第651話 三つの尾
「あの、本当にいいのですか?」
「構わない。こういう時は素直に甘えるべき」
「そうだよ。別に部屋が違うだけで離れ離れって訳ではないし」
「ありがとうございます」
お母さん達と話しをしているとあっという間に時間はすぎ、すっかり陽は落ちてしまいました。
なので、今晩はお母さん達のお家へと泊めて頂く事にったのですが、少しだけ問題が発生しました。
「では、私達は別の部屋で寝ていますので楽しんでくださいね」
「また明日なー」
「はい、また明日です」
僕を残し、シアさん達四人で部屋の中へと消えて行きます。
そうなんです。
困ったことに、客人用のベッドは二つしかなくて、数が明らかに足りなかったのです。
しかもその二つはシングルサイズなので、二人で身を寄せ合ってどうにか眠れるくらいの大きさなので、どうしても誰か一人が余ってしまう状況になってしまったのでした。
「なんか、緊張します」
そしてその結果がこれです。
僕はお母さん達の寝室の前で立ち止まりました。
なんと、僕はお母さん達と一緒に眠る事になったのです。
「だけど、いつまでもこうしてもいられませんよね……よし!」
僕は意を決して、お母さん達の寝室の扉を開けました。
すると、そこには既に寝間着に着替えたお母さん達の姿があり、僕の足はそこで止まりました。
「どうしたの? そんな所で止まっていないで、こっちに来ていいのよ?」
「遠慮なんていらないからな」
扉を開けた状態で固まった僕を見て、ソファーに座っていたお母さん達が笑うと、手招きして僕を呼びました。
「あ、はい……すみません」
「ふふっ、謝る必要もないわよ」
「むしろ謝る理由がないよな」
遠慮する必要もない事も謝る理由もない事も頭では理解しているのですが、つい反射的に出てしまいました。
でも、理解してしまえばもう大丈夫です。
お母さん達は僕を受け入れてくれています。
なので、僕もお母さん達の子供として接すればいいのです。
「では、僕も失礼します」
「えぇ、私達の間に座りなさい」
「こっちだこっち」
「は、はい!」
でも、やっぱり緊張はします。
だけど、同時に暖かい気持ちも溢れてくるのがわかります。
「どうしたの? もっと甘えていいのよ?」
ソファーに座ると、お母さん達は僕に身を寄せるようにくっついてきました。
「えっと、甘えるってどうすればいいのですか?」
「どうするって……ユーリ、どうすればいいの?」
「俺に聞くなよ。俺にはそんな経験ないからな」
「私もよ。ユーリも知っての通り、うちの親はあんなだし」
「確かにな」
どうやら、お母さんもお父さんも親に甘えた経験はないみたいですね。
でも、それはそれで意外ですね。
「チヨリさんに甘えた事もないのですか?」
チヨリさんはお父さんのお母さんで僕のおばあちゃんに当たりますが、チヨリさんはかなり面倒見がいいと思うのですよね。
「記憶にはないなぁ。怒られた記憶なら沢山あるけどよ」
「全く想像がつかないです」
あのチヨリさんが怒るなんて誰が想像できますかね?
