第647話 弓月の刻、黒天狐と白天狐と出会う
目の前で起きた光景が信じられず、僕は自分の目を疑いました。
もしかしたら、これもまたあの時と同じ映像かもしれないと思ってしまったのです。
しかし、疑う余地はありませんね。
どうみても、目の間に居る二人は映像ではなく、実在しているとわかります。
なので、目の前で起きている事が夢ではなく現実だと認識する為に思い切って声を掛ける事にしました。
「おとうさん、おかあさん…………こんな所で何をしているのですか?」
「えっ?」
「はっ?」
僕の質問にお母さん達が変な声を出しました。
ですが、声が聞こえたという事はやっぱり本物という事はわかりましたね。
しかし、どうやら僕の質問は聞き取れなかったみたいですね。
なので、もう一度同じ質問お母さん達に繰り返す事にしました。
「えっと、こんな所で何をしているのですか? と聞いたのですよ?」
かなりびっくりしましたからね。
誘われるようにして街に入り、蜘蛛の巣に包まれた領主の館に入ったら、その奥にお母さん達が居たのです。
はっきりいって理解が追い付きません。
なので、わからないなら聞いてしまえと思ったのですが……何故かお母さん達は顔を見合わせて困った顔をしています。
「どうかしたのですか?」
「あー……どうもしないが、なんだかなぁ」
「そうね……感動して駆け寄ってくるか、泣くくらいはするかと思ったけど、これでは拍子抜けね」
「感動ですか?」
「しなかったの?」
「えっと、特にはしてないと思います?」
びっくりはしましたけど、特に感動する要素はありませんでしたからね。
「ど、どうして?」
「どうしてと言われても……顔は散々合わせて居ましたからね」
こうして実際に会うのは初めてですが、ナナシキにあるダンジョンの最深部にいけばお母さん達には何時でも……まぁ、会えない時もありましたが、かなりの頻度で会えましたからね。
ここ二週間ほどは会えていませんでしたがリアビラから帰った時には起きた事を報告していますし、魔族領に出発する前にもお話していますし。
「でも、実際に会えたら嬉しくないか?」
「それは勿論嬉しいですよ?」
「だったら、それを少しでも見せてくれてもいいんじゃないかしら?」
「そうは言われても……映像だろうと目の前に居ようとお母さん達はお母さん達ですので、それだけで嬉しいですよ」
生まれてから十数年間、会う事も話す事も出来なかった時の頃に比べれば、今はこうして姿を見てお話する事も出来るのです。
これだけで僕は十分に幸せだと思えるのですよね。
「まぁ、初めて映像を通じて話した時もああだったし期待はしてなかったけどな」
「そうね。鈍感なユーリに本当にそっくりよ」
「それを言ったら淡々としてるアンジュにそっくりだな」
「つまりは両方に似てるって事ですね!」
「ちょっと違うと思うぞ」
「ちょっと違うわね」
どうやら違ったみたいです。
まぁ、僕の性格は育てのお母さんであるオルフェさんに一番近いと思うので、本当のお母さん達と似ていなくても仕方ありませんよね。
性格というのは育った環境が一番影響すると思いますので。
「それで、お母さん達はここで何をしていたのですか?」
「俺達か? 俺達は守っていただけだよ」
「何をですか?」
「この先に繋がる場所よ」
「この先……という事は、龍人族の街があるのですか?」
確か、お母さん達は龍人族の守護者みたいなことをやっていると聞いた覚えがあります。
「そうだ」
「こんな場所に龍人族の街があったのですね……」
「正確には龍人族の街の入口をここに繋げただけだけよ。この場所なら滅多な事がない限り人は来ないし」
確かにわざわざ好き好んでこんな場所に来るような人はあまり居ませんね。
まぁ、お母さん達の口ぶりからすると訪れる人はゼロではないみたいですけどね。
人の趣味とはわからないもので、廃墟探索が好きな人がこの世にはいるみたいですし。
「といっても、流石にこの中には入れないけどね」
「そうなのですか?」
「龍人族に認められる相応の実力がなければここへは来れないぜ」
しかも先へ進みたいのであれば、お母さん達を倒さないといけないみたいですね。
「んー……無理ですね」
お母さん達の実力を自分の目で見た事はありませんが、お母さん達の話は色んな場所で残っています。
その話を聞く限り、お母さん達を倒すのは現段階では無理なような気がします。
というよりも、こうして対峙してみてわかるのですが、こうして普通にお話をしていますが、プレッシャーとでもいえばいいのでしょうか?
目の前に存在するだけでヒシヒシとそれが伝わってくるのです。
「安心していいぜ。別に俺達はお前たちと戦うつもりはないからな」
「貴女達が此処を通りたいというのなら別だけどね」
龍人族が今も暮らす街がどんな場所なのか気になりますが、お母さん達と戦ってまで行きたいかと言われると行きたくはありませんね。
それよりも僕はお母さん達から話を聞きたいですからね。
「本当にいいのか?」
「はい。戦っても確実に勝てる保証はないので遠慮しておきます」
「絶対に勝てないとは言わないのね」
アンジュお母さんが楽しそうに笑いました。
まるで獲物を狙うような目をしています。もしかして、意外と戦うのが好きなのでしょうか?
「絶対はありませんし、僕たちの仲間はみんな凄いですからね。みんなの実力をちゃんと発揮できれば十分に勝機はあると思いますよ」
まぁ、戦いませんけどね。
ですが、これまで一緒にやってきた仲間の事はちゃんと紹介したいと思います。
「いい仲間に巡り会えたんだな」
「はい! 本当に最高の仲間であり、最高家族です!」
「ちょっと妬けるわね」
「そうだな。ま、今からでも遅くはないか。その為に招待したんだからな」
「招待……やっぱり街の入り口からここまで誘導したのはお母さん達だったのですね」
僕が誘われていると思ったのは気のせいではなかったみたいです。
「そうよ。折角ここまで来たのなら少しでも会いたいじゃない」
これは、ちょっとどころか、かなり嬉しいかもしれません。
お母さん達も僕に会いたいと思っていてくれたみたいです。
「てな訳でこっちだ」
「こっち?」
「あぁ。龍人族の街には案内できないが、街の手前にある俺達の家ならセーフだろ」
「あまり大きなお家ではないから期待はしないで欲しいけどね」
「いいの、ですか?」
「構わないぜ。なに遠慮はいらないさ」
「貴女は私達の娘なのだからね」
まさかこんな展開になるとは思ってもいませんでしたね。
みんなもかなり驚いてるみたいですが、正直それ以上に僕も驚いています。
そして、お母さん達の後に続き、お母さん達が暮らす家についてようやく僕は実感しました。
僕は、本当にお母さん達に会えたのだと。
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