第636話 弓月の刻、村へ立ち寄る

 「ユアンもそろそろフード被ろうか」

 「フードですか?」

 「うん。それと髪の色も念のために代えておいた方がいいかも」

 「わかりました」


 サラちゃんとデルくんをお家に送り届け、僕たちは再び村を目指し歩くと、突如としてスノーさんからそのような事を言われました。


 「これでいいですかね?」

 「問題ないと思うよ」

 「私はどうする?」

 「シアも一応被っておいて。キアラも」

 「わかりました」

 「私もかー?」

 「サンドラは大丈夫かな。その帽子と服を着ていてくれれば」

 「わかったぞー」


 サンドラちゃんは僕が前にイルミナさんに頂いた服と帽子を着用しています。

 この服と帽子には隠蔽の魔法が付与してあるので、着ているだけで頭の翼と尻尾を隠せたりします。

 そのお陰でこうしてサンドラちゃんも龍人族でありなが外を出歩けるのですよね。


 「ですが、これは酷いですね」

 「うん。これは目立つ」

 

 僕とシアさんとキアラちゃんがフードを被り、サンドラちゃんが帽子を被っているせいで、とても怪しい集団に見えます。

 

 「なんか、私がみんなを連行してるみたいに見えるんだけど」

 「それはスノーが甲冑を着てるせい」


 そうなんですよね。

 みんながみんなこの中でまともな格好をしているのはスノーさんだけともいえます。

 そのせいで、スノーさんが悪人を連れているようにしか見えません。


 「でも、ここまでしないとダメなのですか?」

 「ルード帝国北部の文化ってどちらかというと魔族寄りだから正直わからないんだよね。黒天狐がどういう風に扱われるかがさ」


 僕がフードを被り、念のために髪の色を変えたのはこれが原因です。

 最近ではあまり気にしていませんでしたが、今でも黒髪の獣人は忌み子として扱われる場所があるかもしれません。


 「そうなんですね。ならやっぱり変えておいた方がいいですね。石を投げられたりしたら嫌ですし」

 「そんな事されたの? どこで? 許せない。今すぐやり返しに行く!」

 「た、例え話ですよ。今の所はそこまでの経験はないので大丈夫です」


 まぁ、バレて無視をされた事は何度もありましたけどね。


 「ユアンも大変だったんだなー」

 「そうでもないですよ。村を出発して直ぐにシアさんと出会えましたからね」

 

 冒険者となって村を出る前に生活をしていた孤児院での生活ではオルフェさんも居ましたし、子供達も懐いてくれましたからね。

 夜に急に胸が苦しくなって泣いたりした時とかする時もありましたが、今となってはあの時があったからこそ今があると思えますので、悪い事ばかりではなかったと思います。


 「でも、僕だけじゃなくてシアさんやキアラちゃんも耳を隠すのですね」


 僕は忌み子と呼ばれ、問題が起きる可能性があるのでわかりますが、シアさんとキアラちゃんも隠す理由は良くわかりませんよね。


 「こっちの方面は魔族領に近いでしょ? だからどちらかというと獣人とかよりも魔族の方が仲が良かったりするんだよね」

 「魔族と仲がいいと獣人やエルフを差別するのですか?」

 「そういう訳ではないけど、そういった傾向はあるとは聞いているかな。そもそも獣人はこっちの方まであまり来ないみたいだし」

 「なんででしょうね」

 「アルティカ共和国から遠いからじゃない? アルティカ共和国からルード帝国に来る人って冒険者以外は出稼ぎの人が多いし」


 わざわざルード帝国の都まで来なくても、お金を稼ぎたいのなら流通の要であるタンザにいけばそれなりに仕事もありますし、こっちまで来る利点があまりないって事ですかね?

