具も何もないため、素手で掘り進めるしかありませんでした。
次第に女の爪は割れはじめ、堅い土は素手ではなかなか深い穴にはなりませんでした。
困り果てていると、そこにあの老婆が姿を現しました。
女は考えました。復讐に来たのだと。
抵抗する気力も体力も残っていません。死を覚悟しました。
しかし、老婆は女を襲うことはありませんでした。
老婆は手に持ったスコップで穴を掘り進めました。
不思議そうに見ている女に、老婆は言いました。
「穴を掘るのには慣れています。少し休んでいなさい」
女は老婆の深い皺と優しい瞳を見ると、涙が止まらなくなりました。
その日から女と老婆は共同生活を始めました。
老婆は少ない食糧ながらも工夫して味付けをし、力仕事は元盗賊の女が受け持ち、お互いを助け合って生活をしました。
老婆と過ごした日々は貧しいながらも今までとは比にならないほど満たされたものでした。
この世界で初めて信頼できる人間と出会えたのです。
しかし、平穏な日々は長くは続きませんでした。
老婆は病によって、この世を去ってしまいました。
女にとっては二度目の絶望でした。
悲しくて、その日から毎日涙が止まりません。
悲しみを紛らわすために、お祈りをしたり、聖歌を歌ったりと老婆の真似事を始めました。
しかし、偽りの信仰に対し神様は女の悲しみを癒すことはありませんでした。。
そして、悲しみに暮れる彼女に最後の絶望が訪れました。
彼女は「杜若病」を発症してしまいました。
ついに自分の番が来たのかと、彼女は逆に安心しました。
諦めから生まれる安堵に溺れていた女は最後に死に場所を探そうと思いました。
そしてこの遊園地を後にしたのです。
女は話し終えると馬から降りた。
「今日はできる限りのごちそうにします。いわゆる最後の晩餐ですね」
女はこの旅で一度も見せることのなかった笑顔を、惜しむことなく俺に向けた。
その夜、女が最終日のためにとっておいた食糧をすべて使い切り、できる限りのごちそうを作った。
「本当に美味いな」
そして、やはりどこか懐かしい気持ちになる。
「そうですか。私も誰かに料理を振舞うことは二度とないと思っていたので、嬉しいです」
「……明日、本当にあんたを撃っていいのか?」
「はい、私はもう限界です。あなたとお話しできるほど元気があるのは今日が最後でしょう」
「そうか」
「死ぬ前に、この旅の目的地の地図を紙に残しておくので、私を撃った後に開いてください」
「……わかった」
その日の晩飯はとても美味かった。今まで食してきた物と比べるのも失礼なレベルだった。
枕代わりに丸めた布に頭を預けて夜空の星を見ていた。
普段なら、枕に頭を預けたら目を瞑って眠るだけだ。
しかし、女と出会ってから、寝る前に考え事をすることが増えた。
昔は街灯や、ビルのネオンで外が明るすぎて星が見えない都市がいくつもあったらしいが、そんなとこに住んでいた奴らはこんな時、今の俺みたいに途方もない考え事を頭の中で巡らす時に星のない暗い空を眺めていたのだろうか。
終末前の世界に初めて同情心を抱いた。
明日、俺は女を撃ち殺さなければならない。
撃ち殺さなければならぬ、と今の自分の中で罪悪感が存在するなんて旅の初め、交渉を持ち掛けられた時には思いもしなかった。
この最後の弾丸は明日、女の命を奪うのか。
違う、奪うのは弾丸じゃない。
安易に引き受けるんじゃなかったな。
本当に面倒なことに首を突っ込んでしまったものだ。
朝、起きるとそこには女の死体があった。
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