第629話 補助魔法使い、勇者と話す

 「大変な事になったね」

 「うん。まさかクジャにあんなお願いされるとは思わなかった」

 

 ルード帝国での会議が終わり、僕たちはナナシキのお家へと帰ってきました。

 ちなみに、ローゼさん達は他にもクジャ様と話合わなければならない事があるようであの後も残るようで、アンリ様もクジャ様に半分拉致される形で残る事になりました。

 こう説明するとアンリ様の命に関わりそうですが、きっと大丈夫だと信じています。

 

 「でも、魔族領には行く予定だったので、丁度良かったと思いますよ?」

 「そうかもしれないけど、直ぐに出発するのは無理だと思うの」

 

 ナナシキへと帰ってきた僕たちは早速、準備に取り掛かる事にしました。

 といっても、まずはナナシキを離れても大丈夫なように計画を立てる所からですけどね。


 「まぁ、いつもどおり私とキアラはオルフェさんに報告してくるよ」

 「私はラディとサイラスに後の事を頼んでくる」

 

 スノーさんとキアラちゃん、そしてシアさんはそれぞれのお仕事に関わる人達へこれからの事を話しに行くみたいですね。

 そうなると僕の役目は……。


 「ユアンはラインハルトに例の件をお願いしてね」

 「えっ! ぼ、僕がですか?」

 「うん。ラインハルトはユアンの言う事なら聞く。ユアンが適任」

 「で、でも……僕はチヨリさんにこれからの事を……」

 「なー? それなら私が伝えておくぞー」


 なんと、みんなからラインハルトさんにリアビラへエレン様の手伝いに行ってもらえないかお願いする役目を任されてしまいました。

 

 「大丈夫ですかね?」

 「ラインハルトだし大丈夫だと思うよ」

 「そうですかね?」

 「うん。ラインハルトなら大丈夫」

 「んー……みんながそう言うのなら、大丈夫そうですね」

 

 という訳で、軽い気持ちでラインハルトさんに相談をしたのですが……。


 「ら、ラインハルトさん、大丈夫ですか!?」

 「だ、だいじょうぶ……ぐすっ」」


 どうみても大丈夫には見えないほど、両目からぽろぽろと涙を流し始めてしまったのです。


 「と、とりあえず落ち着きましょうね? ほ、ほら……お水でも飲んでください」

 「ありがとう……」


 そこから暫く気まずい沈黙が流れ、僕たちは本館のリビングで向かい合う形で静かに向かい合って座りました。

 そして、どれくらい時間が経ったでしょうか?

 ラインハルトさんがようやく口を開きました。


 「ユアン殿、私の事がそんなに邪魔かな?」

 「そんな事ないですよ! ラインハルトさんには色んな事で助けて貰っていますので、邪魔なんて事はないです」

 「なら、どうしてリアビラの都に行けなんて言うんだい? まるで私を遠くの地に追いやるような形で」

 「それは……」

 「やはり、私が魔族で、姉上がユアン殿に迷惑をかけたからなのかな? ははっ、そうだったよね。今思えば私も姉上もユアン殿には多大なる迷惑をかけていたね。私がこうしているのがおかしいくらいに」


 困りました。

 まさかラインハルトさんがそんなにあの時の事を気にしているとは思いもしませんでした。


 「すみません。僕が何も考えていないばかりに、ラインハルトさんに嫌な思いをさせてしまったみたいで」

 「構わないよ。それで、私はいつここを出ていけばいいのかな?」

 

 僕の伝え方が悪かったみたいで、ラインハルトさんは随分と早まった考えになってしまっているみたいですね。


 「その前に、僕の話をちゃんと聞いて貰ってもいいですか?」

 「わかった」


 その考えを改めて貰うためにも、僕はラインハルトさんにこうなった話の経緯とこれから何をして欲しいのかを改めて話しました。


 「という事で、ラインハルトさんにはリアビラでエレン様のお手伝いをして頂けたらと思うんですよ。もちろん、リアビラの都とナナシキは転移魔法で繋ぎますので、向こうに住まずにこちらから通って貰っても構いません」