 帰るのも大変でしょうし。


 「みんな仲良くというのは難しいのですね」

 「そうだね。逆にナナシキは良くやってるともいえるけど……っと見えてきたね」


 スノーさんの先導の元、暫く歩くと柵に囲まれた村が見えてきました。

 

 「意外と人の出入りが激しい」

 「ここも発展途上なのですかね?」


 村に近づくとわかりますが、傍からみると凄く活気のある村に見えますね。

 ですが、どうやら様子が少しおかしいですね。

 村の中に入っていく人は荷物がやたらと多いですし、中には怪我をしている人もいるみたいです。

 

 「止まってください……あれ、副隊長どうしたのですか?」


 村の中に入っていく人の流れに合わせて僕たちも村の中に入ろうとすると、村の入り口に立っている兵士の方に止められました。

 しかも、その兵士さんはスノーさんの知り合いのようで、スノーさんをみて驚いています。


 「ん? あぁ、ファスカじゃないか。久しいな」

 「はい、お久しぶりです!」


 どうやらスノーさんが勤めていたエメリア様の騎士団の方みたいですね。

 でも、騎士団の方がどうしてこんな場所に、しかも門番のような事をしているのでしょうか?


 「何かあったのか?」


 スノーさんも僕と同じことが気になったみたいですね。

 

 「復興の手伝いの為に派遣されました」

 「復興? 何があったのだ」

 「魔物の襲撃です」


 兵士さんが詳しい話を聞かせてくれました。

 どうやら荷物が多いと思った人達は近くの村からの難民のようで、暴れまわる魔物の被害から逃げてきた人達のようです。


 「危険な魔物なのか?」

 「騎士団や冒険者であれば討伐は容易いかと。ただ、数が多いようで時間は少しかかると予想しております」

 

 そんなに沢山の魔物が出没したのですね。

 ですが、それはそれで珍しいですね。

 この村は街と街を結ぶ街道沿いにある村で、襲撃にあった村も街道に近い村のようです。

 そんな場所を普通魔物は襲うのでしょうか?

 というよりも、それだけの数の魔物が居るというのがそもそもおかしいです。

 どこかから流れてきたのですかね?


 「流れてきたというよりも、残党が集まり村を襲っているのです」

 「残党?」

 「はい。数ヶ月前に帝都を襲撃した魔物がまだ残っているのです」


 思い出しました。

 そういえば、あの時僕たちは都の中で戦っていましたが、お城の外では兵士さん達が必死に戦っていましたね。

 結果的には僕の親衛隊が一緒に戦って撃退しましたが、その一部が敵わないとみて北の方に逃げたという報告を後からされました。

 残党というのはその時の残党のようですね。


 「なるほど。それで知恵があるのか」

 「はい。面倒な事に」


 あの魔物は魔力至上主義が用意した魔物で統率された動きをしていました。

 その残党なので、知恵があり、しかも指揮官的な立場の魔物もいるようです。


 「でも、その割には怪我人が少ないですね」

 「そうですね……っと貴女は?」

 「あっ、えっと僕は……」

 「私の所属する冒険者パーティーのリーダーだよ」

 「冒険者……あっ! という事は、貴方が英雄のユアン様なのですね」

 「え、英雄ですか……?」


 なんだか、とても大きな話になってませんか?


 「エメリア様より話は伺っています。それに私もこの目でユアン様のご活躍はみています。帝都の防衛では命も助けられていますので」


 命を助けたのはチヨリさん達とアラン様達ですけどね。

 ですが、ファスカさんからすると、僕の親衛隊なので同じことみたいです。

 それにしても、まさかそんな大きな話になっているとは知りませんでした。

 これからは……いえ、これからもルード帝国で活動するときは姿を晒すのは避けた方が良さそうですね。

 忌み子と思われなくても別の意味で騒ぎになりそうですからね。


 「えっと、僕の事はいいので、怪我人が少ない理由を教えて貰ってもいいですか?」

 「はっ! これは失礼致しました。それに、いつまでも立ち話も失礼ですね。良ければ寛げる場所へとご案内致します」

 「わかりました」


 んー、仕方ありませんね。

 本当は村に立ち寄るだけ立ち寄って、直ぐに出発するつもりでいましたけど、そうもいかないみたいです。

 まぁ、魔物の襲撃は気になりますのでいいですけどね。

 僕たちも無関係とは言えませんし。

 という事で、僕たちはファスカさんの案内で村へと入りました。

 ですが、いいのですかね?

 ファスカさんは僕たちの案内という事で村の入り口から勝手に離れてしまいましたけど。

 後でもう一人いた兵士さんに怒られない事を祈るばかりです。

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