Lyric5:罪と罰の話 吹き飛ばす野ざらし
「勝負は8小節3ターン。どうだ?」
ルシオは肩を回しながら、堂々と立つ騎士に訊ねた。
騎士は僅かに思案し、ゆっくりと首を横に振る。
「いや……4ターンで行こう。お互い、言いたいことはあるだろう」
「OK。それでも構わねーぜ」
続いて、ルシオがコインを弾く。キャッチ。
視線が騎士に回答を求めた。
「……表だ」
「ん……表だな。どっちだい?」
「後攻を取らせてもらおう」
ルシオは内心で舌打ちした。
基本的に――――ラップバトルは後攻が有利とされる。
相手のラップに
先攻は先攻で、流れを作っていける強みはあるのだが……
……なにより問題なのは、後攻側は最後に反論を許さないディスが飛ばせることだろう。
どんなアンサーの名手であれ、ターンが回ってこない事にはアンサーを返すことはできない。
言い訳ができない。弁明もできない。
最後に核心を突くパンチラインを放たれてしまえば……それで終わりだ。
なんにせよ、手番は既に決まった。
ならば、先攻の戦い方をするだけだ。
ルシオがターンテーブルシールドを構え、魔法陣を展開する。
片手にマイク。吠える。高らかに。
「――――――――ベドリバント家三男、ルシオ・ベドリバント!
引き継ぐは無論、サキュバスの少女。
マイクを構え、一歩前に進み出る。
「――――――――――――決闘代理人、アイラ・ザ・チャーム!」
騎士が僅かに眉をひそめた。
その後ろで、彼の従騎士がタンテを構えている。
騎士もマイクを構える。
堂々と、厳粛に。
「――――――――マクルス家長男、リヒャルト・マクルスがお相手する」
名乗りと同時、ルシオは魔法陣をスクラッチした。
二度、三度。
妖精を呼び出す決闘儀式。
周囲に光球――――妖精が現れ、決闘の興奮に歓声を上げた。
観衆たちがごくりと固唾を飲む。
騎士……リヒャルトたちと入れ替わりで降壇したモルフェは、隣で悠々と酒を煽る無茶髭に耳打ちした。
「……なぁ。なぜルシオではなく、アイラが戦うんだ?」
「んあ? ああ、決闘ってのは代理を立てたり助っ人を隣に置くのが合法化されてて……」
「そうじゃない。そうじゃなくて……ルシオは、ラップができるはずだろう」
それは、彼女の中にずっとあった疑問。
この街に向かう道中、ルシオはラップバトルでアイラを制していた。
彼はラップバトルができるのだ。それだけの実力があるのだ。
アイラを倒していた、という事実が必ずしもアイラより優れたラッパーであることを示すわけでは無いにせよ……代理を立てる意味はあるのだろうかと、モルフェは考えずにいられなかった。
問えば、無茶髭は眉根を寄せて言いよどんだ。
「あー、んー……まぁ、事情があってな」
「事情……?」
「おう。あいつはな。人前でラップができねぇんだよ」
「それはどういう……」
「俺っちからは言えねぇ。あとで本人に聞いてくれや」
それきり、無茶髭はもう一度酒を呷って視線を壇上に向けた。
これ以上話す気は無い、という意志表示。
……確かに、他人の口から聞くべきことでもないだろう。
モルフェの視線もまた、壇上へと。
ルシオが
ライブで温まったエンジンでそのまま走らせるつもりなのか、アップテンポの軽快な音。
妖精たちが歓声を上げた。お気に召したらしい。
アイラ、ルシオ、リヒャルト――――視線が交差する。
いざ。
四度の、スクラッチ!
『キチっとしたカッコの騎士様が登場!
未知の領域まで道々ヨーヨー
ってラップするアタシの敵では無さそう
その涼しい顔にボンッ! ブチカマそう』
身振り手振り、指を開いて爆発のジェスチャー。
不敵に笑うサキュバスに、妖精たちが小さく歓声を上げた。
『楽しくラップしちゃ罪ですか?
楽しくライブしちゃ膿ですかぁ!?
そんなつまんねぇ人生にあるのか価値!
このバース返せないならアタシの勝ち
再度歓声。
その不敵な笑みは、怒りの発露。
反骨の怒りが籠った
彼らはバチバチのバトルが好きなのだ。
因縁上等、それが良質なバトルのスパイスだ。
四度スクラッチ――――ターンが回る。
アイラのターン中微動だにしなかったリヒャルトが、今マイクに口を当てる!
『ならこのバース返せば私の勝ち
自分で決めて良かったのか? 敗北の定義
その程度の覚悟でラップを挑んだのか?
底が知れるな所詮は犯罪者か』
落ち着いた、低音から繰り出される
聞いていたモルフェは眉をひそめ、無茶髭に顔を向けた。
「お、おい。あいつ、韻を踏んでいないんじゃないか……!?」
そう、踏んでいない。
リヒャルトはほとんど韻を踏んでいないのだ!
