第632話 弓月の刻、魔族領に向かう

 「ここからひたすら北に向かえばいいのですね?」

 

 ルード帝国で行われた会議から約一か月後、僕達、弓月の刻は魔族領を目指し、馬車……ではなくて、竜車に揺られてルード帝国の北の街道を移動していました。


 「とりあえず目標は?」

 「まずはルーフェを目指すのがいいかな?」

 「どこですか、そこは?」

 「ルード帝国から馬車で二週間ほどの位置にある街だよ」

 「へぇ、そんな街もあるのですね」

 「ユアンさんってこの辺の出身ですよね?」

 「違いますよ! 僕はルード帝国の南側にある村の出身なので、全然違います!」


 北と南では正反対ですからね。

 

 「だけど、ルード帝国から直ぐの村だよなー?」

 「まぁ、そうですけど……」

 「それなのに、ルーフェの事は知らなかったのですね」

 「そうですね……」


 これは恥ずかしいですね。

 この中のメンバーで、ルード帝国出身なのは僕とスノーさんだけです。

 なので、スノーさんの次に僕がルード帝国の事に詳しくないとおかしいのですが、僕はルーフェの事を全く知りませんでした。

 というよりも、僕が育った村と帝国しか知りませんでした。


 「もしかして、タンザも知らなかったの?」

 「はい、知らなかったです」

 「よく辿り着けたなー」

 「色々と出会いがあったお陰ですね」


 たまたまザックさん達と出会い、そのまま護衛に参加させて頂き、シアさんと出会った村に向かいましたからね。

 もし、あそこでザックさんと出会わなかったらシアさんとも出会わず、このメンバーで旅をする事はなかったかもしれません。

 

 「そんな事ない。私とユアンは何処かで出会う運命だった」

 「そうだね。私もそう思うよ」

 「私もです。ユアンさん達が居なかったら、今頃私の命はなかったと思うの」

 「そうだぞー! 私もいまだにダンジョンに縛り付けられてたと思うー」


 実際にはそうかもしれませんね。

 裏からシノさんが手を回していたみたいですし、みんなとは出会うべくして出会ったのだと思います。

 

 「それで、ユアンさんがルード帝国の事を全く知らないみたいですが、ルーフェにはどのルートで進むのですか?」

 

 む……。

 折角いい話になって誤魔化せたと思いましたが、話が元に戻ってしまいましたね。

 

 「真っすぐ進めばつく」

 「着くには着くだろうけど、全部の村を通り過ぎるのもつまらなくない?」

 「村に寄っても楽しめるの?」

 「それは村に寄るんじゃない? 発展途上の村なんかは色んな催しがあったりするかもだろうし、丁度この時期じゃ収穫祭なんかもあるかもしれないよ」


 ようやく暑い時期も終わり、今は雪が降る時期に向けての蓄える時期ですからね。

 スノーさんの言う通り実りを祝うお祭りが色んな所で開催されてるかもしれません。

 だけど、僕はそれよりも気になる事があります。


 「スノーさん、村っていいましたけど、ルーフェに向かう途中にそんなに沢山の村があるのですか?」

 「街道沿いだけでも五つはあるよ」

 「そんなにあるのですね」

 

 街道沿いってわざわざ言うくらいですので、街道から離れた場所にも村があるという事になりますからね。

 

 「村の数を数えれば国内に百以上はあるからね」

 「へぇ……そんなに沢山あるのですか」

 「そりゃね。というか、ユアンは本当にルード帝国の事を何も知らないんだね」

 「そうですね……最初からアルティカ共和国を目指す事しか頭になかったですので」

 「ユアンさんらしいですね」

 「興味がある事にしか目が向かないんだなー」


 そんな事もないですけどね。

 ただ、あの頃は本当に自分の存在が嫌で嫌で仕方なくて、僕の事を受け入れてくれるアルティカ共和国に向かう事しか考えが及ばなかったのだと思います。

 今思えば、心に余裕が全くなかった証拠ですね。


 「事情はそれぞれあるから仕方ないね。それで、どうする? 私としてはこの機会だし、色んな村や街を回りながら進むのも悪くないと思うけど」

 「僕は賛成です。勉強になりますからね」

 「そうですね。私も賛成です」

 「私はみんなに合わせる。ついでに美味しい物とか食べれたら嬉しい」

 「私もだぞー! サラとデルも色んな所にいけるのは嬉しいだろうしなー!」

 「「引っ張るのたのしー!」」


 反対意見はありませんね。

 なので、僕たちの方針としては出来る限りの村や街には立ち寄る事にしました。

 元々、急ぐ旅ではありませんからね。

 