まぁ、怒ったら確かに怖い気もしますけど、怒る気配は全くないですからね。
「当然よ。ユーリが怒らせる事ばかりするのが悪いのよ」
「別に悪い事した記憶もないけどな」
「自覚がないうえに本人は良かれと思っているのが余計に質が悪いのよ」
あー……本人は至って真面目に、尚且つ人の為に頑張っているつもりでも、実際は全て裏目に出て知らぬうちにみんなに迷惑をかけている人っていますよね。
あまり名前を出せませんが、とある国の第一皇女様なんかが特にそうだと思います。
「でもよ、何もしないよりはいいんじゃないか? アンジュの父親みたいによ」
「確かにあれは論外ね」
お母さんの父親という事は僕のおじいちゃんですよね。
「えっと、僕のおじいちゃんはどんな人なのですか?」
「どうしようもない父親よ」
「具体的には?」
「私とユーリの婚約を認めてくれなかった」
それだけでどうしようもないと言われるのは可哀想ですが、実際にはそれだけではないみたいです。
「他にも、折角私達が奪還した領地を簡単に渡しちゃうし、冬を越すために蓄えた食料もいつの間にか勝手に配っちゃってるし、私達の苦労をどれだけ無駄にされたのか……思い出しただけで腹が立つわね」
「でも、それには理由があったんだろ?」
「まぁね。だからといって、私達に相談もせずに普通やるかしら? 気持ちはわからないでもないけどね」
相当鬱憤が溜まっていたみたいですね。
お母さんはおじいちゃんの話になったら悪口が止まりませんでした。
ですが、本当に憎んでいる訳ではないみたいで、責めきれていない感じもしますね。
「ま、アンジュはこう言っているが、人間としては出来た人物だと思うけどな」
「そうなのですね」
「ま、為政者としては失格だけどね」
「それは俺達もだろ?」
「否定はできないわね。王の器としてはアリアの方がよっぽど上だし」
「だな。ま、親父殿やアンジュを見て育ったのならそうなるのは当然だろうけどな」
反面教師って奴ですかね?
でも、そこまで言われると逆にどれだけ酷いのか気になりますよね。
実際にはそんなに酷くない可能性も十分にあり得ますしね。
「だけど、それは叶わないのですよね」
「ん? 何がだ?」
「えっと、おじいちゃんの事です。会ってみたいと思いましたが、流石に会えませんからね」
もし、死んでしまった人と話せたら。
そう思う人はこの世に沢山いるかもしれません。
ですが、それは流石に無理です。
この世界を探せばもしかしたら死者と会話を出来る人はいるかもしれませんが、僕はそんな事は出来ません。
「別に普通に話せばいいじゃないか?」
「普通にですか? 無理じゃないですか?」
「無理じゃないわよ。別に私は会うつもりはないけど、貴女ならやろうと思えばいつでも会えるでしょ?」
「そんな方法があるのですか?」
「簡単だろ。目の前に行って直接話すだけだろ」
「目の前に……? えっと、それだけでいいのですか?」
「それが一番手っ取り早いだろうな」
「へぇ……最新のお墓ってそんな事ができるのですね」
そんな技術が開発されている事に僕は驚きました。
あっ、でもお母さん達が駆け落ちし、アリア様が王様になった頃から考えるとずっと前の事になるので、最新のお墓ってわけでもないですよね?
となると、昔からそんな技術が確立されていた事になるのですかね?
そんな技術があるのならもっと話題になっていそうですけど……。
「ふふっ、そういう事ね」
「なんか話が噛み合わないと思ったら……俺達の娘は意外と薄情だな」
僕がお墓の技術に驚いていると、お母さん達は何故か笑い始めました。
「えっと、何がおかしいのですか? それに、薄情って……何かマズい事でもいいましたか?」
「ううん。一応訂正しておくけど……」
「お前のおじいちゃんはまだ生きているからな?」
「ふぇっ!? そ、そうなのですか?」
「えぇ。まだまだ元気よ。呆れるくらいに」
「そ、そうだったのですね」
これは悪い事をしましたね。
てっきり、アリア様がフォクシアの王の座についていたので、とっくにおじいちゃんは亡くなり、アリア様がその後を継いだのだと思い込んでいました。
ですが、実際は王の座を譲り受けただけで、おじいちゃんもアンジュお母さん側のおばあちゃんもまだまだ元気に生きているみたいです。
