Lyric4:今からライブ 反逆の合図


 あれはなんだろう――――――――


 街の住民たちが、ちらほらとに気付き始めた。

 路地裏の空き地に、でんと鎮座する移動家屋トレーラー――――その家屋部分の壁が三方に展開し、簡易的な舞台のようになっている。


 壇上に座すは金髪の乙女。

 座椅子に腰かけ、リュートを構え。

 高らかにひとつ、弦を爪弾く。

 ふたつ、みっつ、続けて爪弾き……ゆっくりと、音は群れをなす。

 群れなす音は曲となる。

 軽快に、単調に、けれど楽しげに。

 スキップするように響く音は、徐々にテンポを上げていく。

 徒歩からスキップ、スキップからダンス。


 音に釣られ、徐々にギャラリーが集まり出した。

 最前列にはパンジー。最初から。

 なんだなんだと、街の住民が舞台の前にぞろぞろと。


 金髪の乙女――――モルフェはそれを確認すると、また一段とテンポを上げる。

 かき鳴らすように、けれど正確に。

 速度を上げる。

 徐々に徐々に、更に更に。

 ギャラリーの中から、歓声が上がり始めた。

 まだまだ。更に更に。

 高速演奏。曲芸の域にあるもの。

 歓声が徐々に大きくなる。

 速度はまだまだ上がっていく。

 モルフェの額に汗が滲み始めた。

 まだまだ、まだまだ、まだまだ、まだまだッ!

 鳴らす鳴らす鳴らす鳴らす鳴らす鳴らす鳴らす鳴らす鳴らす鳴らす鳴らす鳴らすッ!

 かき鳴らせ爪弾け響き渡れかき鳴らせッ!

 沸く観客! 響く歓声!


 熱狂の渦の中――――急激にテンポを落とし、一瞬だけタメを作り……最後にひとつ、大きく弦をかき鳴らす。

 直後、賞賛。拍手。歓声。

 汗に濡れた金髪をかき上げ、モルフェは不敵に笑ってみせた。

 ズレそうになった皮張りの耳当ての位置を直しながら、視線を舞台の袖に向かわせる。

 それからもう一度、視線を観衆に向け……また、ゆっくりとリュートを鳴らし始めた。

 今度は緩やかに。一定のテンポで。

 ひどく単調に。繰り返し繰り返し。


 そのBGMに誘われるように、袖からひとりの男が現れた。

 眼鏡をかけ、大盾を背負った青年――――ルシオ。

 貴族の登場に、観衆にどよめきが走った。

 それが具体的な形になるよりも早く、ルシオは握ったマイクを起動した。


『ヘイ、ヘイ――――今日は集まってくれてありがとよ! 広告フライヤーも無いのによく来てくれた! マジで感謝してるぜ!』


 人懐こい笑顔を振りまき、陽気に。

 背景で鳴る軽快なリュートの音色。


『今サイコーにイカした演奏を披露してくれたのは……モルフェ! すごかったろ? 実は俺も今初めて聞いてビビったとこ。ハハッ! いやマジにスゲェテクだった。脱帽だよ。脱ぐ帽子被ってねーけど。ってわけで本日の特別ゲストに、改めて盛大な拍手を!』


 観衆には動揺があり――――しかし、彼らがモルフェの演奏で感じた興奮はれっきとした事実。

 幾人かが拍手を送れば、続くように全員が力一杯に拍手を送る。

 モルフェは少し照れくさそうに視線を逸らし、跳ねるように弦を爪弾いて返礼の代わりとした。


『で……俺のこと、気になるよな?』


 拍手がひと段落したところで、ルシオが観衆に問いかける。

 返答は、待つまでも無い。

 一拍空けてから、ウィンクひとつ。


『俺はルシオ・ベドリバント! ブリムエンを目指して旅してるDJだ! よろしくゥ!』


 控えめに、歓声。

 OK、OK、十分だ。

 そうマイクの外で嘯いて、ルシオは大仰に腕を広げて見せた。


『今日は他でもねぇ! 皆に俺たちの音楽を聞いて欲しくって、こうしてトレーラー広げちまったよ! 貴族だなんだ言っても、結局は旅芸人だからな! 今日は最後まで楽しんで行ってくれ! 俺たちも思いっきり楽しませてもらうからさ!』


