第630話 弓月の刻、スノーの実家へと向かう

 「緊張するなぁ……」

 「大丈夫ですよ、二度目なんですよね?」

 「二度目でも、緊張するものは緊張しますよ」

 「気にする事はない。自然体でいる」

 「そうだぞー」


 深いため息をつくスノーさんとそれに寄り添いぎこちなく歩くキアラちゃんの後を僕たちは歩いています。


 「それにしても、流石は貴族が暮らす区域ですね」

 「うん。ナナシキよりも立派」

 「フォクシアよりも立派かもなー」


 こちらの方に来るのは初めてですね。

 僕たちは今、ルード帝国の都へと再び訪れています。

 というのも、今日はクジャ様達に会いに……ではなくて、別の用件を済ますためにやってきたからです。

 そして、その用件というのが……。


 「それで、スノーさんの実家は何処なのですか?」

 「この先だよ」

 「そうなのですね」

 「嫌になるよ」

 「キアラとの結婚が?」

 「違うし! 親への報告が面倒ってなだけ! あの親父、頭が固いからなぁ」


 これです。

 つい先日、クジャ様と話し合いをしてから数日後、僕たちはスノーさんとキアラちゃんから結婚する事を決めたと報告を受けました。

 そして、その報告をスノーさんの両親にもする事になり、今日はみんなでスノーさんの実家へと向かっています。

 僕たちはオマケですけどね。

 

 「でも、前は許して貰えたのですよね?」

 「付き合うまではね。だけど、それから先は話していなかったから、急に結婚するなんて伝えたら何を言われるかってね」


 付き合うのと結婚は違いますからね。

 

 「そもそも、その後の事は報告していなかったのですか?」

 「あー、うん。ほら、忙しかったからさ?」


 僕たちから視線を逸らし、ばつが悪そうに頬を掻いている所をみると、これは忘れて頂けみたいですね。


 「スノー。さすがにずぼらすぎると思う」

 「私も先日知ってびっくりしました」

 「キアラも大変だなー」

 「普通は忘れないですよね?」

 「忘れてなかったし! 忙しかっただけだもん……」

 「本当は?」

 「忘れてた。本当に忙しかったし、それどころじゃなかった」

 

 まぁ、スノーさんの仕事を考えれば僕たちよりは忙しいのはわかります。

 ですが、ルード帝国で起きた事件の時から一度も連絡していないのは流石にないですよね?

 あれまでに時間はかなりありましたし、スノーさんだって暇をしている時はありましたので、手紙を書く時間くらいはあったと思います。

 

 「とりあえず、しっかり伝える。大事な事」

 「そうですね。キアラちゃんの事が本当に大事ならいい加減な事は駄目ですよ!」

 「はい……気をつけます」


 スノーさんは反省しているみたいですし、これからはきっと大丈夫ですね。

 という訳で、僕たちはスノーさんの実家へと向かいました。


 「ところで、ユアン達は他にやっておくことはないの?」

 「僕達ですか? んー……僕の方はやることは色々とあります」

 「そうだなー。とりあえず、チヨリのお店の事はどうにかしないとだなー」


 僕とサンドラちゃんが困るのはそこですかね。

 前までならチヨリさんにお願いできましたが、今はチヨリさんにお願いできませんからね。

 むしろ、チヨリさんが無理をしないか監視する人を探さないといけないくらいです。

 

 「監視くらいなら誰でもいいんじゃない?」

 「無理ですよ。アリア様ですらチヨリさんに頭が上がらないくらいですからね」


 チヨリさんに意見できる人が居るかも怪しいです。

 少なくとも狐族の人は無理ですね。

 リコさんは別として。


 「僕の方は置いといて、シアさんはどうなのですか?」

 「私の方は平気。ラディとサイラスに全部任せてある」

 「シアも割といい加減だよね」

 「そんな事ない。土台を作ったから楽してるだけ。アリアと一緒」

 「ラディが頑張ってるだけだと思うんだけど……まぁ、大丈夫ならいいか」

 

