第634話 エルフの少女、女騎士を語る

 私からみたスノーさんの印象は正直な所、あまりいい印象はありませんでした。

 というのも、私はとある事がきっかけで人族に対して苦手意識が強かったからです。


 「……っ!」


 タンザからトレンティアへと移動していたある夜の事。

 私は嫌な夢を見て、目を覚ましました。


 「……怖い」

 

 夢の内容は今でもはっきりと覚えています。

 拒絶され、裏切られ、そして捕まり、暗くて寒い地下へと連れて行かれた時の絶望。

 その時の事を思い出させる夢を見たのです。


 「……大丈夫?」

 「あっ、すみません。起こしてしまいましたか?」

 「平気だよ。起きていたから」


 そんな訳ないと思うの。

 つい数時間前まで、私とスノーさんは見張りをしていて、ようやく交代をしたばかり。

 

 「……ごめんなさい」

 「何を謝ってるのかわからないけど、気にしなくていいよ」

 「でも、迷惑をかけちゃいました」

 「なら、お礼でもしてもらおうかな」

 「お礼?」

 「うん。こうするの」

 「ひゃっ!」


 突如、スノーさんに抱きかかえられました。

 

 「これが、お礼ですか?」

 「うん。ほらこういう夜ってさ人肌が恋しくなる時があるじゃん? だから、キアラには悪いけど抱き枕なって貰おうかなって……だめかな?」

 「ううん。これでお礼になるのなら喜んで……」

 「それじゃ、朝までよろしくね」

 「はい」


 気づけば、震えは止まっていました。

 とても不思議です。

 人族は怖いのに、人族であるスノーさんは怖いどころかとても安心します。

 抱きしめられるスノーさんから感じる体温、匂いが弱った心に染み渡るように広がっていったのです。

 

 その日が境だったと思うの。

 私がスノーさんに対して、少し特別な意識を持ったのは。

 だけど、その時はまだその気持ちが何なのかわかりませんでした。

 でも、その気持ちの正体が何なのかわかるきっかけは直ぐに訪れました。

 

 「キアラちゃん、お願いします!」

 「任せてください!」


 それは、まだ記憶にも新しいトレンティアでの攻防戦の事。

 トレントと変異したゴブリンを相手にしている時の事でした。


 「付与魔法エンチャウント【突】!」


 ユアンさんが私に補助魔法をかけてくれました。

 相変わらず、ユアンさんの補助魔法は凄い。改めてユアンさんが仲間に居てくれると心強い事を認識しました。


 「スノーさん、屈んでください!」

 「え……わかった!」


 私の言葉に一瞬、戸惑ったスノーさんでしたが、直ぐに意図を察してくれたのか私の背丈に合わせて身を屈めると、私が背中に足をかけた瞬間、合わせるように身を起こしてくれます。

 タイミングはばっちりでした。

 私は飛び上がりながら一射、最高到達点で一射、落ちながら一射と三連の弓を放ちます。

 

 「キアラ!」


 弓矢の行方を確かめていると、スノーさんの声が下から聞こえます。

 そうでした。

 弓矢に気を取られていましたが、私は人の背丈よりも高く飛んでいました。

 だけど、大丈夫。

 きっと、スノーさんなら……。


 「信じてました」

 「キアラも意外と大胆な事をするね」


 こうやって受け止めてくれるとわかっていましたから。

 だけど……。

 顔が近い。

 これはお姫様抱っこというみたいだけど、スノーさんと顔の距離はあまりありません。

 しかも、動いて汗をかいたからなのかスノーさんの匂いが凄いします。

 こんなのドキドキしない訳がないと思うの。

まだ戦闘中という事を忘れてしまうくらい、私はスノーさんの事で頭の中がいっぱいになりました。

 この時くらいからかな?

 スノーさんに対しての気持ちを自覚し始めたのは。





 「という事は、キアラちゃんは少しずつスノーさんに惹かれていったという事ですかね?」

 「私はそうだと思うの」

 「私は? スノーは違うのかー?」

 「違うと思う。スノーはキアラの体目当て」

 「シア! 人をケダモノみたいに言わないでくれる?」

 「事実。むしろスノーはキアラの身体に興味なかったの?」

 「あったよ」

 「なら事実」

 「だけど、ちゃんと段階は踏んだし」

 「キアラちゃん、本当ですか?」

 

 どうだったかな?