 少なくとも、帰る客はいなかった。

 それで十分。

 彼らの貴族に対する感情は決して良いものではないだろう。

 だから、まずはモルフェの演奏で彼らの心を繋ぎ止める。

 貴族であるルシオにも、サキュバスであるアイラにもできない仕事だ。

 頼み込んで、最初はモルフェに演奏をしてもらった。

 結果は? 予想以上。

 彼女も中々のパフォーマーだ。


『さぁて、そろそろ俺の仲間マイメンを紹介させてくれ! 俺、モルフェ……おいおい、バックバンドとDJだけでも十分イカしたドープなライブはできるけど、まだ足りないのがいるよなぁ?』


 覗き込むように、観衆を見渡す。



『ちょっと驚くかもしれないが、まずは慌てずこいつのマイクを聞いてくれ――――MCィ、アイラ・ザ・チャァァァァーーーッム!!!!』



 リュートの音色が、アイラを迎え入れるように激しく揺れる。

 歓声、マイク、リュート。

 三つの音に呼ばれ、舞台袖から現れる。

 角、翼、尾、魅了封印紋。


 ――――――――――――サキュバス。


 一瞬、観衆が凍り付いた。

 ルシオが出てきた時の比ではない。

 明確に、恐怖と動揺が観衆に走る。

 知っているさ。慣れっこさ。

 こんなことは何度だってあって、それを何度だってねじ伏せてきた。

 だからアイラはここにいる。

 悲しみはしない。傷付きもしない。怒りもしない。

 ただ、サキュバスに怯える観衆たちを魅了してやるのだと――――小柄なサキュバスは、マイクを構えて不敵に笑った。


『ヨー! そんなしないでよ警戒

 マイク通して伝えるよHey Guys!

 確かにサキュバス けれども例外

 アタシはアイラ フロウは軽快!』


 臍下の魅了封印紋を指先でなぞりながら、ウィンクひとつ。

 袖から袖へ、舞台の上を一直線に横切って。

 見える全ての観客に自らをアピールしながら、ターンして中央に。


『悩むことないわ 答えは明快

 聞いてよこのバースそれが正解!

 停滞させない 弊害なんてない

 全開飛ばして 冥界行こかい?

 そのぐらいみんなを興奮させたい!

 そのためにマイクが欠かせないっ!

 聞いてけ損させ無いからたーぶん!

 アタシの名前はアイラ・ザ・チャーム!

 マイク一本でアンタらを魅了!

 その体験はきっと想像以上!

 トライオトのみなさんよろしくどーぞ!

 ここで歌う“アンタのため F o r Y o u ”の音ッ!』


 歌い上げる十六小節ワンバース

 陽気に、けれど熱烈に――――――――熱量バイブスが観衆に伝わる。

 サキュバスの精神干渉能力、と言えばそれだけのこと。


 ……それだけのこと?

 いいや、それは大嘘だ。

 今、観衆の心を掴んでいるのはアイラのラップだ。ヒップホップだ。

 それがサキュバスの精神干渉能力で、ちょっとだけ伝わりやすくなっているだけだ。

 本質は彼女の魂だ。

 心から訴えかける、魂の音楽だ。


 彼女の横で、ルシオがターンテーブルシールドを起動した。

 浮かび上がる大盾。展開する魔法陣。

 回す――――キュルキュルと独特の音が鳴り、次の瞬間には一定のリズムを刻む打楽器の音が流れ始める。

 時折魔法陣を擦り、回し、音を繰り返す。折り返す。

 かと思えば全く別の曲へと繋ぎ、観衆のボルテージを高めていく。DJプレイ。

 盾に魔法陣を読み込ませ、曲を流す……そして、それを自在に操る。

 ラッパーが言葉を操る芸術家なら、DJは曲を操る芸術家だ。

 流す曲を選び、流した曲を操り、興奮から興奮へ、観衆の心を操って見せる。


 それに合わせて、モルフェがリュートを鳴らしている。

 ――――――――即興合奏ジャム・セッション

 打ち合わせだってできた。事前に演奏を全部決めておくことだってできた。

 けれど、彼らが選んだライブのスタイルはこれだった。

 その場その時、その瞬間にある生の感情を音楽としてぶつけ合う。

 観衆を呑め。

 恐怖を感じるより早く、動揺に支配されるより早く、熱狂で観衆を包みこめ!


 ルシオとアイラが視線を交差させた。

 ここまでは自己紹介。

 つまり、ここからが本番だ――――四度、スクラッチ!


