第612話 弓月の刻達、ローゼ宅に向かう

 「チヨリさん、これなんてどうですか?」

 「んー、これは動きずらいなー」

 「それじゃ、こっちですか?」

 「ひらひらは嫌だぞー」

 「たまにはいいじゃないですか」

 「うむー……落ち着かないなー」

 「でも、凄く似合ってますよ!」

 「そうかー?」

 「はいっ! とっても可愛いと思います!」


 普段のチヨリさんは僕と同じでローブを好んで来ていますが、こういったドレス姿もやっぱり似合いますね!

 背丈が低いので子供のように見えますが、大人っぽいドレスを着て、お化粧をすればそれだけで印象が変わりました。

 これはどこからみても立派なレディーです!

 

 「でも、こんな格好する必要はあるのかー?」

 「ありますよ。流石に夕食に招待されているのに、ローブなんて失礼ですからね」

 「ふむー? ユアンも着替えるのかー?」

 「僕はこのままですよ」

 「ローブは失礼って言ってなかったかー?」

 「えっと、それはうっかり忘れてきてしまいまして……」

 「収納魔法に入ってないのかー?」

 「は、入ってませんよ?」

 「本当かー?」

 「本当です! そ、それよりもそろそろ出かけないと間に合わなくなりますよ」


 危ない危ない。

 本当は僕用のドレスは収納魔法に入っています。

 ですが、今回の作戦はチヨリさんだけおめかしして、目立っちゃおう作戦ですからね。

 ここで僕たちまで綺麗な恰好をしてしまったら、チヨリさんだけ目立つ事は出来ません。


 「だけど、こんなんで上手くいくのかな?」

 「いくと思いますよ! チヨリさん凄く綺麗ですからね!」

 「そうだけどさ……なんか違う気がする」

 「他に方法はなかったのですか?」

 「流石に時間がなかったのでこれ以上は無理ですよ」


 三十分なんてあっという間ですからね。

 僕が出来たのはお家に戻ってサンドラちゃん用のドレスを借りてくるのと、チヨリさんのお化粧を頑張るくらいでした。


 「でも、ユアンも意外だよね」

 「何がですか?」

 「お化粧できたんだ」

 「む……それは失礼じゃないですか?」

 「そう? だって、ユアンが化粧している所、結婚式以外で見た事ないし」

 「普段からする必要がないからですよ。というか、それを言ったらみんなも同じですよね?」


 シアさんだって普段はお化粧をしませんし、サンドラちゃんだってした所を見た事はありません。


 「まぁね。だけど、私もキアラもお偉いさんと対談する時とかはしたりするよ?」

 「そうなのですか?」

 「うん。流石に身だしなみは整えないと失礼ですからね」


 そういうものなのですかね?

 

 「ユアンもそのうちお偉いさんと話す機会は増えるだろうし、普段から気にした方がいいかもね」

 「そうかもしれませんね」


 まぁ、練習はしていませんが、チヨリさんをお化粧を出来るくらいには自信はありますけどね。

 というのも、みんなの知らない所でとあるお方から散々練習をさせられましたからね。


 「それよりも、そろそろ出発しないと、遅れてしまいますよ」

 「うん。お腹空いた。早くご飯食べたい」

 「シアが静かだったのはお腹空いたからだったんだね」

 「うん。だけど、それはサンドラも一緒」

 「そういえばサンドラちゃんも静かだったね」

 「うんー。お腹空いたなー」


 となれば、直ぐにでも出発しないとシアさんとサンドラちゃんが可哀想ですね。

 何よりも、お迎えに来てくれたカリーナさんとフィオナさんをこれ以上お待たせする訳にはいきませんからね。

 という事で、僕たちも最低限の身だしなみを整え、僕たちはお迎え来てくれたカリーナさん達の運転する馬車へと乗り込みました。


 「お忙しいのにすみません」

 「構いませんよ。久しぶりに皆さんとお会いできて私達も嬉しいですので」

 「もっとユアンさんのように遊びにくれてもいいんですよ?」


 そうなんですよね。

 僕は割と頻繁にトレンティアへと来るので、カリーナさん達ともお会いする機会はあったりします。

 ですが、これは訂正しないといけませんね。


 「えっと、僕は遊びに来ている訳ではないですからね?」

 「そうだったのですか?」

 「いつもローゼ様とお茶して帰っているので遊びに来ているかと思いました」

 「違いますよ! あれはちゃんとお仕事ですよ!」

 

 まぁ、お菓子を食べたりしているのは本当ですけどね。

 ですが、あれは商談の最中の出来事なので、僕の中ではお仕事のつもりです!