 「でも、夜はどうする?」

 「野営が主になりそうですね」

 「形だけの野営だよね」


 実際にはそうなりますね。

 というのも、僕たちはこうやって旅をしていますが、こうして五人纏まって旅するのははっきり言って厳しいです。

 スノーさんとキアラちゃんは領主のお仕事がありますし、僕とサンドラちゃんはポーションを造ったり、造ったポーションをトレンティアに卸す仕事もあります。

 なので、最初こそこうして五人で馬車に乗って移動していますが、馬車の中央にはナナシキのお屋敷に繋がった転移魔法陣が設置してあって、いつでもナナシキを行き来できるようになっていますので、野営も正直する必要すらなかったりもします。

 旅を再開するのなら僕がそこまで転移魔法で飛べばいいだけですからね。

 そもそも、キティさんの配下に転移魔法陣を運んで貰えば、旅する必要もないのですけど。


 「けど、気分は大事」

 「そうだなー。私は野営は楽しいから好きだぞー!」

 「サンドラちゃんは直ぐに寝ちゃいますので、まだ見張りの最初しか出来ませんけどね」


 見張りの二番目、三番目になると起きれないか、起きても焚火の隣で寝ちゃいますからね。


 「なー……次は頑張るぞー」

 「頑張る必要はない。野営は慣れ」

 「繰り返していれば、いずれかは起きていられるようになりますね」


 意識してどうにかならない事は多いですからね。

 最初は地面に横たわるだけでも抵抗があったりする人もいるみたいですし、冒険者になりたてですと、外で用を足す事すら抵抗がある人もいるみたいですし、当然お風呂にも入ることも出来ませんので、そういった事を気にしなくなるまで慣れるのが冒険者の第一歩なのかもしれませんね。

 まぁ、僕たちのやり方ですとその全てが経験しない事になりますけどね。


 「慣れかー。やっぱり経験は大事なんだなー」

 「うん。逆に野営に慣れれば、初対面の相手でも人の足を枕にしてぐっすり寝たりする事もできるようになる」

 「なにそれ? 誰の話?」

 「ユアン。私とユアンの出会いの話」

 「し、シアさん! その話はしなくてもいいですよね?」

 「そう? だけどみんな聞きたそうにしてる」

 「うっ……」


 既にみんなにやにやして僕たちの事を見ています。

 サンドラちゃんはサラちゃんとデルちゃんを操縦してくれているので表情は見えませんが、話を急かすように尻尾をぺたんぺたんとさせています。

 

 「折角だしさ。二人の馴れ初めを話してよ」

 「そうですよ。私達と出会う前の話って詳しく聞いてないので知りたいです」

 「そうだぞー。断片的にしか聞いていないからなー」

 「仕方ありませんね……その代わり、スノーさんとキアラちゃんが仲良くなった話もしてもらいますからね?」


 僕が鈍かっただけかもしれませんが、気づいたらスノーさんとキアラちゃんの仲は深まり、恋人になっていましたからね。

 それまでの馴れ初めはダンジョンに潜った時に軽く聞きましたが、詳しい話は聞けてませんし、スノーさんの口から聞いた事もなかったですからね。

 

 「別に面白い話ではないけど、それでもいいなら話すよ」

 「それは僕も同じですよ」


 まぁ、僕が完全に寝ぼけてただけの話ですからね。

 話した所で、そんな事があったんだ、くらいで終わる筈です。

 そう思い、僕はシアさんとの出来事をみんなに話したのですが。


 「流石にそれはないかな」

 「無防備すぎると思うの」

 「よく生き残って来れたなー」

 

 何故かあり得ないって顔をされました。

 酷いですよね?

 ただ、僕は寝ぼけて目の前にあったシアさんの足を枕にしただけなのに、そこまで言う事はないと思いませんか?

 寝ぼけて失敗した経験くらい誰でもある筈ですし、僕だけ変な目で見られるのは心外です!

 

 「まぁ、僕の方はこんな感じです」

 「スノー達も早く話す」

 「へぇ、シアも気になるんだ」

 「うん。気になる」

 「意外ですね。シアさんが私達の話を聞きたがるなんて」

 「そうでもないですよ。シアさんは家族思いですからね」


 僕が一番ですが、スノーさん、キアラちゃん、サンドラちゃんだけではなく、リコさんとジーアさんや最近ではラインハルトさんやセーラ達の事も気にかけていますからね。


 「それだけ成長したって事か」

 「成長とは違う」

 「違くないよ。出会った頃のシアはユアン以外に興味なかったからね」

 「食べ物は除きますけどね」

 「後は釣りもですね!」

 「むー……みんなして馬鹿にする」


 それだけシアさんも愛されてるって事ですね。

 

 「とりあえず、私の事はいいの。スノー達の事話す」

 「はいはい。といってもなぁ……きっかけはなんだっけ?」

 「確か、野営の時だったと思うの。ほら、タンザからトレンティアに移動する時?」

 「あー、あんな時からかー……。 えっ、あんな時からだったの?」

 「えっ、自覚なかったの? 酷いよ!」


 むむむ?

 これは面白い話になりそうな予感がしますよ!

 その後も僕たちは竜車に揺られ、過去の話に華を咲かせ街道を進みました。

 たまにはこういうのも悪くないですね。

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