第610話 補助魔法使い、チヨリと釣りをする
「ここで僕たちが戦ったんですよ」
「そうなのかー」
「それで、反対側のあの辺りですかね? あっちでも頑張りました」
「ふむー。わっちもその戦いを見たかったなー」
湖の周りをチヨリさんと歩きながら、僕はここで起きた事をチヨリさんに説明しました。
懐かしいですね。
今思い返してもあの事件はすごく大変な事で、一歩間違えればシアさんは死んでいたかもしれません。
ですが、それでも僕にとってはあの事件も一つの思い出となり、今となってしまえばあの事件があったからこそ今の僕達がいるとも言える気がします。
「それで、あっちの森に道があるのが見えますか?」
「うむー」
「あっちの道を進むとトレントが沢山いて、夜になると湖の水を飲みにトレントが移動してくるのですよ」
「それは気持ち悪いなー」
「確かに実際に目にしてみると不気味ですよ」
トレンティアに泊まった初日は数え切れないほどのトレントが居る事を知って落ち着いて寝れませんでしたからね。
まぁ、一番の原因は湖の中央にある赤い大きな点の反応でしたけどね。
その後も湖を一周しながらチヨリさんとお散歩していると、一番の思い出といってもいい場所へとたどり着き、足を止めてしまいました。
「どうしたんだー?」
「あっ……なんでも、ないですよ?」
「そうなのかー? とても何でもないようには見えないぞー?」
むむむ……やっぱり隠し通すことは出来ませんね。
まぁ、隠す事でもないですし、チヨリさんは茶化したりするタイプでもないので話しても大丈夫ですね。
「みんなには内緒ですよ? 実はこの場所なんですが、シアさんに告白された場所なんですよ」
「おー……ここでかー。なら、ユアンにとっては大事な場所だなー」
「はい。あの光景は一生忘れる事はないと思います」
今思うと恥ずかしい事だらけですけどね。
シアさんを信じる事が出来ず、勝手に疑った挙句、みんなに迷惑をかけたのですからね。
「だけど、そういう事があったからこそ今があるんですよね」
「そうだなー」
「ちなみにですけど、チヨリさんにはそういった経験みたいなのはないのですか?」
「それはどうだろうなー?」
「秘密って事ですか?」
「うむー。特に話しても面白い事ではないしなー」
面白い事ではない……って事は、チヨリさんにもそれなりの経験はあるって事ですかね?
まぁ、チヨリさんにもそういった経験があっても全然おかしい話ではないですしね。
むー……凄く気になります!
それに、ずるいです!
だって、僕は正直にシアさんの事を話したのですよ?
それなのに、僕ばっかり秘密にされるのはずるいですよね?
なので、思い切ってチヨリさんにその事を聞いてみる事にしたのですが……。
「大人には大人の事情があるからなー」
と、やっぱりはぐらかされてしまいました。
見た目だけなら僕よりも幼く見えるのにそれはないですよね?
まぁ、少なくともチヨリさんにも過去にはそういった経験があるかもしれないという事がわかったので少しだけ収穫はあったかもしれません。
ですが、それはそれでどんな相手なのかが気になりますけどね。
子供に見えるチヨリさんとお付き合いするという事は傍からみればそういう趣味があるのかと思われても仕方ないので、結構な度胸がないとチヨリさんの相手は務まらないような気がします。
そんな事を考えながら歩いていると、僕たちは湖を一周してしまい、フルールさんから預かった鍵のある家へと戻ってきました。
となれば、やる事は一つですね。
「ふむー? これでいいのかー?」
「はい。後は湖に向かってポーンと投げれば大丈夫ですよ」
「ふむー。最近の釣り道具は便利だなー」
「便利ですけど、簡単に釣れるわけではないですよ」
やっぱりトレンティアといえば釣りですよね!
