第637話 弓月の刻、騎士から情報を得る

 「それは本当か?」

 「確認はまだとれていませんが、避難してきた者達からの情報が正しければ間違いありません」

 「そうか。それは由々しき事態であるな。調査隊は?」

 「既に出発しております」


 ファスカさんに案内された僕たちは、村の隅っこに設立されたテントの中でファスカさんから詳しい話を聞くことになりました。


 「でも、それが本当だとしたら少し変じゃないですか?」

 「どの辺りがでしょうか?」

 「逃げてきた人達がほぼ無傷という点ですよ」


 確かに村の入り口でみた人の中に怪我人はいました。

 ですが、僕が見た中で少なくとも動けないような大怪我を負った人はいませんでしたし、傷を負っていたとしても転んで出来たような擦り傷が目立っていたくらいです。


 「とても魔物から逃げてきた人達には見えませんよ」


 だって、魔物に襲われたらこの程度で済む訳がありませんよね?

 

 「魔物が弱かったから……とかではないでしょうか?」

 「それはありえますけど、ゴブリンやコボルト相手ならば村人でも対処できなくはないですよね?」

 「そうですね」

 「ですが、逃げてきたという事はそれ以上の魔物が出たって事ですよね?」

 「うん。対処できるなら逃げる必要がない。つまりは対処できない魔物だから逃げたって事になる」

 

 もしくは対処できない量のゴブリンやコボルトが現れたとかですね。

 ですが、どちらにしてもおかしいです。


 「もう一度確認しますが、誰も死んだりはしていないのですよね?」

 「報告はそのように受けてます」

 

 そんな事ありえるのですかね?

 魔物が村を襲う理由の大半が食糧不足を解消する為です。

 それなのに、魔物にとって食料となる人間をわざわざ見逃したりするのでしょうか?

 

 「しかも、荷物を持ちだす余裕まであったのですよね?」

 

 少しでも生き残る可能性を高くしたいのならば一目散に逃げるのが一番です。

 荷物なんて邪魔になりますからね。

 そんなものを準備する暇があるのなら一歩でも遠く魔物から離れるべきです。

 ですが、避難してきた村人はみんな荷物を背負っていましたね。

 つまりはそれだけ余裕があったという事です。


 「魔物が接近する前に避難を始めたとかかな?」

 「それならありえると思う」

 「でも、目の前で魔物を見たと言っている人もいたのですよね?」

 「そのように伺っていますね」


 という事は、村に魔物が侵入してきてから、村人は避難したという事ですね。


 「えっと、纏めると……」


 魔物が村に侵入し、危険を感じた村人は荷物を纏めてから、みんなでこっちの村まで逃げてきたという感じですかね? しかも、誰も襲われることもなく。


 「わけがわかんないぞー」

 「そうですね。これではまるで魔物に見逃されたみたいですね」

 「まるで魔物に知恵があるみたい」

 「魔物に知恵ですか、そんな頭のいい魔物なんて……あっ!」


 そこまで賢い魔物がいるのかと思いましたが、普通にたくさんいる事に気付きました。


 「もしかして、契約獣なのかな?」

 「もしくは調教された魔物」

 「それなら十分にありえるね」

 

 ナナシキにも魔物は沢山いますが、ラディくんを筆頭にみんなとても頭がいいです。

 どれくらい頭がいいかというと、ラディくんが作戦を立て、それをみんなで実行し、狼族と鳥族を戦争で降伏させてしまうような作戦を考えられるほど頭がいいです。

 思い返すだけで凄いですよね、僕ではとても考えられないような作戦だったことを覚えています。

 

 「ちなみにですが、魔物が喋ったとかそういう話は聞いていませんか?」

 「確か、そのような話もあったような気がします」


 それならほぼ確定ですかね?

 普通、魔物は喋ったりしませんからね。

 もちろん、前に戦った事のあるオーク将軍ジェネラルクラスの魔物になってくれば喋ったりしたりしますが、それ以下の魔物であれば、ほとんど居ないと思います。

 

 「皆さまに心当たりがあるのですか?」

 「心当たりではありませんが、似たような状況は知っていますよ」

 「ならば、解決策がみつかるとの事でしょうか?」

 「そうですね。もしかしたら話しあいで解決できる可能性もあります」

 「魔物と話合い?」


 半信半疑といった感じですね。

 まぁ、それもしかたないと思います。

 僕だってこうしてラディくんやキティさん、レオンちゃん達と触れ合ってなかったら信じられなかったと思います。

 昔、オーク将軍と戦った時は話し合う余地すらありませんでしたしね。


 「とりあえず、僕たちをその村に案内して貰えませんか?」

 「構いませんが、大丈夫なのでしょうか?」

 「問題ない。話合う余地があるならば話し合う。それが無理ならば私達が討伐しておく」

 「わかりました。ですが、今日の所はお休みください。今から出発してもすぐに夜を迎えてしまいますので」

 「そうですね。ちなみにその村まではどれくらいかかりますか?」

 「大人の足で一日もあればつけるかと」


 サラちゃんとデルくんに少し頑張ってもらえれば一日あれば戻って来れる距離ではありますね。


 「わかりました。出発は明日の朝にしようと思います」

 「ありがとうございます。そして、申し訳ございません。皆さまは旅の途中なのに」

 「気にするな。民の為に動くのも騎士の役目。ファスカが気にする事ではない」

 「副隊長……」


 スノーさんがファスカさんの肩に手を置くと、ファスカさんがキラキラした目でスノーさんの事を見ていました。

 やっぱり僕たちから見たスノーさんとファスカさん達、騎士団からみたスノーさんは違うのですかね?

 まぁ、それはいいとして……これはあまり良くないですね。


 「では、僕とシアさんとサンドラちゃんはちょっと村を回ってきます。怪我人がいるかもしれませんからね」

 「うん。擦り傷でも大きな後遺症に繋がるかもしれない。診察は大事」

 「そうだなー。早くいこー?」

 

 そうですね。

 早くいかないとですね。


 「私とキアラはいいのか?」

 「はい。構いませんよ」


 むしろ、僕たちの事は放っておいて欲しいですね。

 だって……。


 「ふふっ、スノーさん? ちょっと私とお話しましょうか?」

 「えっ、キアラ? いきなりどうしたの?」

 「どうもしないよ? ただ、ファスカさんと随分と仲がいいみたいだから気になっただけ」


 完全に嫉妬していそうですからね。

 スノーさんがファスカさんの肩に手を置き、二人で見つめあった所を見たキアラちゃんのあんな顔は初めてみました。


 「ユアン。あれがヤンデレってやつ」

 「ヤンデレですか?」

 「うん。ヤンデレ」

 「そうなんですね?」


 ヤンデレの意味は良くわかりませんが、とりあえず僕達は避難した方が良さそうですね。


 「では、ファスカさんまた明日よろしくお願いします」

 「あっ、ちょっとユアン様!」


 待ってくださいと言われそうだったので、僕たちはそそくさとテントを後にしました。

 そうじゃないと僕たちまでとばっちりを受けそうでしたからね。

 

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