第645話 弓月の刻、領主の館を発見する
「ん……?」
「どうしたの? 何かあった?」
「いえ、なんか今……凄く懐かしい匂いがしたような気がして」
「懐かしい匂い?」
「はい。何かはわかりませんけどね」
「すんすん……ごめん、全く分からないや」
「僕ももうわからないですよ。一瞬そう思っただけですので」
もしかしたら気のせいかもしれませんからね。
「多分気のせいじゃない。私も匂いを捉えた」
「シアさんもですか?」
「うん。ユアンみたいな匂い」
「僕みたいな匂い?」
僕みたいな匂いって何でしょうか?
臭い……とは思われていないですよね?
「平気。ユアンは臭くない」
「そうだよ。ユアンは耳の中までちゃんとしてるから臭くないよ」
「それがわかるのはスノーさんだけですけどね」
それにしても……あの匂いは何だったのでしょうか?
本当に一瞬だけふわっとしただけでしたけど、その匂いを感じ取った瞬間に包まれるような安心感を抱いたような気がしたのです。
「私よりも?」
「シアさんと同じくらいですかね?」
「そんなに?」
「そんなにですよ」
でなければこんなに気になったりしませんからね。
あっ、もちろん一番はシアさんですけどね!
今では一緒にシアさんと寝てすんすんしないとぐっすり眠れないくらいですし。
「で、シアは何処に向かってるの?」
「街の中心」
「どの辺りにあるのですか?」
「この辺?」
「わからずに歩いていたのですね」
「うん。でも、大体合ってると思う」
シアさんが言うのなら間違いないのでしょうね。
その証拠に。
「多分あそこ」
シアさんが何かを見つけたみたいです。
「なんですかあれ」
「領主の館?」
「あれがですか?」
「多分?」
「多分って……とてもそうは見えないんだけど」
シアさんの事を疑っている訳ではありませんが、あれはどうみても……。
「蜘蛛の巣ですよね?」
「巣というよりは繭にみえるの」
あれが蚕事件と呼ばれる事になった由来かもしれませんね。
「という事は、あれがキャッスル・スパイダーの巣って事ですか?」
「違うと思う。キャッスル・スパイダーの巣は魔力で出来ている。だから討伐された時点で糸は消えてなくなる」
そういえば、国境の時にみたキャッスル・スパイダーがそうでしたね。
「って事は、あれは何なのですか?」
「単純に蜘蛛が集まって出来た巣?」
「だとしたら絶対に近づきたくないですね」
わざわざ蜘蛛の巣に突入したいと思う人なんていませんよね?
「でも用はあそこにあるんだよなー?」
「そうとは限りませんよ。そもそもまずは手掛かりを探している状態……なんでですか……」
僕の自分の目を疑いました。
なんと、繭の一部が分かれ、そこから扉が見えたと思ったら、ゆっくりと扉が開いたのです。
「どうみても入ってこいって言ってるよね」
「そうですね。どうしますか?」
「僕は行きたくないですね」
「出来れば私も行きたくはないかな」
ですがそうはいっていられませんよね。
だって、ここで行かなかったら何の為にここまで来たのかって話になりますからね。
「無理する必要はない」
「そうなんですけど……何故か、行かないといけない気がするのです」
気のせいかもしれませんが、街の入り口も今目の前の扉も、どちらも僕を誘っているように思えてきたのです。
「そう感じているのならきっとそうなんだろうなー」
「うん。それが直感」
「でも、みんなを危険に晒す訳にはいきませんよ」
「危険ならね。ま、ユアンの防御魔法に自信がないってのならやめとくけど」
「少なくとも私達は信じていますよ」
「うん。だから進みたいなら進む」
仲間というのは頼りになりますね。
迷っていた背中をいつでも押してくれます。
「ありがとうございます。では、みんなで一緒に進みましょうか」
「任せる。スノー、後ろは頼んだ」
「わかったよ。だけど、蜘蛛が出た時はお願いね?」
「その時は私がどうにかするぞー!」
「火魔法の扱いには気をつけてくださいね」
「燃えたら大変」
「ちゃんと気をつけるから大丈夫だぞー!」
サンドラちゃんも加減を覚えましたからね。
凄く慌てたりしない限りは大丈夫だと思います。
「それじゃ、私に続く」
「はい。何があるかわからないので気をつけてくださいね」
「任せる」
緊張しながらも、僕たちは開かれた扉に向かって歩きました。
「今の所問題なさそうだね」
「そうですね」
そして、意外な事に僕たちはすんなりと中へと入る事が出来ました。
「緊張しただけ無駄だったなー」
「無駄ではありませんよ。何かあってからでは遅いですし……あっ」
「どうしたの、いきなり?」
「また匂いが……」
気のせいですかね?
またふわりとさっきと同じ匂いがしたような気がしました。
「どっちからですか?」
「そこまではわかりません」
「なら探索してみる」
という訳で、僕たちは館の中を探索する事になりました。
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