第623話 補助魔法使い、カバイの相談に乗る
「ナグサさんが奪われたってどういう事ですか?」
酒瓶を片手に完全に酔っ払いと化したカバイさんの正面に座り、僕達は事の詳細をカバイさんに尋ねる事にしました。
「影狼族の嬢ちゃんに……奪われちまったみたいなんだ」
「影狼族……? あっ、もしかしてティロさんですか?」
「そうだ」
思い出しました。
カバイさんと影狼族に接点はないと思いましたが、そういえば娘のナグサさんとティロさんは同じ仕事をしていましたね。
それに、カバイさんはシアさんのお父さんであるカバネロさんと一緒にリアビラで仕事もしていましたし、結構な繋がりもありましたね。
ですが、それは変ですね。
今日の午前中に僕が薬草を受け取りにティロさん達の元へと訪れた時は普通に仕事をしていたのを思い出します。
それとも、その後に何処かへと行ってしまったのでしょうか?
「それはない。ティロは今もナナシキにいる」
「そうなのですね。という事は、攫われたという事ではないということですね?」
「うん。それはないと思う」
「それなら一安心ですね」
では、一体どういう事なのでしょうか?
「一安心な訳があるか!」
バンッと机を叩き、カバイさんが勢いよく立ち上がりました。
「落ち着いてください」
「これが、落ち着いてられるか! ナグサが奪われちまったんだぞ!」
「まずはそれ。意味がわからない。ちゃんと説明する」
「そうですね。まずは何が起きているのか教えてくれないと、僕たちは何もできませんよ」
自分の子供の事なので熱くなってしまう気持ちは仕方ないとは思いますが、冷静な気持ちを失うと良からぬ方向に事が動いたりしますからね。
なのでまずは落ち着いてもらうために、水を飲んでもらいました。
カバイさんは酔っているみたいなので、酔いを醒ますためにも必要ですしね。
「そうだな……いきなり大声を出してすまなかった」
差し出された水を飲み干し、カバイさんは息を吐いて座りました。
「構いませんよ。それで、何があったのですか?」
「あぁ……今日の夕食の時に、ナグサがティロちゃんを連れて来てな……」
ティロちゃんと呼ぶくらいですので、カバイさんもティロさんと面識はあったみたいです。
というよりも、話を聞いている限り、ティロさんは何度もカバイさんのお家でご飯を一緒に食べているみたいですね。
「今日もいつものように談笑しながら夕食を食べていたんだ」
ティロさんは元虚ろ人だったのですが、そこまで仲のいいお友達が出来たのは本当に良かったですね。
ですが、それが今回の原因となったみたいです。
「えっと、ナグサさんとティロさんが恋仲にあるという事ですか?」
カバイさんは項垂れるように頷きました。
「めでたい」
「そうですね。凄くおめでたいですよね!」
出会った頃のティロさんの事を知っている僕とシアさんからしてみれば、凄く嬉しい事だと思えます。
「めでたい訳あるか……」
「どうしてですか?」
「考えてみろよ。ティロちゃんは女なんだぜ?」
「そうですね。それがどうかしたのですか?」
「いや、だからな……あぁ、そういえば嬢ちゃん達もだったな」
そういう事ですか。
カバイさんは娘のナグサさんが女性のティロさんと恋仲にある事が気にかかっているみたいなのですね。
「何か問題があるのです?」
「親の身からしたら、やっぱり娘には幸せになって貰いたいからな……」
「幸せの形は人によって違う。それはカバイが決める事ではない」
「わかってるさ、それくらい。だがな、女性同士では駄目な事だってあるだろう」
「あるのですか?」
「あるだろう。子供だよ、子供」
あー、そういう事でしたか。
確かにそれは問題かもしれませんね。
「そういえば影狼族の秘術は影狼族同士でしか使えないので子供授かれないのですよね」
「うん。残念だけど、同族だけ有効」
もし、影狼族の秘術が別の種族にも適応できるのであれば、ナグサさんも子供を授かれたのですよね。
まぁ、それは僕もですけどね。
ですが、実際にそこまでそれは大きな問題ではありませんよね?
だって、子供授かる方法はそれだけではありませんからね。
「なぁ、二人で納得している所悪いが、影狼族の秘術って何だ?」
「それはですね……って僕に何を言わせようとしているのですか!」
「うん。カバイ、今のはサイテー」
「俺が悪いのか……?」
とりあえず、カバイさんの質問には口を閉ざし、別の解決策を提示します。
問題はカバイさんがそれで納得するかどうかですけどね。
まぁ、カバイさんが納得しようがしまいが、僕はナグサさんとティロさんの事は応援しますけどね!
