第611話 補助魔法使い、チヨリの事を相談する

 「チヨリの様子が変?」

 「そうなんですよね」

 「気のせいじゃなくて?」

 「そうだといいんですが、どうしてもそうは思えないのですよね」

 「具体的にはどんな感じに変なの?」

 「具体的にといわれると困るのですが……何というか、ふとした瞬間に見せる表情やちょっと弱気じみた発言が気になるといった感じですかね?」

 「なー? それならユアンの気のせいじゃないのかー?」

 「そうだといいのですけどね……」


 みんなで釣りを楽しんだ後、僕たちは夕食までの時間を湖の傍に建てられた宿で過ごす事になったので、この時間を使いチヨリさんの事をみんなに相談する事にしました。


 「でも、心配ならやっぱり気にしておいた方がいいと思うの」

 「そうだね。チヨリさんは相当な年だろうし、いつその時が来るのかはわからない訳だろうからね」

 「縁起でもない事を言わないでくださいよ」

 「だけど、スノーのいう事は間違ってない。それは私達だってそう。冒険をしていれば、いつだって死は身近にある。だから毎日を大事に生きる」

 「そうかもしれないですけど、仮にそうなった時、僕は簡単に割り切れないと思います」


 今までは冒険者だからそういう事もいつかはあると思っていましたが、今はとてもそうは思えません。

 それだけ僕に大事なものが増えすぎた証拠ですね。


 「私も無理だなー。ユアン達もそうだけど、チヨリだってリコ達だってみんな大事だぞー。もし死んじゃったら立ち直れないかもしれないなー」

 「それは私もだよ」

 「私もです」

 「私も同じ」


 誰かが死んだら悲しい気持ちになるのは当然ですね。


 「まぁ、まだチヨリさんが死ぬって決まった訳じゃないんでしょ?」

 「だとは思います」

 「だったら、今は気に留めておくくらいでいいのではないでしょうか?」

 「うん。むしろ今出来る事はない」

 「一緒に楽しむくらいだなー」

 「それもそうですね」


 折角の旅行なのに、しんみりした気持ちでは楽しめませんしね。

 

 「ふー。いいお湯だったぞー」

 

 僕たちがそんな結論を出したころ、チヨリさんがお風呂からあがってきました。


 「あ、髪の毛びしょびしょじゃないですか。ちゃんと拭かないとダメですよ!」

 「そうかー? 放っておけば乾くから平気だぞー」

 「ダメですよ! ほら、僕がやってあげるから座ってください!」

 「わかったぞー」


 チヨリさんの髪もそれなりに長いですからね。

 折角綺麗な髪を持っているのに手入れを怠って痛んでしまうのは勿体ないと思います。


 「どうですか?」

 「うむー。きもちーぞー」

 「なんだか、サンドラちゃんの頭を拭いてあげているみたいな気分になりますね」

 「なー? 私はこんななのかー?」

 「はい。いつもこんな感じですよ」

 

 口調も似ていますからね。

 

 「それにしても、こうしていると本当に子供みたいですよね」

 「見た目は仕方ないなー。ユアンだってわっちと大差ないしなー」

 「大差ありますよ! 僕はこれでも立派なレディーですからね!」

 「わっちから見たら孫だけどなー」

 「孫ですか? んー、チヨリさんがおばあちゃんというのはちょっと違和感がありますね」


 どちらかというと姉妹が一番しっくりきますね。

 

 「はい、終わりましたよ」

 「ありがとなー。この後はどうするんだー?」

 「この後は夕食まではゆっくりする予定ですよ」

 「どれくらいだー?」

 「後、一時間くらいですかね?」

 

 今の時刻は六時で、夕食への招待を七時くらいに寄越すと連絡がありましたからね。


 「ふむー。なら少し眠ってきてもいいかー?」

 「眠いのですか?」

 「うむー。今日は沢山遊んだし、お昼寝もしなかったからなー」

 「そういえば、お昼ご飯を食べてそのままトレンティアに来てしまいましたね」

 

 お昼を食べた後、チヨリさんは午後のお仕事に入る前に少しお昼寝をしているのですが、今日はお昼寝をしていなかったので、今になって眠気に襲われているみたいですね。


 「うむー。少し寝てくるから後で起こしてくれなー」

 「わかりました。部屋はわかりますか?」

 「うむー。大丈夫だぞー。それじゃー、おやすみー」

 「おやすみなさい」


 欠伸をしながらチヨリさんは階段を上り、部屋へと姿を消していきます。


 「どう思いますか?」

 「あまりチヨリさんと接点が多い訳じゃないからわからないけど、いつもあんな感じじゃないの?」

 「私もそう見えましたよ」

 