けれど、観客妖精たちは確かに興奮の明滅を行っている。
韻文決闘だと言うのに、これは一体――――訊ねれば、無茶髭は鷹揚に答える。
「別に韻踏むばかりがラップじゃねぇ。
「そ、そうなのか?」
「ああ。こいつはフリースタイルラップバトルだぜ? あれがあいつのスタイルってこったろ」
ガハハ、と無茶髭は酒を呷った。
壇上のリヒャルトは、なんら恥じること無しと堂々とした態度。
……これが、
的確な
韻を踏むより、鋭い
これが、リヒャルト・マクルスの
『快楽を求めるより法を順守しろ
騒乱 煽動 世間を乱すな
それこそがお前の罪だ わかるか?
ラップなら壁に向かって一人でしてろ』
リヒャルトは長身で、鎧を着こんでおり、体格もいい。
……その男に正面から淡々と
凄まじいまでの圧力。
アイラは思わず一歩引きさがりそうになり、グッと奥歯を噛みしめて堪えた。
サキュバスは人の心に直接触れることができ、それゆえにラップを相手の心に届けやすい――――逆もまた、しかり。
的確な
ラップは魂のぶつかり合いだ。サキュバスがやるならなおさらだ。
そういう意味では、相性の悪い相手。
それでも引けぬと、アイラは踏みとどまった。
スクラッチ四度――――ターンが回る!
『壁に向かって一人でラップ!?
そんなこといくらでもしてきたよFuck You!
そうして磨いたスキルでここに!
立ってラップしてんだって単純なことに!
アンタが気付くまでアタシは音に!
乗せて証明する 言葉を本当にィ!』
オーソドックスな脚韻……小節末で韻を踏んでいく
吠え立てる泥臭さに、妖精たちも熱狂を隠せない。
――――それから、見守る人間の観衆たちも。
騎士への恐れ、サキュバスへの恐れ……それらを乗り越え、ライブから継続する興奮が彼らを支配しつつある。
それでいい。
全てを巻き込んで、観客を
たっぷり二拍溜めてから、最後の二小節!
『アゲ過ぎが罪!
なら振らせてやるよアンタの首!』
山の如く微動だにしないリヒャルトに、
四度スクラッチ――――また、山が動く。
『いや縦横に振るのはお前の首
絞首台にかかって風に揺れるか
さもなくばギロチンで地面を滑るか
いずれにせよそれがお前の
あくまで罪人はアイラであり、己はその罪に対する執行者である――――そのスタンスを崩さない。
もちろん、死罪は誇張表現ではあるが……それだけの気迫が彼にはあり、アイラはそれを受け取っている。
それが観客にも伝わる。妖精が明滅する。
『スキルだなんだに興味はないな
私の首が少しでも動いたか?
できないことならぎゃあぎゃあ喚くな
勝てない勝負と認めた証か?』
ここまでリヒャルトはまったく首を振らないまま、鋭い
最初のターンで「このバースを返せないならアタシの勝ち」と吠え、次のターンで「アンタの首を振らせてやる」と宣言したアイラにとっては、手痛いところを突かれた格好だ。
それでも、勝負はまだ半分……あと2ターンある。
あと2ターン。16小節。
そこで不動の防御を崩し切れるかの、勝負!
四度スクラッチ、アイラのターン!
『首くくったって! 首落としたって!
アタシはラップし続けるんだって!
証明させてよ そう 好き勝手!
前には壁じゃなくて対戦相手!』
騎士は動かない。妖精は歓声を上げる。
観客も。それを横目に見た騎士が小さく舌打ちした。
『アンタも! アタシも! この場に立って!
バチバチにやってるってことがわかんねぇ!?
わかんねぇならなんでラップしてんの!?
なんのために今ここで生きてんの!?
ここぞとばかりに揺さぶりにかかる。
貴様のバックボーンを見せてみろ。8小節に乗せてみろ。
こうも堂々と問われれば、リヒャルトとしても答えないわけには行かない。
答えなければ、それは逃げであり――――負けだ。
重みの無い
熱狂の中にいる妖精たちは、それを許すまい。
四度スクラッチ――――苛立たしげにリヒャルトが動く。
『そうだな ここにはお前と私
罪人 執行者 そういう話』
脚韻を踏みつつ――――韻を踏むスキルが無いわけでは無いと証明しつつ――――身振り手振り、指を突き付けていく。
最初から、これはそういう話なのだと。よくよく言い聞かせるように。
『正義と秩序が私の
慎ましく静かに暮らすのが
それをわからせるためにラップしてる
わかったらお前はお縄につきなさい』
抉るような
……しかし、同時に。
籠っている。
僅かに。
怒りが。
熱量が。
アイラはもう、奥歯を噛みしめなかった。
踏ん張りもしなかった。
余裕ぶって、挑発的に笑って見せた。
リヒャルトの怒気が強まった。
『所詮はサキュバスか? 言葉も通じないか?
民衆を堕落させるのは許さんぞ』
吐き捨てる様に言い放ち――――スクラッチ四度。ラストターン!
『――――――――――――堕落してんのは領主の間違いでしょうがァッ!!!!』
――――渾身、吠え立てる。
一歩、リヒャルトは思わず後ずさった。
たっぷり2小節使ったシャウト。
しっかり間を取り、
『正義? 秩序? なんのため打ち立てた?