「そんな方法があるのか? いや、そもそもそんな方法で子供が作れるのか?」
「みたいですよ? 実際に僕もそうやって生まれたみたいですからね」
「嬢ちゃんがか!?」
僕が教えたのは魔力だまりから子供をつくる方法です。
「本当かどうかかはわかりませんけどね。ですが、僕のお父さんとお母さんは女性ですよ」
「黒天狐様と白天狐様だったな……しかし、それはお二方とも魔法の扱いに長けていたから出来たんじゃないか?」
「そうかもしれませんね。ですが、それでも問題ないと僕は思っていますよ?」
「根拠は?」
「僕が解析して、誰でも出来るように改良するつもりですよ!」
その為にはまずその方法を知らなければいけませんけどね。
ですが、現段階で僕は出来ると思っています。
それに似た魔法陣を僕は見た事がありますからね。
サンドラちゃんが生まれ変わる時に。
「そうか……それなら、俺が口を挟む問題でもないのか……」
「そうですね。二人の幸せは二人が決める事ですからね」
「悪かったな。こんな相談をしちまって」
「構いませんよ。それだけナグサさんの事を大事に思っているからですよね?」
「それもあるな」
「それも? 他にも理由があるの?」
「このままじゃ、あいつに顔向けできないと思ってな」
あいつといった瞬間、カバイさんがまるで遠くのものを見るような目をしたのがわかりました。
まるで、この場に、この世にいないモノをみているような目です。
「もしかして、奥さんですか?」
「あぁ。もう、この世にはいないけどな」
「そうなのですね。すみません」
「気にしないでくれ。もう十年以上も前の話だ。とっくに気持ちの整理は出来ている。それに、元はといえば俺が無理に押し掛けたのが原因だしな。それに、嬢ちゃん達には俺だけではなく、ナグサとティロちゃんも救って貰ってるからな」
「ティロさんもですか?」
カバイさんとナグサさんはわかりますが、ティロさんに関しては思い当たる節はなく、思わず聞き返してしまいました。
「あぁ。あの子も両親を亡くしているだろ?」
「そうなのですか?」
その辺りの事は知らないのでシアさんに尋ねるとシアさんは小さく頷きました。
「あの時。前の長に変異種の角をつけられて操られてた人。私が斬った……あの人達」
あの時の人達がティロさんの両親だったのですね。
「シアさんは僕が気にしないように黙っていてくれたのですね」
「うん。ごめん」
「シアさんが謝る事ではありませんよ」
あの時、僕はシアさんに協力をして操られていた影狼族の人達を倒しましたが、自分の意志で決めましたからね。
「ですが、それではティロさんを救うどころか、むしろ辛い目に合わせてしまっていますよね」
「そんなことないさ。ティロちゃんはその辺りの記憶はないみたいだしな。だから、ティロちゃんを変えたのはナグサと引き合わせてくれた嬢ちゃん達だよ」
「違いますよ。僕たちはきっかけを作ったに過ぎません」
「うん。実際に救ったのは間違いなくナグサ」
ですね。
ティロさんと付き合うのは大変だと思います。
今でこそ急成長を遂げて、色んな事を出来るようになり始めていますが、最初に出会った頃はシアさんに指示をされなければ本当に何もできないくらいでしたからね。
それがあそこまで自分で考えて行動できるようになったのは間違いなくナグサさんのお陰だと僕は思っています。
「それで、結局カバイさんはどうするのですか?」
「見守ってやるしかないだろう。まさか、お父さんの意味が変わるとは思わなかったけどな」
「意味ですか?」
「あぁ。ティロちゃんがな、『私にはお父さんが居ないけど、カバイさんはお父さんみたいなの!』って俺の事をお父さんと呼ぶんだ」
それがお父さんからお義父さんに変わるという事ですね。
「文句いいつつ嬉しそう」
「まぁ、ティロちゃんは可愛いしな」
確かに子犬みたいですからね!
まぁ、シアさんと同じくらいの背があるので僕よりも大きい子犬ですけどね。
「さて、俺は帰るよ。遅くまですまなかったな」
「いえ。また何かあったら相談に来てくださいね」
「その時は頼むよ」
来た時はお酒に酔って酷い顔をしていましたが、今はスッキリとしたいい顔になっていますね。
「あっ、そういえば!」
「ん? どうしたんだ、いきなり」
カバイさんをお見送りする為に限界まで来た時、僕はふととある事を思いつきました。
「そういえば、カバイさんって今仕事をしているのですか?」
「…………一応、冒険者だか職にはついているぞ」
「仕事はありますか?」
「……滅多にない」
ですよね。
冒険者ギルドに前に森の調査を依頼されましたが、森の様子は今の所あまり変わっていませんので、まだまだ仕事は無い状況ですからね。
「なので、暇なら仕事をお願いしたいのですがどうでしょうか?」
「内容にもよるな」
「簡単ですよ。子供達のお世話をお願いしたいのです。どうでしょうか?」
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