 あくまでラインハルトさんにはお手伝いとして暫くリアビラに行ってもらう事とラインハルトさんはナナシキに暮らす仲間の一員という事を伝えさせて貰いました。


 「そ、そうだったのか」

 「はい。なので、ラインハルトさんが邪魔って事は決して……どうしたのですか?」

 「な、なんでもないよ!」


 その割には顔を真っ赤にして取り乱しているように見えます。


 「もしかして、照れているのですか?」

 「照れて何て……ないよ。ただ、ちょっと早とちりしてしまった自分が恥ずかしいというか……」


 しまいには人差し指をツンツンと合わせ、俯いてしまいました。


 「ぷっ……ラインハルトさんも可愛い所があるのですね」

 「か、かわいいって……元はと言えばユアン殿がちゃんと説明してくれないからじゃないか!」

 「確かにそうですね。でも、可愛らしかったのは本当ですよ」

 「もう……そんなにからかわないでくれ。それで、私はいつから通えばいいのかな?」


 良かったです。

 さっきは出ていけばと言ったのに、今は通えばに変わりました。

 ちゃんと説明したお陰でラインハルトさんが邪魔ではないという事は伝わったみたいです。


 「時期はまだ先になりますので、その時が来たら伝えますのでは、今は準備だけでも進めて貰ってもいいですか?」

 「了解した。だけど、姉上の事は本当にいいのかい?」

 「はい。オメガさんの事はラインハルトさんに一任します」

 「本当に? 姉上の事がまた敵陣営になるかもしれないよ?」

 「その時はその時です。また僕たちが止めます。それに、今のオメガさんなら大丈夫だと思いますからね」

 「わかった。私の方も気をつけておくよ。それはそうと……これは何かしらの報酬が発生すると思ってもいいのかな?」

 「報酬ですか?」

 「あぁ、私だって一人の人間さ。少しくらい欲を満たしたいと思うよ?」


 そうですね。

 ラインハルトさんには無茶なお願いをしているのは僕も自覚があります。

 詳しくもない土地に行って仕事をしてくれなんて言われても納得出来る人なんていないですよね。

 それも無報酬でやってくれと言われて引き受けてくれる人なんてほとんど居ませんよね。


 「そうですね……確かに報酬は必要ですよね。ちなみにですが、どんな報酬がいいですか?」


 一番はお金ですかね?

 ラインハルトさんは今でこそちゃんと稼いでいますが、サンケで働いている時は凄く貧乏でしたからね。

 お金がどれだけ大事なのかを理解していると思います。


 「一晩でいいからユアン殿を独り占め……というのはどうかな?」

 「ぼ、僕をですか?」

 「うん。やっぱり私はユアン殿の事が好きだからね。ユアン殿と一晩過ごせるのは夢のようだよ」


 むむむ……真っすぐにそんな風に言われたら流石に照れます。

 というか、ラインハルトさんは凄くかっこいいので、普通にそんな事を言われたら照れるに決まっています!


 「えっと、シアさんに相談させてください。流石に浮気を疑われたら困りますので……」

 「もちろんだよ。ユアン殿とリンシア殿の仲を裂きたい訳じゃないからね。ちゃんと話合って、前向きに検討してほしい」

 「わ、わかりました」


 そして、誠実なんですよね。

 ですが、困りましたね。

 出来る事ならラインハルトさんの希望に沿った報酬をあげたいのですが、流石にこれは予想外です。

 その夜、僕はシアさんとこの事について話合いをしました。

 その結果……あっさりと許可がおりました、

 疑問に思い、どうしていいのかを尋ねると、『ユアンの一番は私だから』という答えが返ってきました。

 嬉しいですけど複雑ですよね。

 まぁ、実際に事実ですけどね。

 ですが、『ユアンは王様になる器。一人や二人くらい側室が居ても問題ない』という発言はないと思います。

 だって、僕はそんな器用な人間ではありませんからね。

 きっとこの先も……。

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