 「ふむー。ユアンは仕事のふりしてそんな事をしてたんだなー」

 「なー! ユアンばっかりずるいぞー!」

 「だから違いますよ! 僕はちゃんとお仕事をしていましたよ!」

 「ならせめて私達にもお土産を持ってくるべきだぞー!」

 「うむー。わっち達も食べたかったなー」

 「そ、それを言ったらチヨリさん達もお仕事中にお菓子食べているじゃないですか!」

 「そ、そんな事ないぞー?」

 「ないなー?」

 「いーえ! 僕は知っていますよ? 戸棚に隠してあったお菓子がしょっちゅう無くなっていましたからね!」


 流石にここまで言われたら僕も黙っていられませんからね!


 「ユアンの職場って平和なんだね」

 「正直羨ましいです……」

 「うん。私達もそれくらいのんびりしたい」

 「シアさんは僕たちとあまり変わりませんよね?」

 「確かにそうだった」

 「本来、警邏って大変だと思うんだけど」

 「シアさんはもっと真面目に仕事に取り組んだ方がいいと思うの」

 「やる時はやるから平気」

 「普段からやりましょうね」

 「それはユアンもだぞー」

 「サンドラもなー」

 「チヨリさんもですよ」


 カリーナさんが仕事の話を振ってくれたお陰で、僕たちは馬車の中で話が盛り上がり、あっという間に時間が過ぎ、気づけば馬車はローゼさんの屋敷へと到着していました。


 「では、ごゆっくり」

 「ありがとうございました」

 「たまには私達とも食事をしてくださいね。皆さまのご活躍は耳にしておりますので、その話を是非お聞かせください」

 「はい。その辺りもローゼさんに相談してみます!」

 「楽しみにしております。では、どうぞ屋敷の中に」


 カリーナさん達とゆっくり話す機会はトレンティアを出発してから一度もなかったので、何だかんだ一年くらい経ってしまいましたからね。

 一緒に旅をした仲でもありますし、僕も久しぶりにゆっくり話したいと思いました。

 となれば、今度はナナシキに招待してあげるのも悪くないですね。

 ナナシキの街には僕たちが頑張ってきた結果が詰まっていますからね。

 

 「いらっしゃいませ」

 「あっ、ローラちゃん! お久しぶりです」

 「はいっ! お久しぶりです……どうですか?」

 「とても似合っていますよ」

 「本当ですか? えへへっ、嬉しいです」


 カリーナさん達に案内され、ローゼさんの屋敷へと入ると入口でローラちゃんがお出迎えをしてくれました。

 

 「今日はお化粧をしていないのですね」

 「はい。前にユアンさんがアドバイスしてくれた通り、まだ私には早いと思いまして」

 「そうですね。ローラちゃんはお化粧なんかしなくても十分に可愛いので今のままが一番ですよ」

 「ありがとうございます!」


 ローラちゃんはかなりご機嫌ですね。

 それに比べて、チヨリさんは静かですね。本来ならば、これは僕ではなくてチヨリさんが言わなければいけない筈です。

 じゃないとチヨリさんとローラちゃんの仲を進展させる事が出来ませんからね!


 「それでは、ご案内致します。皆さま、どうぞこちらに」

 

 しかし、僕の計画とは裏腹に入口でチヨリさんをローラちゃんにアピールする事は失敗してしまいました。


 「むむむ……中々難しいですね」

 「何がだー?」

 「いえ、何でもありませんよ?」


 ですが、まだまだアピールするタイミングは幾らでもある筈です!

 僕はそのタイミングを計りながら、ローラちゃんの後に続くのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る