 シアさんは任せられる相手がいるので安心ですね。

 特にラディくんに任せられるのが大きいです。

 とりあえずラディくんに任せておけば大丈夫という謎の安心感がありますからね。

 どんどんと仕事が溜まって申し訳ないですけどね。


 「そういえば、あの件はどうなったの?」

 「どの件ですか?」

 「ほら、トレンティアとの交易だよ。もっと手広くやっていくんでしょ?」

 「その件でしたか。その件でしたら、順調に進んでいるとは思いますよ」


 これがローゼさん達が僕たちが帰った後も残った理由ですね。

 僕たちが帰った翌日、僕はローゼさんから相談があると呼び出しを受けました。

 そして、その相談の内容というのが、トレンティアを経由して、ルード帝国からアルティカ共和国への輸出と輸入を増やしていきたいというものでした。

 今の所はナナシキとフォクシアくらいしか交易がないですからね。

 それをビャクレンなどにも広めていきたいというのがルード帝国の考えみたいです。

 

 「トレンティアがどんどんと重要な場所になっていくね」

 「そうですね。いずれかは魔族領にも交易を広げるみたいですね」


 タンザがルード帝国の流通の要だとしたら、トレンティアは国外の流通の要となっていくのは間違いないですね。


 「でも商人はどうするの? そっちも任せれられたんでしょ?」

 「それも問題ないですよ。ナナシキには最高の商人が居ますからね」

 「うん。イル姉に任せておけば問題ない」

 「確かに問題なさそうだね」


 その話を切り出した瞬間、イルミナさんの目の色が変わりました。

 流石は商人です。僕たちでは考えつかないような事まで一瞬で思いつき、即座に根回しを開始したのです。

 その結果、ルード帝国からの取引相手も決まりました。

 

 「これでザックさんには借りが少しは返せそうですね」


 ザックさんとはタンザに拠点を置く商人で、僕がまだEランクの冒険者であった時に出会い、その時からお世話になった人でもあります。

 最初の出会いはオークに襲われている所に手助けに入ったのがきっかけでしたので、お互いに貸し借りがあるような感じでしたけどね。

 それでも僕たちからすると貴重な魔法道具マジックアイテムを譲ってもらったりと大きな借りがあったのです。


 「ザックさんなら安心だね」

 「はい、まだ準備の段階ですけどいずれかはザックさんもナナシキへと出店する予定でもいるみたいなので、その時はお願いしますね」

 「はい。とりあえず、その件がある程度まとまったら改めて報告して貰えますか?」

 「わかりました」


 といっても、商人同士のやりとりは僕には理解できないのでイルミナさんにほぼ丸投げですので、僕もどうなったか報告を受けるだけですけどね。

 もちろん不正がないように、後でローゼさんにも確認して貰う事になっています。

 その結果、僕も一緒に勉強の一環としてローゼさんから色々と説明される事になりそうなので、今から気が重いですけどね。

 何せ、ローゼさんの指導はかなり厳しいですからね。

 スノーさんが散々アカネさんの事を恐れていた気持ちが今になってみるとよく分かります。

 

 「と、着いちゃったね」

 「ここがスノーさんの実家ですか」

 「私達のお家より小さい」

 「貴族といっても子爵だからね」


 シアさんの言う通り、スノーさんの実家は僕たちのお家よりも小さいですね。

 ですが、ルード帝国とナナシキでは物価が違いますので、この貴族街にお家を建てるだけでかなりのお金を使うと前にシノさんから聞いた事があります。

 なので、この場所にお家を建てているだけで本当はかなり凄い事なのですよね。

 

 「それじゃ、行こうか」

 「緊張します……」

 「大丈夫だよ。何かあったらユアンがいるし」

 「僕に何を期待しているのかわかりませんが、急に話を振るのはやめてくださいね?」

 

 でも、スノーさんとキアラちゃんが幸せになれるのなら僕が出来る事は何でもするつもりではいます。

 それだけスノーさん達の事は大事ですし、もう僕の家族と呼べる間柄ですからね!

 という事で、僕たちはスノーさんの案内でスノーさんの実家へと乗り込むのでした。

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