第641話 弓月の刻、ファスカに事情を伝える

 「なるほど、それで炊き出しをしていたのですね」

 

 炊き出しを行ってから暫くすると、ファスカさんが調査隊と共に武装をして村へとやってきました。

 武装した騎士がやってきた事により、魔族の方達の間にピリピリとした緊張感が漂いましたが、スノーさんが間に入り、説明をしてくれ、今はどうにか話をする事が出来るようになりました。


 「ルード帝国としては、この難民をどうするつもりですか?」

 「私の判断では何とも。ただ、少し面倒な事になりそうな予感はしています」

 「面倒な事ですか?」

 「はい。結果として、こうして騎士団が動いてしまっていますし、少なからず村人にも影響を与えてしまっていますから」


 村人全員が村を捨てて逃げる事態になっていますからね。

 ですが、それは村人の勘違いで、難民の魔族さん達が何かした訳ではありません。


 「どうにかなりませんかね? 僕たちとしては何も罰を与えないで貰えると嬉しいですが」

 「安心してください。罪を問うつもりはございませんよ。ただ、事情を詳しく聞かなければなりませんが」


 それくらいなら大丈夫ですかね?

 僕が魔力を供給したので、暫くは魔力は足りると思いますし、数日後には魔族領の方から魔素を供給してくれるペンダントが届くと言っていましたからね。

 ひと先ずは一安心。

 僕はそう思いましたは、何故かファスカさんは相変わらず困ったような顔をしていました。

 

 「どうしたのですか?」

 「いえ、これからどうしたらいいのかと思いまして。少なくとも、村人をこちらまで戻さなければなりませんし、かといって難民の方達を追い出す訳にもいきません」

 「村の近くにテントとかを張るのは駄目ですか?」

 「恐らくですが、村人が反対するでしょう。魔族とわかっていても、これだけの集団が近くに居るのは落ち着かないでしょうし」


 一般人から見て、魔族の人は恐怖の対象なのですかね?

 まぁ、魔族といっても色々な人が居ますからね。

 ラインハルトさんみたく見た目はほとんど人族と変わりない人だっていますし、今回の難民さん達はパッと見た感じですと、オーガに似ていますからね。


 「騎士団も大変なのですね」

 「そうですね……今まで、このような仕事はなかっただけに余計に大変に思えますね」

 「そうなのですか?」

 「うん。私達の仕事はエメリア様の護衛が主だったからね」

 「副隊長も戻ってきませんか?」

 「私もそれどころじゃないんだよね。魔族領に行って、魔王に会わなければいけないし、授かった領地の事も考えなければいけないしさ」

 「副隊長も大変なのですね」

 「それなりにね」


 スノーさんの仕事の量はこの中で一番多いにも拘わらず、それなりと片付けられるのは凄いですね。

 

 「まぁ、この件に関しては私から直接エレン様辺りに相談してみるよ」

 「助かります」

 「構わない。私も一応は騎士団の一員だからな。部下が困っていたら手くらいは差し伸べるさ」

 「ありがとうございます! では、私は一度物資の調達の為に戻ります」

 「うむ。何があるかわからないから気をつけるように」

 「はい! ではっ!」


 スノーさんに敬礼をしたファスカさんが馬に乗り離れて行きます。

 それにしても、普段のスノーさんを見ていると想像できませんが、騎士の時のスノーさんは男前ですね。

 僕たちからすると違和感ばかりで笑いが込み上げそうになりますけどね。


 「しかし、考えれば考えるほど妙な話だよね」

 「何がですか?」

 「どうして難民はルード帝国に逃げてきたのかって思ってさ」

 「たまたまじゃないのかな?」

 「そうなのかな? んー……でも、わざわざルード帝国側に逃げてくる意味って何だろうね」


 そう言われるとそうですね。

 サンケと鼬族の残党に襲われたのであれば、逃げるとしたら西から来た鼬族と南から来たサンケの人達から逃げるように北か東に逃げるべきですよね。

 

