第652話 弓月の刻、魔族領の国境へ向かう
「本当に良かったの?」
「何がですか?」
「ユアンが望むならもっとゆっくりしても良かったと思う」
「その事なら気にしなくても大丈夫ですよ。十分に楽しい時間を過ごせましたからね」
お母さん達のお家に泊まる事になった翌日、僕たちは魔族領に向けて再び竜車に乗り出発をしました。
「寂しくない?」
「寂しくないと言ったら嘘になりますけど、そこまでは寂しくはないですよ」
本音を言えば、もっとお母さん達と一緒の時間を過ごしたかったです。
ですが、そうは言っていられない事情が僕たちにはありますし、何よりも……。
「やっぱりみんなとも一緒の時間を過ごしたいですからね」
お母さん達のお家に居た時、僕はみんなから気遣われているのを感じました。
きっと家族団欒の一時を僕にくれたのだと思います。
ですが、僕にとっての家族はお母さん達だけではありません。
お嫁さんであるシアさんは勿論ですが、スノーさん、キアラちゃん、サンドラちゃんも家族なのです。
「つまりは私達と一緒にいられなくて寂しかったって事かな?」
「そ、そういう訳ではないですよ?」
「ホントですか?」
スノーさんとキアラちゃんが僕の頬っぺたをツンツンと突いてきます。
これは完全にからかわれていますね。
でも、それが嫌かと聞かれると嫌ではないのですよね。
「まぁ、寂しかった訳ではないですが、やっぱり離れてると不安にはなりますよね」
お母さん達と一緒に過ごせる時間はとても暖かくて幸せでした。
ですが、それでも僕の中では満たされない何かがあったのです。
きっとそれがみんななのですね。
「なーなー……」
「はい、どうしましたか?」
改めてみんながどれだけ僕の心の支えになっているのかを実感していると、竜車を操っているサンドラちゃんが僕達に背を向けたまま僕を呼びました。
「姉様……龍姫の事は聞けたのかー?」
「やっぱりそれは教えてくれませんでした」
「やっぱり無理だったかー」
みんなと居る時とみんなと別れ、お母さん達の部屋で一泊過ごした時と二回龍姫さんの事を尋ねたのですが、返ってきた答えは同じでした。
「やっぱり敵になるのかな?」
「どうなんでしょうね。出来る事なら争いたくはないですけどね」
お母さん達から返ってきた答えは『自分で会って確かめろ』でした。
「なーなー」
「はい、どうしましたか?」
「もし、龍姫と戦う事になったら、どうするんだー?」
「そうですね……」
実際どうすればいいのか困りますね。
まだ会った事はありませんが、一応は僕のおばあちゃんなのですよね。
ですが、もし龍姫さんが僕の仲間を傷つけるのであれば僕はみんなを守るためにきっと戦う事を選択すると思います。
「そうなのかー……。ユアンは凄いなー」
「別に凄くはないですよ」
実際にその時になってみたら考えが変わるかもしれませんからね。
「ちなみにですが、サンドラちゃんはどうするのですか?」
「私かー? 私はなー……」
酷な質問だったかもしれません。
僕たちに背中を向けているので表情までは見れませんが、言葉に詰まってしまった事が答えかもしれません。
でも、それだけでサンドラちゃんがどれだけ優しいのかわかりますよね。
あんな事があったにも拘らず、龍姫さんの事を恨んでいないみたいですからね。
「サンドラ。今すぐに答えを出す必要はない」
「でも、その時に迷ってたらみんなに迷惑をかけると思うぞー?」
「まずその考えが駄目。私達は仲間。サンドラは私達に幾らでも迷惑をかけていい」
「それに、サンドラちゃんの悩みは私達の悩みでもあると思うの」
「サンドラが私達の悩みを一緒に悩んでくれるようにね」
「欠点はみんなでカバーしあえばいいだけですからね」
「いいのかー? 本当に迷惑かけちゃうと思うぞー?」
「それでいいんですよ。僕だってみんなには沢山迷惑をかけてきましたからね」
獣化に失敗したこともありましたし、アーレン教会では見事に捕まってしまったりしましたからね。
「その中でも勝手にトレンティアに家出した時は焦ったよね」
「そうだね。シアさんがユアンさんが居なくなったと私達のお部屋に飛び込んできたときは凄くびっくりしたの」
「うん。あの時は本当に焦った。どうしていいか分からないほどに焦った」
「そ、そんな事もありましね……」
その話は恥ずかしいので忘れて欲しいのが本音ですね。
あの時は自分でもどうしてあんな行動をとってしまったのか今でも理解できません。
まぁ、そのお陰もあって今があるので悪い事ばかりではありませんが、やっぱりあのような失態は恥ずかしいですよね。
「平気。スノーに比べれば全然マシ」
「私に比べればってどういう事かな?」
「多分だけど、お酒を飲んだ時のスノーさんの事を言っていると思うの」
「別に普通じゃない?」
「普通じゃない。スノーはお酒を飲むと凄くめんどくさい」
「そうですね。いつも連れて帰る僕たちの身にもなってほしいですよね」
酒癖が悪い訳ではないのですが、スノーさんはお酒を飲み始めると加減が出来なくなる傾向があるのですよね。
もちろん毎回ではありませんが、何度も僕たちがお家に連れて帰った事か……。
っと、僕たちの悪い癖ですね。
かなり話が脱線してしまいました。
「とにかく、僕たちに気を遣う必要はありませんよ。サンドラちゃんはサンドラちゃんのしたいようにすればいいのです」
「サンドラが龍姫と戦うのなら一緒に戦う」
「逆にまた狙ってくるようなら私が守るよ」
「サンドラちゃんは一人じゃないですから。もっと私達を頼ってくださいね」
サンドラちゃんを元気づける言葉ではなく、これが僕たちの気持ちです。
「ありがとうなー。でも、正直どうしていいのかわからないのが本音だなー」
「それでいいと思いますよ」
「うん。大体の事は悩んだ挙句無駄になることが多い」
「そうなもんかー?」
「そんなもんだね。なんでか知らないけど、悩んでいたこと自体も忘れてたりするし、悩んでも別の所で問題が更におきてそれどころじゃなくなったりするしね」
わかります。
いつの間にか問題が問題を呼んで、いつの間にかそれどころじゃなくなってたりするのですよね。
「実際にサンドラちゃんもそんな体験した事あるでしょ?」
「あるなー。特にユアン達と一緒に行動し始めたらそう感じる事が多い気がするなー」
「ま、ユアンだからね」
「僕『達』ですからね!」
「そうですね。ユアンさん『達』ですよね」
「うん。ユアン『達』」
「ぼ、僕の名前ばっかり強調しないでくださいよ!」
そこはしっかりと訂正させて頂きます。
僕が原因で話が大事になることは確かにありましたが、全てが全て僕のせいではありませんからね!
まぁ、それでサンドラちゃんが笑ってくれたのならいいですけどね。
その後、再び完全とはいえませんが、サンドラちゃんも元気を取り戻し、僕たちは更に北上を続け、魔族領の国境を目指しました。
そして、お母さん達のお家を出発してからちょうど一週間、ついに僕たちは魔族領の国境へと辿り着きました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます