第653 弓月の刻、魔族領に入る

 「簡単に通れちゃいましたね」

 

 国境についた僕たちは、魔族領へと入るために検問を受けたのですが、意外な事にギルドカードを見せただけであっさりと通る事ができました。

 今でこそは緩和されているみたいですが、アルティカ共和国とルード帝国との国境が凄いだけあっさりと通る事が出来てしまったので拍子抜けした感じがします。

 

 「魔族領だからね。こんなもんじゃない?」

 「魔族領だからってどういう事ですか?」

 「人族からすると、魔族領に行く利点がないからだよ。逆に魔族がこっちに来る利点がないようにね」

 「どうしてですか?」

 「住みにくいからだよ。人族は魔力の器が小さいせいで魔力酔いになるし、逆に魔族からしたらこっちは魔素が薄くて住みにくいからね」

 「そういえば、ナナシキの魔族の方達も言っていましたね。文化が違うって」


 特に食文化の事で驚いた記憶があります。

 僕たちは生きるために食事が必要不可欠ですが、魔族の方はそこまで食事を必要としていません。

 逆に僕たちは魔素がなくても生きていけますが、魔族の方は魔素が必要不可欠みたいです。

 なので、魔族領に行く際には食事に気をつけるようにと教わりました。

 魔族領では食事をとる事が出来る場所が限られているだけではなく、食料を購入できる場所ですらない可能性もあるみたいです。


 「文化の違いって凄いですね」

 「うん。美味しいご飯が食べられないのは辛い」


 幸いな事に僕たちはいつでも転移魔法でお家に変える事ができますが、普通の冒険者や旅人などは食事をとる事すらも困難になる事もあるので大変そうですね。


 「そういった理由もあって緩い感じかもね。私も魔族領についてはあまり詳しくないからわからないけど」

 「そうなのですね」


 お互いにまともに活動ができないというのが答えのようですね。


 「でも、それでよく攻められたりしませんよね」

 

 実際には戦争ではありませんでしたが、シノさんが兵士を率いてアルティカ共和国にやってきた時、アルティカ共和国は国境の防壁を使って、ルード帝国の軍と対峙しました。

 国境にはそういった役割もあるのです。


 「戦争自体はないけど、村同士の小競り合いは今でもあるみたいだよ」

 「それって大丈夫なのですか?」

 「国同士は関与しない事にしてるみたい」

 「どうしてですか?」

 「そこに国が関与すると、更に事が大きくなるからじゃない?」


 あくまで村同士が勝手にやってる事、ってスタンスみたいですね。

 

 「けど、それは止めた方がいいですよね」

 「そうだね。だけど、ルード帝国は広いし全てに目を光らせるのは無理なんじゃないかな」

 

 連絡を直ぐにとれる方法があれば変わってくるかもしれませんが、そういった魔法道具マジックアイテムは貴重で高価ですし、転移魔法も普通は使えませんよね。

 

 「難しい問題ですね」

 「そうだね。ま、村同士の小競り合いといっても、死者がでる程ではないみたいだし、中には一種のお祭りみたいなものとして人を集めている所もあるみたいだし今の所は問題はないんじゃないかな?」


 それに、本格的な侵攻行為とみなされれば、国が動きその村に重い懲罰を課したりする事はあるみたいとスノーさんは付け足しました。

 ですが、その問題って他人事ではないのですよね。

 ナナシキもリアビラに攻め込まれそうになったこともありますし、リアビラ以外にもビャクレンやフォクシアといった国に囲まれていますからね。

 

 「それで、スノーさんは今の所大丈夫なのですか?」

 「今の所は問題ないよ。多分、この先も大丈夫だと思う」

 

 国境を越えた辺りから魔素が少し濃くなってきたので一応確認をしましたが、今の所は魔力酔いの心配はいらないみたいですね。


 「む。私の心配はしてくれないの?」

 「シアさんは大丈夫ですよね? 魔力の器はかなり大きくなってきましたので」

 

 シアさんと出会ってからシアさんは色々と成長しましたが、一番成長した部分が魔力の器の大きさではないでしょうか。

 今なら魔力酔いで苦しんだ魔の森でもやっていけるくらいには成長していると思います。

 