「それじゃ、勝負ですね!」
「うむー。まー、負けないけどなー」
意外と負けず嫌いな所もあるみたいですね。
ですが、トレンティアで釣りをするのは三回目になります。
流石に僕の方が有利なので、負ける筈がないですよね……。
と思っていた時期が僕にもありました。
「うむー。この大きさはなかなかだなー」
「そ、そうですね」
おかしいです。
「ユアンの魚もなかなかだなー」
「はい。この魚は前にも釣って食べましたが、美味しかったですよ」
前に経験している事もあり、僕は前よりも順調に魚を釣りあげられています。
「おー、また釣れたなー」
ですが、それ以上にチヨリさんが釣るペースが早すぎます!
「よく釣れますね」
「うむー。釣りは昔から得意だったからなー」
「そうなのですか?」
「うむー。むしろこれくらい簡単に出来なかったら食べる物に困るからなー」
生きる為の手段だったという事ですかね?
そう考えると、チヨリさんはかなり過酷な時代を生き抜いてきたのでしょうか?
「そうかもなー。ユアンは中央にある都を知ってるかー?」
「あ、知っています。確か、大量の食糧を備蓄してあるのですよね?」
「うむー。それが作られた理由も知ってるかー?」
「はい。昔、アルティカ共和国で大規模な飢饉があって、それがきっかけで戦争に発展したからですよね?」
「うむー。それ以外にもわっちは色々と体験してるからなー」
今でこそアルティカ共和国は豊かな国の集まりとなっていますが、昔は違ったみたいですね。
そう思うと、僕たちは凄く恵まれていますよね。
そして、それがあるのもチヨリさん達が厳しい時代を生き延び、僕たちに繋げてくれたからですよね。
これは感謝しても感謝しきれませんね。
ですがその前に……。
「チヨリさん、幾ら何でも釣り過ぎではありませんか?」
「そうかー? 勝手に魚が掛かるだけだぞー」
気づけばチヨリさんの釣り上げた魚は僕の三倍以上になっていました。
おかしいですよね?
針に餌つけ、その針を飛ばすまでは僕と全く一緒の事をしてるのですよ?
なのに、チヨリさんの針が水面に落ちるとその直後には魚が針へと食いついているのです。
「何かコツみたいなものがあるのですか?」
「コツかー? 魚が居る所へと針を投げるだけだなー」
「それは僕もやってますよ」
あまりにも差が開きすぎたので、僕は探知魔法を使い、魚が居る場所を狙っていました。
ですが、どうしても魚が掛かるまでに時間がかかります。
「それはユアンの動きが悪いからだなー」
「僕の動きですか?」
「うむー。まー、みとけー」
チヨリさんが竿を振るい、餌のついた針を湖に落とします。
すると、やっぱり魚は直ぐに釣れました。
「わかったかー?」
「全然わからないです」
「針の動きをみとけー」
「針の動きですね?」
「うむー。いくぞー」
チヨリさんが再び針を飛ばしました。
僕はそれをじっくりと観察します。
「あっ! 針が動いてます!」
正確には餌のワームがですね。
その動きをみるとまるでワームに羽が生え飛んでいるようにも見えます。
「魚にも目があるからなー。後は、水面に落ちたら羽虫が溺れているように見せかけるのがコツだなー」
ただ針を沈めるだけではなくて、魚が食いつくように誘っていたのですね。
「細かな魔力操作が出来るからこその芸当ですね」
「うむー。釣りは技術だからなー」
後はそれを実行する為の知恵もですね。
悔しいですが、これは完敗ですね。
僕にはその技術も発想もありませんでしたからね。
「やっぱりまだまだチヨリさんから学ぶことは沢山ありますね」
「そうかもなー。まー、生きている間に色々と学んでおくといいぞー」
「そうですね。なので、これからも長生きして色々と教えてくださいね?」
「うむー。出来る限りなー」
その後、暫くするとみんなも合流し、一緒に釣りを楽しむ事になりました。
その時間はとても楽しく、とても充実した時間に思えました。
しかし、ただ一つ、チヨリさんの表情が気になりました。
ふとした瞬間に、チヨリさんは僕たちを見守るような表情を見せるのです。
優しくて、不安な気持ちにさせるその表情が僕はとても気になったのです。
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