第642話 弓月の刻、魔族領に再び向かう

 「少しずつですが、魔素が濃くなってきましたね」

 「うん。だけど、これくらいなら問題ない」

 「私も平気かな」


 難民の方達に炊き出しを行ってから約二週間が経ち、僕たちは更に北へと向かい移動を始めました。

 

 「そういえば、難民達は無事に帝都近郊の村に受け入れて貰えたみたいだよ」

 「それは良かったですね」

 

 それを聞けてまずは一安心ですね。


 「でも、良かったのですか?」

 「何が?」

 「あの人達をナナシキで受け入れなくてですよ」

 「んー……無理に受け入れる必要もないんじゃないかな? まだリアビラから来た人達の問題も片付いていないしね」

 「そうですね。受け入れる事は可能でしたが、その分オルフェさん達に負担が掛かってしまうと思うの」

 「まぁ、その時は私達もこんな事している暇ではなくなるだろうしね」


 そう考えると、今回はルード帝国に任せて正解だったのかもしれませんね。

 もちろん、あの人達がナナシキへと流れてきたのなら受け入れると思いますけどね。


 「でも、大丈夫ですかね? 魔族の方達がルード帝国の領地で上手くやって行けるでしょうか?」

 「大丈夫だと思うよ。魔族と交流がない訳ではないし、難民とはいえ悪い人達ではないからね」

 「でも、サンケの時の状況をみるとどうしても心配になりませんか?」


 サンケの街での魔族の立場は見た限り凄く悪かったですからね。


 「あそこは特別。あれはサンケが悪いだけ」

 「そうだなー。今回の出来事に関わってるしなー」

 「あそこが特別悪かっただけならいいですけどね」

 

 それにしても、本当に許せませんよね。

 勝手に他国の領地に入り、村を襲うだなんて、本当に人としてあり得ないと思います。


 「ユアン。凄い怖い顔してる」

 「だって……本当に許せないんですもん」

 「まぁね。だけど、ちゃんとエメリア様達が動いてくれてるし、これ以上は好き勝手できないと思うよ。というよりも、サンケの街は終わりかな」

 「終わり、ですか?」

 「町全体を犯罪組織として認定したんだって」

 

 町全体をですか。

 という事は、あの街に住んでいる人全体が犯罪者ということなのですかね?


 「そうなるね」

 「でも、中にはまともな人もいますよね?」

 「多少はいるかもね。だけど、それは後で尋問なり事情聴取すれば分かる事だし、まずは全員は捕縛する方向で動いているみたいだね」


 随分と大きな話になっているのですね。

 まぁ、前にアーレン教会で起きていた事も含めればおかしな話ではありませんし、むしろ遅かった故に今回の事件に繋がったとも言えるかもしれませんね。

 何にせよ、サンケがちゃんと処罰されるのは良かったと思います。


 「問題は鼬族」

 「そうですね。ラディくん達は何か掴んでますか?」

 「流石に魔族領の事は全く分からないみたいなの」

 「ラディくんの配下も送れないですか?」

 「送っても魔族領の魔物はこっちよりも強力ですし、現地の魔鼠を配下にしようにも、中々難しいみたいなの」


 同じ魔鼠でも魔族領の魔鼠は強いという事ですかね?


 「となると別の方法で鼬族を見つけるしかないのですね」

 「そうなる。だけど、それはそれで不思議」

 「何がですか?」

 「鼬族はハッキリと言って弱い。なのに魔族領で活動できてる」

 「確かに」


 鼬族とは実際に戦争で戦ったのでわかりますが、正直な所、刀を使い始めた僕よりも弱い人ばかりでした。

 もちろん探せば僕よりも強い人はいるかもしれませんが、シアさんやスノーさんよりも強い人が居るとは思えません。

 かといって、魔法の扱いに長けているかというとそうでもないですし、戦争での戦いを見る限り、戦略に長けている訳でもなさそうです。

 

 「それなのに、魔族領で活動ですか……」

 「これは誰か協力者がいると考えるべきだと思うの」

 「その可能性が一番高そうだなー」

 「そうですね」


 でなければ、鼬族が魔族領で活動できるとは思えませんからね。

 

 「問題はその協力者が誰かって話しだよね」

 「魔力至上主義の連中」

 「の可能性はありますけど、あの人達はレンさんに変な所に連れていかれていますよね?」

 「だけど、全員じゃないんですよね?」

 「はい。一部というか魔力至上主義の上の立場の人ばかりみたいですね」


 これはオメガさんから聞いた話ですが、魔力至上主義はある程度の実力があるとコードネームみたいなものが与えられるみたいです。

 まさにオメガというのがそうですね。

 それで、そのコードネームを与えられた人たちが上の立場の人にあたり、連れて行かれたみたいです。

 ちなみにオメガさんはもう魔力至上主義の人間にはカウントされていないみたいで、避けられたみたいですね。


 「という事は、下っ端はそこら中にいるという事になる」

 「それなら鼬族と繋がっていてもおかしくはないね」

 「でも、どうして村を襲ったのでしょうか?」

 「連想すればわかる」


 連想ですか?

 

 「えっと、サンケと鼬族と魔力至上主義が繋がっていて、村を襲っていた……ですよね?」

 「うん。それでサンケで起きていた事を思い出す」

 「サンケで…………もしかして」

 「生贄?」

 「だろうなー」


 行きついた答えは最悪でした。


 「まだそうとは限らないけどね」

 「ですが、連想で来てしまった以上はその可能性はありえると思うの」

 「でも、生贄をして何をしようというのですか?」


 サンケで起きていたのは実験みたいなものでした。

 

 「後はラインハルトさんのペンダントを複製しようとしたみたいですね」

 「あのペンダントですか。確かに凄いですね」


 あのペンダントはラインハルトさんの一族に伝わる宝みたいなもので、そのペンダントには魔族の力を引き出す力があり、実際にその力をつかってダンテは強化されました。

 まぁ、それでもラインハルトさんの圧勝でしたけどね。

 

 「でもあれが量産されたら面倒」

 「魔力至上主義の下っ端が全員ああなったら確かにマズいですね」

 

 そうなると、これは誰かが止めないといけませんね。


 「まぁ、いまは手掛かりもないし私達のやる事をやるしかないだろうけどね」

 「そうですね。まぁ、相談くらいはしておいた方がいいと思いますけどね」

 「うん。これも今度伝えておくよ」

 「ついでに魔王にも伝えた方がいいかもなー」

 「そうですね。で、僕たちはどこに向かっているのですか?」


 竜車に乗って、サンドラちゃんに任せて進んでいたので、今僕たちがどの辺りにいるのかはさっぱりでした。


 「もう少しで……ユアンの嫌な場所につく予定だよ」

 「僕の嫌な場所ですか?」

 「そうそう。まぁ、立ち寄る予定はないけどね」

 「それなら安心です?」


 僕の嫌な場所ですか。

 んー……想像もつきませんね。

 まぁ、寄る予定はないというので関係はないですかね?

 しかし、その思いとは裏腹に、僕たちは当たり前のようにトラブルに巻き込まれる事になるとは、この時はまだ思いもしませんでした。



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