 段階を踏んだといえば踏んだような気がします。

 だけど……。


 「初めてキスをしたのは、恋人になる前だったと思うの」

 「えっ、恋人ではないのにキスをしたのですか?」

 「襲われた?」

 「襲ってないし! ちゃんと合意の元……だったよね?」

 「違いますよ? スノーさんが酔ってキスしたいと言ってきたんだよ?」

 「やっぱりスノーはケダモノ」

 「スノーさん怖いですね……ちなみに、初めてちゅーしたのはいつ頃なのですか?」

 「いつだったかなぁ……?」

 

 ふふっ、スノーさんは誤魔化したいみたい。

 そうだよね。

 みんなはスノーさんが私を襲ったと思っているみたいだし、出来る事なら誤魔化したいよね。

 だけど、そうはさせません。


 「初めてはフォクシアのお城だったよ」

 「キアラ~……」

 

 忘れもしません。

 あれは、シアさんが謁見の後からおかしくなった時でした。

 たまたまバルコニーでスノーさんの晩酌に付き合っていたら、隣からユアンさんとシアさんの会話が聞こえてきたの。


 「き、聞かれてたのですね」

 「すみません。聞くつもりはなかったんですけど、聞こえちゃいました」

 「恥ずかしい」

 「だけど、とてもいい雰囲気だったと思うの」


 あの時、実はスノーさんもようやく手紙を届けるという重要な役目を終えたばかりだったからお酒が進んだんだよね。


 「そのまま雰囲気に呑まれてって感じですか?」

 「そうだね。だから、ユアンさん達のお陰でもあるかな。初めてのキスの味がお酒というのは思う所はあるけど」

 「ごめん」

 「ふふっ、怒ってないよ。今となってはそれも大事な思い出だから」


 私とスノーさんの馴れ初めはそれくらいかな?

 ユアンさん達と違って紆余曲折あった末ではなく、順調にお互いに惹かれていった感じかな。


 「別に僕たちも普通ですけどね」

 「あれだけ大騒ぎを起こしといて?」

 「そ、そんなに大騒ぎじゃなかったですよね?」

 「トレンティアまで逃げといてですか?」

 「……それは忘れてください」


 あの時は本当に驚きましたからね。

 

 「私も忘れたいな」

 「駄目だよ。スノーさんが悪いんだからね」

 

 スノーさんが余分な事を言った結果、シアさんがユアンさんに変な態度をとってしまったのですから。


 「キアラ、私も悪かったから、スノーばかり責めないであげてほしい」

 「シア……ありがとう」

 「別に。ユアンと私の事だから人の責任にしたくないだけ」

 「シアって本当にユアンばっかだなー」

 「そんな事ありませんよ。シアさんは皆の事が大好きですよ。もちろん僕もです!」

 「ふふっ、私もだよ」

 「当然、私もみんなの事が大好きだよ」

 「私もー! なーなー、そろそろ野営の準備かー?」

 「そうですね。今日はこの辺りで休みましょうか」


 気が付けば、日は沈みかけていました。

 思った以上に話が盛り上がっていたみたいです。


 「楽しいですね」

 「うん。ずっとこういう日が続けばいいのにね」

 「その為には私達が頑張らないとだよ」

 「わかってるよ。ま、これからはユアンにも頑張って貰わないとだけどね」

 「そうだね。私達が味わった苦労をユアンさんが味わうと思うと可哀想だけどね」

 「仕方ないよ。ユアンが決めた事だし」

 「ふふっ、それもそうだね」

 

 未来の事はまだわかりません。

 だけど、この先の未来を選び、守るのは私達です。

 不安は沢山あるけど、こうして五人で集まっていると、不安がいつのまにか希望に変わっている気がします。

 だから、きっと大丈夫。

 これからも私達は、みんなで一緒に歩んでいきます。

 例えどんな困難が待ち受けていようとも。

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