 傍からみるとやっぱりそう思うのですね。


 「なー……確かに、いつもより元気がないように見えるなー」

 「うん。あんなにだるそうに歩くチヨリを見るのは初めて」


 一方チヨリさんと接点が結構ある二人はチヨリさんの違和感に気付いたみたいですね。


 「そうなんだね。ってか、なんでシアはわかるの?」

 「シアさんはしょっちゅう僕に会いにチヨリさんのお店に遊びに来るからですよ」

 「うん。警邏がある日は絶対に立ち寄るようにしてる」

 「立ち寄った後は?」

 「気分次第」


 シアさんも自由ですからね。

 僕に会いに来たと思ったらそのままチヨリさんのお家でお昼寝したり、真面目に警邏に戻ったり、僕と一緒に魔力水の補充にトレンティアについて来たりとその日によって行動は変わります。

 まぁ、ラディくんかサイラスさんがやってきて連れて行かれる事が一番多いですけどね。

 という訳で、シアさんも意外とチヨリさんと接点が多かったりもします。


 「だけど、二人も違和感を覚えているのなら、あながちチヨリさんの様子がおかしいのは間違いじゃないのかもね」

 「だとしたらいつからなんだろう? 少なくともここ数日って訳ではないんだよね?」

 「まだそこまではわかりません」


 何せ、僕たちもナナシキに戻ってきたばかりですからね。

 流石にリアビラへと言っていた間のナナシキの事を全て理解するには時間が足りません。


 「なら後で魔鼠達に聞いておくね」

 「ありがとうございます。僕は時間がある時にローラちゃんからわかる事は聞いておきます」


 幸いにもこの後、ローラちゃんと顔を合わせますからね。

 

 「そういえば、ローラで思い出したけど、ユアンはこれからどうするの?」

 「どうするって何がですか?」

 「ほら、ローラとの関係だよ。告白みたいな事をされたんでしょ?」

 「あー、その事ですか。その事なら、多分もう終わりましたよ?」

 「そうなの?」

 「はい。まぁ、これは僕の勘ですけどね」

 

 ローラちゃんの口から聞いた訳ではないですが、ローラちゃんの態度を見てたら何となく察しました。

 ローラちゃんがチヨリさんのお店で勉強をするようになってから、明らかに僕よりもチヨリさんにべったりするようになりましたからね。

 

 「もしかして、それが原因なんじゃない?」

 「何がですか?」

 「チヨリさんの負担になっていたりしなかったのかなって事だよ」

 「あっ、そこまでは考えていませんでした」


 確かに人に何かを教えるのは大変ですし、それがほぼ面識のなかった人ともなれば、精神的に凄く疲れます。

 それを僕はチヨリさんに全て押し付けていました。


 「って事は、僕が原因なのですかね?」


 チヨリさんにローラちゃんを紹介したのは僕ですからね。


 「なー? でも、チヨリは楽しいって言ってたぞー?」

 「そうなのですか?」

 「うんー。若い者が育てるのは年よりの役目って言ってたなー」


 という事は、ローラちゃんの事で悩んでいた訳でもないって事ですかね?


 「わからない。むしろ、ローラに恋をして悩んでいる可能性もある」

 「恋なんかでそんな風になりますかね?」

 「なんかじゃない。思い出してみる。私とユアンも大変だった」

 「むむむ……確かにそうですね」


 恋なんか、ではありませんね。

 あれはすれ違うと凄く大変な事になるのは身をもって体験している事を思い出しました。

 特にシアさんはその事で凄く悩んでいて、見るからに様子が変でしたからね。

 

 「もしかしたら、チヨリさんもそうだったりするのですかね?」

 「十分にあり得る」

 「だとすると……あっ!」

 「どうしたの?」

 「もしかしたら、チヨリさんが元気のない原因がわかったかもしれません!」

 「本当に?」

 「はい。ですが、あくまで僕の予想ですからね?」


 僕はその予想をみんなに話す事にしました。


 「なるほど……もしかしたらあり得るかもね」

 「状況からすると確かにあり得ますね」

 「そうだなー。ユアンはよく気づいたなー」

 「うん。ユアンは凄い。流石は私の嫁」


 その予想を話すと、みんなもチヨリさんが元気のない原因に納得してくれました。

 やっぱり僕の予想はいい線をいっているのかもしれませんね!

 むしろ、それ以外に正解がないように思えてきます。

 

 「夕食まではあと三十分ほどですか……」


 三十分なんてあっという間ですね。

 ですが、僕にも出来る事は何かしらある筈です!

 僕はチヨリさんが元気を取り戻すために出来る事を短い三十分の間に探す事に決めるのでした。

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