第643話 弓月の刻、街を発見する
「こっちの方まで来ると、商人さんにも旅人さんにも出会いませんね」
「魔族領と取引する商人はほんの一部らしいからね」
竜車で街道を進んでいると、すれ違う商人さんに驚かれる事が何度かありましたが、最後に立ち寄った村を境に全く見なくなりました。
「魔素が濃いのも原因なのですかね?」
「それもあるかもね。魔力酔いにはならなくても、ちょっと息苦しさはあるし」
「みんなは平気なのですか?」
「私は慣れた。問題ない」
「私もかな」
シアさんとスノーさんが大丈夫なら問題なさそうですね。
「なー! なんで私には聞いて欲しいぞー!」
「そうですよ! ちゃんと私とサンドラちゃんにも聞いて欲しいです!」
「えっ、でも二人は大丈夫ですよね?」
シアさん達よりも魔力の器が多く、魔法の扱いに長けている二人ですから、聞くまでもないですよね?
「そういう問題じゃないと思うの!」
「そうだぞー! 私達も心配されたいからなー!」
そういうもんなのですかね?
「えっと……魔力酔いなのですが、二人は問題ないですか?」
「私は平気ですよ」
「私も平気だぞー」
「それは良かったです」
やっぱり平気なのですね。
「平和だね」
「うん。平和」
まぁ、こんなやりとりをしてしまうくらいに暇という事ですね。
それならそれぞれ仕事をすればいいと思うかもしれませんが、こうしてみんなで竜車で移動しているのには理由があります。
というのも……。
「見えてきたね」
「何がですか?」
「前に言っていたユアンの嫌な場所だよ」
「僕の嫌な場所ですか?」
んー……先日もスノーさんはそう言っていましたが、全くも想像もつきません。
なので、スノーさんが見えてきたというので竜車から顔を出して外を見て見ると、僕の目に映ったのは街でした。
「ここが僕の嫌な場所ですか?」
「そうだよ」
「そうだよって言いますが、ただの街ですよね?」
「ちゃんと見てみ。普通じゃないでしょ?」
どうやら何かあるようですね。
「あれ? まだ昼間なのに門がしまっていますね」
「それだけじゃない。やけに外壁の劣化が激しい」
「という事は、全く手入れや補修がされていないという事ですかね?」
よく人の住んでいない家は劣化が激しいとか聞きますが、街の外壁はそんな印象を持ちました。
「それに、あれだけの規模の街なのに人の姿は全く見えませんね」
帝都やタンザ、それにフォクシアもそうでしたが、大きな規模の街に入るためには検問があるので、長蛇の列が出来ているのが普通です。
今は門が閉まっているので、中には入れなそうですが、それでも中に入るために人が列を作っていたりもしないのです。
「なんか不気味ですね」
「あそこを思い出しますね」
「何処ですか?」
「リアビラだよ。あそこも外から見たらこんな感じだったと思うの」
リアビラですか。
そういえば、僕たちが行った時は門が閉ざされていましたね。
ですが、あれには理由があってゾンビや
「もしかしたら、あの時と一緒かー?」
「リアビラとですか?」
「うんー。雰囲気が一緒だぞー」
「そう言われると似ているようにも思えますが、そうだとしたらこの街は廃墟という事になりますよ」
流石にそれはあり得ませんよね?
だってこれだけ大きな街ですし、ルード帝国がそんな場所をずっと放って置くわけが……。
「それがその通りなんだよね」
「その通り? という事は、本当に廃墟となった街なのですか?」
「そうなるね」
だから門も閉まっていて、人も全くいないのですね。
「でも、どうしてここが僕の嫌な場所になるのですか?」
「ユアンの苦手なのが沢山いるからだよ。まぁ、それを言ったら私もだけどね」
僕の苦手なものですか?
色々とありますけど、リアビラと同じならゾンビとかですかね?
でも、それなら大丈夫です。
確かに未だに苦手ではありますが、かなり慣れましたからね。
嫌ですけど相手出来ないほどではないです。
「そっちじゃないんだよね」
「となると別のが居るって事ですか?」
「うん。正確には居たが正しいけどね。しかもかなり有名な魔物で有名な事件を起こしているのがね」
有名な魔物ですか……。
「ちなみにユアンも見た事があるよ」
「見た事があるのですか?」
「戦ってはないけどね」
となると、かなり絞られてきますね。
見た事があるけど、戦っていない、かなり有名な魔物…………あっ。
「ではみなさん。ここから直ぐに離れて魔族領に向かいましょうか」
「いきなりどうしたんだー?」
「どうもしませんよ。はやく先を急ぎましょう」
それが一番です。
わざわざあんな魔物が居た場所に近づく必要がありませんからね!
「なーなー?」
「なに?」
「ユアンは何を慌てているんだー?」
「魔物の正体がわかったから」
「そうなのかー。何の魔物が居たんだー?」
「それは……」
「シーアーさん。その名前は出さなくていいですからね?」
名前を出すだけで怖いですからね!
「わかった。だけど、あれはどうする?」
「あれって何ですか?」
「あれはあれ」
「だから、どれ……ふぇっ!?」
シアさんが指さす方をみると、僕は目を疑いました。
「えっと、廃墟じゃなかったのですか?」
「その筈なんだけど……」
「なら、どうしてさっきまで閉まっていた門が勝手に開いているのですか?」
「それは中に人が居たから?」
それならあり得るのですかね?
それを確かめるために探知魔法を展開してみると。
「反応ありませんでした」
「という事は、勝手に開いたという事になると思うの」
「勝手に門が開くわけないと思うけど」
門って開けるのは大変みたいですからね。
開閉装置があるみたいですが、それを動かすのにも結構な労力がかかると聞いた事があります。
「それで、どうするんだー?」
「どうするって何がですか?」
「いくのかー?」
「い、行きませんよ!」
「でも、誘われているようにも思える」
「誰にですか?」
「わからない。ただ、なんとなくそう感じる」
偶然だとしては出来過ぎていますので、僕もそれを感じていますが、かといってあんな場所に行きたいとはとても思えません。
「でも、このままって訳にはいかないと思うの」
「そうですけど」
「行きたくはないよね」
「スノーが案内したのに?」
「そうだけど、まさかこんな事になるなんて思いもしないじゃん」
まさに予想外ですからね。
「でも行ってみる価値はあると思う」
「なんの価値があるのですか?」
「探求心が満たされる」
「満たされませんよ。もしかしたら僕たちを嵌めようとしている悪意かもしれませんし」
だとしたらみんなを危険に晒すだけですからね。
「でも、かなり気になるぞー」
「気になるには気になりますけど……」
「それなら、みんなで多数決をとって決めたらどうですか?」
「うん。それがいい」
「そうですね……」
ここでどうするか話し合っていてもいつまでも平行線でしょうし、ここはキッパリと街の中に入ってみるか、魔族領を素直に向かうか決めた方がいいと思います。
みんなで決めた事なら仕方ありませんからね。
「では、多数決をとります。わかっていると思いますが、誰かに合わせるのではなくて、自分の意志で手を挙げてくださいね?」
僕の言葉にみんなが頷きます。
緊張しますね。
「先ずは、街の中に入ってみるのがいいと思う人……手をあげてください」
僕の言葉に手が上がります。
ここで三人以上の手が上がれば僕たちは街の中に進む事になります。
もちろん、僕は反対なのであげません。
僕はみんなの手の動きを固唾をのんで見守るのでした。
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