「なら会いに行った方がいいですかね?」
「そうね。ユアンが望むなら是非会いに行ってあげて。きっと喜ぶから」
「わかりました」
でも、いきなり会いにいくのはちょっと緊張しますね。
面識が少しでもあれば違ってくるのですが、お互いに完全に初対面になりますからね。
「それならまずは手紙でも書いてみたらどうだ?」
「手紙ならば緊張もしないでしょうし、自分の伝えたい事を伝えられるでしょ?」
確かにそれなら緊張せずにすみますし、もしおじいちゃんも会いたいと思ってくれればちゃんと返事をくれるでしょうし、逆に会いたくないとしても手紙であれば直接拒絶されるよりはマシだと思います。
「そうですね。なら、早速……」
収納魔法から紙を取り出し、手紙を書こうと思った矢先でした。
それを遮るようにお父さんとお母さんが僕を抱きしめました。
「駄目よ。今日は私達と一緒なのよ?」
そうでしたね。
今日はお母さん達との時間を過ごすのでした。
その為にみんなにも気を使って貰いましたからね。それを無駄にする訳にはいきません。
「だけど、そろそろ眠くもなってきただろ?」
「少しだけ眠いかもしれませんが、まだまだ大丈夫ですよ」
こんなにお母さん達との時間をとれるのは滅多にありませんからね。
「でも、無理させるのも嫌だしなぁ」
「なら、いつ眠ってもいいようにベッドの中で話をすればいいんじゃないかしら?」
「おっ、それはいいな。ユアンもそれでいいか?」
「いいのですか?」
「遠慮はいらないわよ」
「むしろ俺達がそうしたいんだ。駄目か?」
お父さんが少しだけ不安そうに尋ねてきました。
当然、その答えは決まっています。
「あの、狭くないですか?」
「私達は平気よ。ユアンこそ窮屈じゃないかしら?」
「僕はこれくらいのほうが安心できますので大丈夫です!」
何せ、シアさんに毎日抱き着かれて寝ていますからね。
寝ている最中に身動きできないのは慣れています。
「それじゃ、灯りを消すぞー」
「はい」
僕が返事をすると同時に、部屋を照らしていた
「夢みたいね」
「夢みたいだな」
「でも、夢じゃないですよね」
「そうね」
「そうだな」
部屋の灯りが消え、僕の視界は真っ暗ですが、お父さんとお母さんの声が両隣りから聞こえ、僕を包み込むような暖かさが伝わってきました。
「でも、僕だけいいんですかね?」
「何がだ?」
「僕、お父さんとお母さんに会えてとても幸せです。だけど、この幸せを僕だけ味わっていいのか、わからないのです」
僕には血の繋がった家族がもう一人います。
「シノちゃんの事ね?」
「はい」
シノさんだって、口にしませんがお父さんとお母さんと触れ合う事を内心望んでいるのではないかと考えると僕だけこうして幸せな気分を味わうのはどうかと思うのです。
「お前は優しいんだな。でも、安心していいぜ?」
「既にシノちゃんともこうして三人で並んで寝た事があるから気にしなくていいのよ?」
「ふぇっ!? そ、そうなのですか?」
「実はそうなのよ」
ず、ずるいです。
シノさん、僕に黙って先にお母さん達を独占していたのですね。
なら、僕も遠慮はいりませんね!
「お父さん、お母さん、今日は手を繋いで寝てもいいですか?」
「もちろんいいわよ」
「ほら、好きなだけ握れ」
「えへへっ、失礼しますね」
お父さんとお母さんが僕の頭を順番に撫でてくれ、その後に手を握ってくれました。
僕の手よりも二人の手は大きくて凄く安心できます。
このままだったら直ぐに寝てしまいそうなほどの安心感です。
でも、それは駄目です。
もっともっとお話したい事が沢山あるのです。
「お母さん、僕ね……」
僕はお母さん達の事を沢山尋ねました。
そして、僕の事もいっぱい話しました。
お母さん達は、僕の話を楽しそうに聞いて、楽しそうに答えてくれました。
ですが、それは長く続かなったみたいです。
気づけばお母さん達の声は遠くなり、次第に瞼は重くなり、最後には意識を手放しました。
だけど、これだけは覚えています。
僕の名前を呼ぶ二人の重なった声が、とてもとても優しく暖かった事だけは。
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