アテナと聖獣さん

坂口航

 

 言わずと知れた神、アテナ。


 彼の女神は戦をつかさどることがもっとも知られているがそれだけではない。芸術や工芸なども司る神としても知られており、そして知恵にも優れたとされている。


 まさに完璧。文武両道、オールマイティーと言っても過言ではない。むしろそのような言葉では言い表せない存在である。


 と、周りから多大なる評価を受け続けてもう四千年かそれ以上の月日が経とうとしてるある日。あらゆることにひいでた彼女が頭を抱えているのだ。


 一体何が、彼女を悩ませているのか。まさかかつて見たことのない戦争が起きてしまうのか。世界が滅びるほどの大災害が起きてしまうのか。


 多くの存在は想像絶する大惨事が起こると、騒ぎ。その騒ぎがさらなる憶測を呼び、大混乱が巻き起こるだろう。


 そうなってはならない。だから何かアテナ様が考えごとするときは必ず一人にならなければ出来ないのだ。


 だが一人で悩むのは、誰であっても必ず限界というものが存在している。それは神も同じである。


 悩んでいるところを目撃してからそろそろ二時間。ここまで来ても突破口が見つからない場合はさすがのアテナ様であっても相談しに行く。


 しかし相談など他の存在にやすやすできない。なぜなら完全なる存在として見られるお方が相談するなど、相手も緊張してしまう上、衰えたと考えて攻め込んでくる者もいるであろう。


 こうした理由から、のお方の相談のを聞くのは、聖獣であるこのフクロウなのである。


 フクロウだけで名前は無いのか、と感じた者もいるであろう。だがこれでいいのだ、わざわざ名前など貰っては他のフクロウに申し訳が立たない。

 

 あくまでも平等に、側近として仕える私も名前を付けずにただのフクロウとして扱ってくれるようにおそれ多くもお願いしたのである。


 のだが…………、


「フーちゃん、お願い。また助けて!」

「アテナ様、どうかそのフーちゃんというのはそろそろ止めていただけないでしょうか」


 瞬間移動テレポートした直後に抱きしめにかかってきた主に対して、数千年前から変わらず言い続けている言葉をかける。愛称と言えども、高貴なるお方からそのようにお呼びいただいては、先ほども述べたように他の者へ失礼だ。


「いいじゃんか、他に誰もいないし。それにもう何千年も一緒にいるのだから、そろそろニックネームで呼んでも構わないでしょうが」

「時間の問題ではないのですアテナ様。私の他にも多くの同胞が貴女様に仕えているのです。誰かを特別扱いしては不満を覚えるものも出かねないのですよ」


 もしそうなっては大変だ。我々の一族だけではない。他の仕えるもの達にもその影響がかかる恐れもある。加えて不満を覚える家臣たちを、悪魔がそそのかしにくる不安も同時にあるのだ。


 それをアテナ様が理解していないはずがない。だがそれでも頬を膨らませ、不満そうにこちらを見詰めてくる。


 誰かと顔を合わす時ならこのような姿を消して見せることなどないであろう。なぜなら威厳を保たねば、いくさの女神としての尊厳が薄れてしまう。


 つまり今のアテナ様が本来の姿であり、勇ましく可憐かれんで、幾多もの尊敬集める姿は外用の姿なのである。


 いつも気を張って職務に励んでおられるのだから、誰もいない時くらいは気を緩めればいいとは考えてる。


 だからと言って、愛称で呼ぶことは厳しく指摘しなければいけない。


 未だに顔を膨らませて詰め寄るアテナ様。このままだと進まないので、軽く咳払いをして話を進めるように促した。

 

「それはそれとしてアテナ様。なにやら悩んでいたようでしたか、一体何がございましたのでしょうか」

「ムゥ、話反らしたな。まぁこっちも重要だからしゃべるけどね」


 私を抱きしめていた手を離し、胸に手を当てて物憂げな表情をしてアテナ様は話を始めた。


「フーちゃん、アナタも知ってるように私を信仰してくれている方がこの時代にも沢山いるのね」

「エエ、そうでございますね」


 ここでフーちゃん呼びを指摘しては話が進まなくなることは明らかなので一度ここはスルーして話を聞いていく。


「そんな信者の一人から一際強く願いが届いたのよ。私も長いことやってきたけどこれほどまでに強い思いが込もった願いは初めてだったわ」

「なるほど。して、それはどのような願いだったのですかな?」


 するとアテナ様は深い深呼吸をし、ためらった様子で言いよどんでしまった。それほどのことなのであろう。普段、特別な行事がないこの日にそこまで強く願ってきたことなのだから。きっと悲惨なものなのであろう。


 覚悟が決まったのか、今のアテナ様はいつか街を守るときと同じように凛々しい顔つきになり、再び深呼吸をしてからこう告げた。




「『どうか、どうか私に彼氏が出来ますように』と、そう聞こえてきたのです」







 ………………、なるほど




「『それは他の神に願え』と言えばよいのではないでしょうか」

「ダメよ! せっかく私を頼ってくれたのよ、そして大切な信者の願いなのだからなんとかして天啓てんけいを彼女に送らないと!」


 信者を思い、懸命になるその姿は仕える者としてはとても誇らしいものなのである。

 ですが貴女様は処女神ではないですか。恋愛などしたこともないはずです。

 

 そしてその信者もなぜアテナ様を頼ったのですか。言ってはあれですが他に良い神いっぱい存在していますよ。


 しかしこの日にそこまでして願うことがそれとは…………。あとで近くに住むものに偵察をお願いしましょうか。


「それでフーちゃん。いつものように知恵を授けて、頑張れ知恵の象徴さん!」

「そう言われましても、私もアテナ様も恋愛などしたことがないではないですか。このような事はエロス様やアフロディーテ様に回した方が…………」

「それじゃあダメなんだってば。他に頼るんじゃなくて私がやりたいの! それに最近私モテてるみたいだし、なんか色んなところで『可愛い』とか『美しい』って言われてるらしいのよ」


『可愛い』や『美しい』などは、確かに最近の下界で定期的に言われてるとの情報は私も仲間から送られてくる。


 しかしそれは、東洋のある国を中心として、ソシャゲなどというものを起点にエロス様よりな絵を見て言ってることだと伝えるべきか否か。


 黙っていた方が賢明だろう。話したらとんでもないことが起きそうなので黙っておこう。実際に行って見てくるなどと、こっそり降臨などされてしまってはこちらも困る。


 しかしどうしたものか。恋愛相談など私もしたことがないのでどうしたらいいかなど分かりようがないのだ。




 ――――しょうがない、あまり明確な答えとは言えないがこうしておこう。



「アテナ様。まずお付き合いする者と出会いには、当然多くの者と関わりをもった方が良いですよね」

「それはまぁ当然だね」


 うん、ここまではちゃんと聞き入れてくれていますね。さてここから上手いこと流れてくれればいいのですが。


「では多くの人と出会うには、まず外へ出ること。そして次に必要なのは異性として好かれるのではなく、人間として好かれることなのです」


 ウンウンと、感心したように頷いて手を前でグッと握りしめ次の言葉を待つアテナ様。このまま押しきるためにも少し語感を強めよう。


「人間として好かれるにはどうすれば! それは簡単なことです。他人に幸福を与えること、誰か一人で多く幸せにすることなのです!」

「つまりこれからも奉仕活動をして施しを与え、神に祈りを捧げ続ければ恋人ができると!」

「さすがアテナ様、ご理解が早い様子で。まさしくその通りでございます」


 回りくどい言い方だが、つまり良いことしてたら好い人にきっと会えるよということ。ありきたりな回答なのですが、正直恋愛や女心など分からない私にはこれが限界でございます。


 アテナ様も、女神ではありますが男勝りな方ですので今言った『奉仕』や『施し』などを繰り返し呟いている。


 なんだか騙しているようで申し訳ないがここまでが限界なのです。もしこれ以上を願うのなら、ホントにエロス様やアフロディーテ様の所に行ってください。


「分かった、じゃあ夜になったらさっき言ったことを念で送ってみるね」


「はい、きっとその信者はとてもお喜びになることでしょう」


 恋愛どうこうを抜きにして、アテナ様から直接天啓を貰うことができるのだ。信者ならきっとそれだけで満足だろう。


 …………どうも恋愛相談をアテナ様に頼んだところは不安ではあるが信心深いはずだ。じゃなければこの時期に願いが届くはないはずだ。おそらく。


「んじゃあフーちゃん、これから他の仕事してくるね! やっぱり私が出来ないことをズバリとこなしてくれるから、フーちゃんは私の切り札だよ」

「あまり私ばかりをお褒めになるのは良くないですよ。他の者にもちゃんと労いの言葉をかけてこそ信頼されるというものですからね」

「分かってるから。もう、ここは誉められたんだから素直に喜んでよね」


 言葉だけなら、ただ不満をこぼしているだけのようだが。アテナ様の普段多くの者に見せる美しい微笑みではなく。

 無邪気な、まるで幼い子どものように歯を見せて笑うと、そのまま瞬間移動テレポートでこの場を去っていった。




 さてと、私は今後のためにも少し恋愛というのを学ばなくてはなりませんね。


 アテナ様の切り札ですか。そんなことまで言われると、より多くのことを知らねばいけなくなったではございませんか。  




 フクロウは少し困った様子だったが、ふっ、と嬉しそうに笑うとそのまま新たな情報を集めに飛び去ったのであった。





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