『For You どーいう音がお好みか

 聞かせて欲しいんだここの下

 に響いてるはずのアタシの言葉リリック

 勘違い? ちょっと興奮気味』


 親指で己の平たい胸をつつき、肩を竦めるジェスチャー。

 それから、人さし指を観衆に突き付ける。

 ぐるり。右から左。

 

『おねーさんおにーさんおばあちゃんおじいちゃん

 みんなに楽しんで欲しいじゃん!

 そーいう気持ちなんだけどどうだい?

 後悔させないつもりよオーライ!

 こんなに素敵なライブはそう無い!

 思ってくれれば気分は爽快っ!

 調子に乗って歌いたい放題

 無限に言葉を生み出す口内』


 抑揚をつけ、歌うように。

 沸いている。

 観衆が、歓声をあげている。

 それが嬉しくって、アイラは笑顔で言葉を紡ぐ。


『MCアイラがここにいるIn Da Houseッ!

 あと二小節で終わりの三十二小節トゥーバース

 サキュバスのラップで脳を揺らーす!

 もうちょいやらせていただきまーすっ!』


 歓声。上がる手。

 本能に訴えかける高揚グルーヴが、観衆を興奮の渦に巻き込んでいく。

 まだまだライブは始まったばかり。

 ここからさらに、彼らを歓喜と興奮で飲みこんでやる――――




 ――――――――――――その熱狂に冷や水をかけるが如く、けたたましく鳴り響く金属音。




 耳をつんざくその騒音に、誰もが耳を塞いだ。

 視線がそちらに集まる。

 観衆を挟んで、丁度部隊の反対側。

 興奮でかいた汗がさっと引いていくのを、観衆たちは感じていた。


「……何かと思って来てみれば……なんの騒ぎだ、これは」


 そこにいたのは、金属鎧に身を包んだ大柄な男性。

 傍らには従者。貴族。騎士。治安の維持を担う者。

 従者から受け取った盾に、剣の鞘をぶつけて音を鳴らしていたらしい。

 彼が静かに歩を進めれば、さっと人の海が割れた。

 さながら、異界神話で言うところのモーセの奇跡か。

 鎧がこすれ合う音が、いやに響いた。


「汚らわしいサキュバスめ……人心を誑かし、人の世を荒らす腹積もりか?」

「……は?」


 騎士が壇上のアイラを睨み、アイラも気丈にそれを睨み返した。

 視線が交差する。舌打ち。どちらのものだったか。


「そこの貴様は主人か? あるいは、毒婦に誑かされたか。いずれにせよ……騒乱罪及び動乱罪で、貴様らを拘束する」


 騎士はルシオとモルフェを一瞥し、忌々しげにそう吐き捨てた。

 どうする――――モルフェが視線でルシオにそう訊ねれば、彼は不敵に肩を竦めた。


「おいおい旦那、ちょっと待ってくれ。楽器演奏して歌うのが罪か? この街は音に合わせて喋るだけでも罪人かよ。大した法制度が行き渡ってるらしい」

「屁理屈を……何が狙いかは知らんが、街の治安を乱すものを放置するわけにはいかん」

「治安? 治安ね。人が歌うだけで乱れる治安ってのは、治安側に問題があるんじゃないか?」


 一歩、二歩。

 ルシオが踏み出し、アイラと肩を並べた。

 不機嫌に騎士を睨むサキュバスと、不敵に笑う辺境貴族の三男坊。

 騎士は憎々しく彼らを見た。

 そして理解した。

 彼らに、屈する気が一切無いということを理解した。


「…………今すぐ街を出て行くのであれば、見逃してやってもいい」

「冗談キツイな。出ていく理由が無い」


 ルシオは眼鏡を軽く押し上げると、大仰に両手を広げた。

 そして高らかに……朗々と、声を張り上げる。


「――――――――人の尊厳たる自由意志を貶める貴殿の発言、我らへの侮辱と受け取った」


 続く言葉は、聞くまでも無く分かった。この場の全員にとって。

 そしてそれは、やはり予想通りのものだった。




「我、ルシオ・ベドリバントは己の名誉のため! しかして貴殿の名誉のため! 今ここに――――――――尋常なる決闘を申し込むッ!!」




 決闘。

 ……当然、貴族同士の。

 であれば、武力によるものではあってはならない。

 貴族の気高き青い血は、容易に流されて良いものではない。

 ならば、決闘の方法はただひとつ。

 騎士は己の腰に提げた剣の――――その脇に佩いた、マイクを手に取った。


 いざやいざ、これなるは叡智と矜持を競う戦い。

 即ち、韻文決闘フリースタイルラップバトルの開幕である――――――――ッ!!!!

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