第644話 弓月の刻、廃墟の街を探索する

 「スノーさん、ちゃんと前歩いてくださいよ……」

 「無理無理! 私だって嫌なんだから!」


 うぅ……予想はしていましたが、これは本当に嫌です。

 

 「ユアンは背が低いからまだいいじゃん。私なんて一番背が高いから……うぇ」

 

 スノーさんが屈みながら前を歩いています。


 「鬱陶しい。スノー、後ろに下がる」

 「ごめん。ありがと」

 「構わない。それと、巣はある程度払っておく。だけど、全部は無理。後は自分でどうにかする」

 「それでも十分だよ」


 ついに見かねたシアさんが先頭を歩き始めました。

 こういう時のシアさんは普段よりも頼りになりますね。

 僕たちに出来ない事を平気でやってのけますからね。

 それにしても、酷いですね。


 「スノーさん、ここが本当に噂の街なのですか?」

 「そうだと思うよ。これだけ蜘蛛の巣があるくらいだし」

 「という事は、キャッスル・スパイダーも?」

 「いや、それはとっくに討伐された筈だよ。まぁ、その子供がいたらわからないけどね」


 僕たちが入ったこの街は、キャッスル・スパイダーという魔物によってたった一晩で落とされてしまった街のようです。

 これはかなり有名な話しで蚕事件と呼ばれているらしいです。

 当然、僕は知りませんでしたけどね。


 「でも、蜘蛛の巣の割にはそこまで蜘蛛の姿はあまり見かけませんね」


 そこまでですので、普通に蜘蛛はいますが、空いている蜘蛛の巣の方が圧倒的に多いのですよね。


 「当然。蜘蛛の天敵は蜘蛛でもある」

 「という事は、共食いをしてるって事ですか?」

 「多分」


 蜘蛛の世界も過酷なのですね。

 きっと僕たちの想像できない戦いが日夜繰り広げられているのかもしれません。

 蜘蛛の巣だっていい場所に張らないと餌を確保できないでしょうしね。


 「なーなー?」

 「はい、どうしましたか?」

 「どうしてこの街は復興させないんだー? もうキャッスル・スパイダーはいないんだよなー?」

 「そういえばそうですね」


 魔物の脅威が去ったのであれば、再び復興すれば人は住む事ができます。

 当然ながら建物とかはかなり劣化しているので建て替えたりする必要はあると思いますが、下水道だってありますし、外壁もあるので何もない所から街を作るよりはかなり楽だと思います。


 「誰も住みたがらないからだと思うの」

 「どうしてですか?」

 「むしろユアンさんは住みたいと思う? また蜘蛛の魔物が攻めてくるかもしれない場所に」

 「……住みたくはないですね」


 二度目はない。

 という保証はどこにもありませんよね。

 その時代よりは色々な技術が発達しているので昔に比べれば安全は確保できるかもしれませんが、万が一がありますし、未だに魔物の被害は各地で起きていますからね。

 どうしても先入観があるうちは住みたくはないですよね。

 僕は一生無理だと思いますけどね。


 「でも、誰もいないとしたらあの門はどうして勝手に開いたのでしょうか?」

 「それを確かめるために進んでいる」

 「そうですけど、やっぱり気になりますよね?」

 

 まるで僕たちを誘うようにして空きましたからね。

 

 「でも、反応はなかった」

 「はい。魔力の反応もなかったです」

 「精霊の可能性は?」

 「精霊だったら私が気づきます」

 「だとしたらやっぱり勝手に開いたとか?」

 「そんな偶然あるのかー?」


 あり得なくはないですが、たまたまとは思えませんよねーー。


 「ひゃっ!」

 「な、なに!?」

 「き、キアラちゃん! 足元に出たのでどうにかしてください!」

 「うん。ほら、踏まれるから危ないよ」


 うぅ……。

 会話に夢中になって足元にいた蜘蛛の発見が遅れてしまいました。


 「そんなにびっくりする事かー?」

 「びっくりしますよ! だって、硬貨くらいの大きさはありましたからね」

 「でも動きの遅いのだったぞー?」

 「それはぷっくりしてるから怖いやつのです!」

 「なら、動きが速いのは怖くないのかー?」

 「怖いに決まってるじゃないですか」


 動きが速いのが一番怖いですからね。

 

 「大きくて遅いのよりもか?」

 「いえ、大きいのが一番怖いですよ」

 

 当たり前な事ですよね?


 「結局どれが一番怖いのかよくわからないの」

 「どれも怖いですよ。キアラちゃんは小さな蛇なら大丈夫ですか?」

 「む、無理です!」

 「それと同じです」


 蜘蛛ならどれも怖いです。

 まぁ、小指の先くらいのぴょんぴょん跳ねるくらいのならまだ無視できますけどね。


 「とりあえず、サンドラとキアラは蜘蛛からしっかりとユアンとスノーを守る」

 「守りますけど、そんなに大袈裟にしなくても大丈夫だと思うの」

 「大丈夫じゃない。風の谷の時みたく暴走されても困る」

 「そうでしたね……ユアンさん、私の後ろにぴったりくっついてくださいね!」

 「スノーの後ろは任せろー!」

 「ありがとうございます……」

 「流石にそこまでしなくても平気だけどね」


 心配してくれるのは嬉しいですけど、流石にあの時ほど怖い事も驚く事もないでしょうし、大丈夫だと思いますけどね。


 「あれ?」

 「どうしたのですか?」

 「そういえば、ユアンさんの防御魔法って蜘蛛は弾けないのですか?」

 「無理ですよ。というよりも、基本的にこちらから進んでいった場合は無理です」

 

 じゃないと、虫などの小さな生き物が壁と防御魔法に挟まって潰してしまいますからね。


 「やろうと思えばできるのですか?」

 「出来なくはないですけど、その場合は色んなものがくっ付いてきちゃいますね」


 この場所でいえば蜘蛛の巣も引っ掛かってしまいますし、木の枝とかにもぶつかってしまいます。


 「崩れた家とかあったら危険」

 「そうですね。出っ張った柱とかも引っかけてしまうかもしれませんね」


 流石に引っかけるというのは大袈裟ですが、何かの拍子で柱を刺激して倒壊する恐れもあります。


 「なので、出来る限り無害なものは通り抜けるようにしているのですよ」

 「無害の判定ってどう判断するのですか?」

 「探知魔法とらえた魔物や目視でとらえた人間とかですね」

 「割と人力なんだなー」

 「はい。なので普段は身に纏うタイプをメインにしているのですよね」

 「そんな事も意識してたんだね」

 「それが僕のお仕事ですからね」


 最近は刀などを使って戦ったりもしますが、僕は補助魔法使いですからね。

 

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