民衆の笑顔! 奪ったのは誰だ!?』
領主の身勝手のために、アイラたちは憤ったのだ。
そのために、アイラたちはライブを開いたのだ。
それすらも罪と言うのか。
罪深きは誰か。高らかな弾劾。
妖精たちが熱狂に沸き、観客たちも同意の咆哮を上げる。
『アンタの正義は嘘まみれ!
それでも言うのか 「クソガキめ」!
アンタらの代わりに正義を実行した!
アンタが罪人でアタシが執行者ァッ!!!』
正義への弾劾。
返さなければならない。
一歩、二歩とリヒャルトは後ずさっていた。
息が詰まり、苦悶の呻きも漏れていた。
核心を突かれた。
それでも、返さなければならない。
鋭く突き刺さった言葉を、投げ返さなければならない!
スクラッチ四度、正真正銘最後のバース!
『それでどうした? 罪を誤魔化すな!
反逆でもするか? 街はメチャクチャだ!』
――――吼えた。
ついにリヒャルトが声を荒げた。
確かな怒気を乗せ、ショッキングピンクの少女を見下し、吠えた。
『混乱を許すな! それが当然だ!
秩序と統制! それでこその正義だ!』
引き下がった一歩を、力強く踏み込む。
もう一歩、さらに踏み込む。
詰め寄られたアイラは、体を揺らし、首を振って
それがリヒャルトを苛立たせる。焦燥させる。マイクを握る手に熱が籠る。
『わかるか! 私はこの街の番兵!
お前のような悪の首根っこ掴んで!
罪を償わせる十三日の
ぐらいの恐怖を与える
最後はしっかりと韻を踏み、がなり立てた。
……リヒャルトは気付いているだろうか。
彼が韻を踏みながら、確かに首を上下に振っていたことに。
いずれにせよ――――――――彼らは8小節4ターンを歌い上げた。
音楽が止まる。
ぐらりと、リヒャルトがよろめいた。
どうにか踏みとどまる。しっかと踏みとどまる。
それを見届けてから、ルシオは周囲に問うた。
「アイラ・ザ・チャームの勝利だと思う奴は声上げろォッ!!!」
――――――――大歓声。
妖精たちが溢れんばかりに輝き、はち切れんばかりに咆哮し、飛び回った。
それから、人間たちも。
人間たちの歓声は勝敗に影響しない。あくまで判定は妖精に委ねられる。
が――――アイラはそれを受け、嬉しそうに笑って観衆に手を振った。
それから、リヒャルトの従者もまた問うた。
「……リヒャルト・マクルスの勝利だと思う者は声を上げろ!!!」
――――歓声は、確かにあった。
けれど、それはアイラに向けられたそれに比べると随分小さくて。
人間たちの分を差し引いても、やはり小さくて。
――――――――――――つまり、勝敗は決した。
最後に観客妖精を代表し、彼らの中で最も力を持つ者が進み出た。
『いやー……攻めるアイラ、受け流すリヒャルト! って構図がもうガッチリハマったバトルだったんですけど、もう武蔵と小次郎か! みたいな……巌流島か! みたいな……いやそのぐらいハマった試合でしたね。最初リヒャルトがすごく巧みにアイラの攻めを受け流してて、一言一言の重みがズシィーって来たんですけど、アイラが絶対に諦めないのがカッコ良くて! いやほんとに。はい。最後の「番兵」「掴んで」「フライデー」「One's again」みたいな韻の踏み方もカッコ良かったんですけども、ここは「お前をアゲてやるぞ」って宣言通りにそれを引き出したアイラの粘り勝ちかなーって思ってアイラに入れました。いやいい試合でした。ありがとうございました』
総評を最後に、妖精たちが消えていく。
見届け人は去り、決闘は終わった。
アイラが勝ち、リヒャルトは敗北した。
苦悶の声と共に、リヒャルトが膝を着く。
握る剣を――――マイクを取り落とす。
「ぐっ……サキュバス、などに……!」
苦々しく呟くも、立ち上がれない。
……彼の心は打ち砕かれた。
敗北は精神に刻み込まれ、活力を奪う。
彼の従者が駆け寄るのを見ながら、アイラは軽く鼻を鳴らす。
「フン……そりゃ、アタシはサキュバスですけど」
口を尖らせ……隣に、ルシオが進み出た。
「――――折角だ。サキュバスのライブも聞いて行けよ、リヒャルト・マクルス。どうせ休憩は必要だろ?」
悪戯っぽい笑み。
アイラは少し驚いた顔でルシオと顔を見合わせ、それから彼女も同じような笑みを浮かべた。
「そうね。いいわよ? アタシもオススメするわ。……でも、すぐに寝てらんなくなるんだから!」
『OK! さぁライブを再開しよう! 行くぜお前ら、まだまだ暖まってるかぁーっ!?』
マイクを通し、ルシオが観客に呼びかければ――――返ってくるのは、大きな歓声。
今ここで彼らが勝ち取った、“
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