 「魔物が活性化してたから、北には逃げられなかったらしいらしい」

 「魔物の活性化……もしかして、魔素暴走ですか?」

 「そうとも言う」

 「なるほど。それでこっち側に逃げるしかなかった訳なんだね」

 

 チヨリさんから教わっておいて良かったです。

 魔物の活性化、または魔素暴走とは言葉の通り、魔素が原因で魔物が凶暴化する事です。

 

 「なーなー?」

 「はい、どうしましたか?」

 「魔素が原因って事は、魔素が濃いって事なのかー?」

 「必ずしもそうとは限らないみたいなの。魔素が比較的薄いアルティカ共和国でも魔素暴走が起きた事があるって聞いた事がありますし、原因は他にあるみたいですね」

 「つまりは本当の原因は分かっていないという事なのかー?」

 「実の所はそうなんですよね」


 なので、僕は魔素暴走と呼んでいますが、シアさんは魔物の活性化と言ったのですよね。

 ですが、僕は敢えて魔素暴走と呼んでいるのには理由があります。


 「なんで?」

 「湖や川に住んでいる魚の大半が海で生きるのは無理ですよね? それと同じだと思うのですよね」


 生き物というのはその場所に適した生態系になっていきます。

 マグマの中を泳ぎまわる魚だっているくらいですからね。


 「海から川、川から海に移動する魚も結構いると思うけど?」

 「なので大半なのですよね。僕が言いたいのは、そういった環境の変化に適応できない魔物が魔素暴走を起こすと思っているのです」


 アルティカ共和国で魔素暴走が起きる原因もそれなら納得できます。

 

 「なるほど。何らかの原因で魔素が濃くなって、それ適応できない魔物が活性化するって事なんだね」

 「あくまで僕の予想ですけどね」

 「という事は、今の魔族領は魔素が濃くなっているのかー?」

 「その可能性はありえますね」

 「となると、私とシアはまたユアンに迷惑をかけるかもしれないね」

 「私は平気。あの時と違って魔法でどうにか出来る」


 粗削りですが、シアさんの魔法もかなり上達していますからね。

 でも、心配そうにしていますが、スノーさんも大丈夫だと思うのですよね。


 「私が定期的に魔素を吸収するので問題ありませんよ」

 「本当? それならかなり助かるかな」

 

 精霊さんは汎用性が高いですからね。

 正直、ちょっとだけ羨ましかったりします。

 まぁ、そんな事を口にすると、シアさんが僕には私が居ると言って少し拗ねてしまいますしね。

 

 ガタガタガタッ!


 「あっ、大丈夫ですよ。ちゃんとサクヤの事も忘れていませんからね!」

 

 カタン


 落ち着かせるようにサクヤを撫でてあげると、頷くようにサクヤが静かになりました。

 

 「なんか、サクヤの自己主張も激しくなってきたね」

 「一時期は落ち着いてましたけど、リアビラから戻って辺りから前より動くようになりましたね」


 リアビラの時に活躍できる場がなかったのが原因だと思いますけどね。

 まぁ、僕がサクヤを使わない理由をサクヤが理解しているのであの時は怒ったりしませんでしたけどね。

 むしろ、ゾンビを斬っていいのか尋ねるとイヤイヤと反応していたくらいです。

 当然、僕も近づいてゾンビを倒すのは嫌だったので拒否してくれて良かったですけどね。


 「そう聞くと、サクヤって本当に感情があるみたいだよね」

 「実際にあると思いますよ。一応ですが会話は成り立ちますからね」

 

 なんとなくですが、伝えたい事もわかりますしね。


 「ふふっ、なんだかそのうち話し始めそうですね」

 「流石にそれはないと思いますけどね…………ないですよね?」


 流石に喋ったらびっくりしますからね。

 でも、万が一……と思いサクヤに尋ねるとサクヤは……。


 カタン


 と肯定とも否定ともわからない感じで震えました。

 

 「喋る時は、前もって教えてくださいね?」


 微妙な反応をするサクヤに僕はそう伝えるのでした。

 まぁ、サクヤの事なので、喋る時は前触れもなく喋り、僕を驚かすのでしょうけどね。

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