 「大丈夫だけど、スノーだけじゃなくて、私も心配されたいの」

 「でも、心配されるのあまり好きじゃないですよね?」


 シアさんって辛くても直ぐに強がっちゃいますからね。

 実際に魔の森を通った時も辛いにも拘らず、笑顔でなんともない振りをしていましたし。

 

 「それは乙女心だから?」

 「乙女心ならしかたないですね。シアさん、体調の方は問題ありませんか?」

 「今の所は平気。だけど、後で膝枕してくれると嬉しい」

 「わかりました。後でしてあげますね」

 「うん!」


 どうやら甘えたいだけみたいですね。

 なので、膝枕の前に頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細め、もっと撫でてと手に頭を擦りつけてきました。

 そういえばここ数日の間、僕とシアさんとサンドラちゃんはお家に戻らずに野営をしていて、その間……その、夜の仲良しの時間とかもありませんでしたからね。

 もしかしたらシアさんの仲良くしたい気持ちが溜まっているのかもしれません。

 僕も意識すると、仲良くしたいなって気持ちが湧き出てくるくらいですし。

 

 「いいなー」

 「羨ましいよね」

 

 そんな僕たちを見て、スノーさんとキアラちゃんがボソッとそんな事を洩らしました。


 「えっと、羨ましがるくらいなら二人も仲良くしたらどうですか?」

 

 二人の関係は知っていますし、今更僕たちの前で遠慮する必要はないですからね。

 

 「違いますよ。私達もそこに混ざりたいなって話です」

 「そうそう。たまにはみんなで仲良くするのもいいなって」

 「そ、それは遠慮します!」

 「どうしてですか?」

 「そうなると僕ばっかり狙われるからです!」


 おかしな話ですよね。

 前にも一度、みんなと仲良くした時があったのですが、何故かみんなして僕の事を狙うのですよね。

 まぁ、細かくは言えませんけどね。


 「それは仕方ない。ユアンが魅了チャームを使うのが原因」

 「そんな魔法は使えませんよ!」

 「なら自然とやってるのかな?」

 「もしかしたらユアンさんはサキュバスの血が混ざってるのかもしれませんね」

 「流石にそれはないと思いますよ」


 ずっと遡ったらわかりませんけどね。

 それでも、少なくとも僕が知る限りではサキュバスの血は入っていない事は確認しています。

 龍人族の血は引き継いでいるみたいですけどね。


 「なーなー?」

 「はい、どうしましたか?」

 「変な話をしてる所悪いけど、この先に村があるぞー?」

 「村ですか?」


 僕たちが竜車で少しお馬鹿な話をしている間もサンドラちゃんは真面目に御者をしてくれていたみたいですね。

 

 「確かに村ですね」

 「どうするー?」

 「どうしましょうか……」


 村に寄る利点は正直あまりなかったりします。

 これが大きな村だったら別ですけどね。

 ですが、僕たちが見つけた村は明らかに小規模な村でした。

 そうなると、宿屋どころか食事処もなかったりするのです。

 むしろ、邪魔者扱いすらされる可能性もあるくらいです。

 

 「でも、初めての魔族の暮らす場所。立ち寄ってみる価値はあるかもしれない」

 「そうだね。これから先に進む為の参考になるかもしれないし、寄ってみるだけ寄ってみるのがいいと思うよ」

 「駄目なら駄目でいいですしね」


 なるほど。

 みんなは立ち寄る事に賛成のようですね。


 「わかりました。折角なので寄っていきましょうか。サンドラちゃんこのままお願いします」

 「なー? 竜車から降りなくていいのかー?」

 「魔族領なので大丈夫だと思いますよ。前にすれ違った馬車も変な魔物が牽いていましたので」


 パッとみた感じは牛でしたが、その背中には小さな羽が生えていました。

 誰も知らない魔物でしたので、恐らくは魔族領にだけ生息する魔物だと思います。

 そんな魔物が馬車を牽いているのなら、砂竜サンドドラゴンが馬車引っ張っていても問題ないと思います。

 もちろん、村の手前では降りますけどね。


 「わかったぞー。サラー、デルー、このまま頼むなー」

 「「はーい」」


 そして、僕たちを乗せた竜車はそのまま村に近づきました。

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