第609話 補助魔法使い、チヨリとトレンティアへ行く

 「はい、着きましたよ!」

 「ここが、トレンティアなのかー?」

 「そうですよ。どうですか?」

 「どうと言われてもなー」


 それもそうですね。

 転移魔法で飛んできたのはいつもの洞窟の中に作られたお家ですので、どうもこうもなかったですね。

 という訳で、僕はチヨリさんを連れて外へと出ました。


 「これでどうですか?」

 「うむー。綺麗な場所だなー……」

 「気に入って貰えましたか」

 「うむー」


 こうみると本当に子供のようにしか見えませんね。

 返事はあまり興味なさそうに聞こえますが、チヨリさん視線はあちこちへと移り、尻尾をふりふりさせています。

 

 「でも、聞いていたイメージとは少し違うなー」

 「もしかして湖ですか?」

 「うむー」

 「それなら少し歩けばすぐに見えてきますよ」

 「そうなのかー?」

 「はい、早速見に行ってみましょうか」

 「そうだなー。こっちかー?」

 「はい、そっちですよ」


 チヨリさんのトレンティアのイメージはやっぱり湖のようですね。

 まぁ、それは僕もですけどね。

 どうしてもあの大きな湖を見てしまうと、トレンティアの由来となったトレントよりも大きな湖を意識してしまいます。


 「おー、凄いなー」

 「相変わらず綺麗ですね」


 森の中を歩き、暫く進むと僕たちの視界には大きな湖が映り、相変わらずの大きさと美しさに思わず足を止めて見入ってしまいました。

 しかし、それも束の間で直ぐに僕たちはとある事に気付きました。


 「なんだか、凄く賑わってるなー」

 「そうですね。忙しいと聞いていましたが、本当みたいですね」

 

 湖の周りには人の姿が多く見られました。

 主に家族ですかね?

 子供を連れた集団が何組も居るのがわかります。


 「旅行なのですかね?」

 「そうかもしれないなー」

 「でも、どうしてこんなに賑わっているのでしょうね。去年僕が来た時にはここまで賑わっていませんでしたよ?」

 

 これだと湖に接している宿は全て埋まってしまっていそうな感じです。

 

 「それは、トレンティアが公国になったからよ」

 「それだけですか?」

 「後は今年は去年に比べて平和だからじゃないかしら?」

 「平和……あっ、そういえば去年は国境を越えられなかったですね」

 「そういう事よ。それよりも、反応が薄いんじゃないかしら?」

 「いい加減慣れましたからね」


 気づけばフルールさんが僕とチヨリさんの背後に立っていました。

 もちろん、僕もチヨリさんも気付いていましたよ?

 なので、特に驚いたりはしませんでした。


 「それにしても、チヨリが来るなんて珍しいじゃない」

 「うむー。とりあえず、久しぶりだなー」

 「えぇ、久しぶり。年越し以来だったかしら?」

 「そうだなー。こうして話すのはその時以来かもなー」

 「そうね。ユアン達の結婚式では話す時間はとれなかったわね」


 そんなに二人は会ってなかったのですね。

 それは悪い事をしました。

 特に二人は仲がいいという訳ではありませんが、年末の時はローゼさんとアリア様も含め一緒にお酒を呑んだりしていました。

 そういった親交があるのにも関わらず、機会を設けなかったのは僕の責任でもありますね。

 

 「それで、今日はどうしたのかしら?」

 「今日はいつも通り魔力水の補充とチヨリさんと旅行にきました」

 「旅行?」

 「はい。何でもチヨリさんはほとんどアルティカ共和国から出た事がないみたいなので、色々連れて行ってあげようかと思いまして」

 「そういう事ね」

 「ですが、この様子ではゆっくりできそうになさそうですね」

 

 もちろん、トレンティアからしたらこれだけの観光客が来てくれるのはいい事だと思います。

 ですが、流石にこれだけの人で溢れかえっていると、静かに過ごしたいと思う人にはちょっと落ち着かないかもしれませんね。


 「ユアンー、わっちはトレンティアに来れただけでも十分だからわっちの事は気にしないでいいぞー」

 「でも、折角なら色々と堪能して欲しいじゃないですか。トレンティアは本当に素敵な所なので」

 「うむー。これだけの人が集まるのだからそれはわかっておるぞー。そうじゃなければ、人は集まらないからなー」


 豊かな自然に美味しい食べ物、釣りやボートなどの娯楽も溢れていますからね。

 子供から大人まで楽しめるのがトレンティアの特徴です。

 そう考えると、ナナシキは人を楽しめるものがまだまだ少なく思えますね。

 

 「ユアン、貴女も成長したわね」

 「えっ? 何がですか?」

 「そこまで言われたら期待に応えるしかないじゃない」

 「あっ! べ、別にそういう意図ではありませんよ! ただ、トレンティアは本当に素敵な所だと思っているだけで……」

 「そうね。トレンティアはいい所よ。だから、今日は二人をもてなしてあげるわ。二人とも時間はあるのでしょう?」

 「僕は大丈夫ですが、チヨリさんはどうですか?」

 「わっちも平気だなー。ただ、ポーションの在庫を造るのが出来ないくらいだなー」

 「その辺りは調整するから平気よ。間に合わないようならローラをこき使って構わないし」

 「うむー。その時はそうさせて貰うぞー」


 二人とも容赦がないですね。

 ローラちゃんはまだまだ子供ですが、本人が知らない所で働くことが決まってしまいました。

 僕の責任なので後で謝っておかないといけませんね。


 「決まりね。お昼はもう済んだのかしら?」

 「はい。お昼は食べてきましたよ」

 「そう。なら、夕食はローゼの家でとりましょう。後で招待を送るわ。それまではゆっくりしていて」

 

 そう言いながらフルールさんは鍵を僕に渡してきました。


 「この鍵は……いいのですか?」

 「いいのよ。ユアン達は特別だから。むしろもっと遊びに来てもいいのよ? その為にいつも家を空けてあるんだし」

 「出来ればそうしたいのですが、色々と忙しくて中々時間がとれないのですよね」


 それに、遊んでいる暇はあまりなかったりしますからね。

 主にスノーさん達がですけど。


 「それはスノー達の手腕の問題よ。ま、貴方達が忙しいのは知っているからあまり無理強いはしないけど、たまには羽くらい伸ばしなさい」

 「わかりました。今日はそうさせて頂きます」

 「えぇ。後で貴方の仲間たちには私から声を掛けといてあげる」

 「いいのですか?」

 「いいのよ。夜にはチヨリを借りるし、一人じゃ寂しいでしょ?」


 流石に一人は嫌ですね。

 なので、フルールさんの言葉に甘える事にしました。


 「それじゃ、後で声を掛けるからそれまで、チヨリの事は貴女に任せるわね」

 「はい! 任せてください! チヨリさん、行きますよ!」

 「うむー。フルール、また後でなー」

 「えぇ、また後で」


 すぅーっとフルールさんの体が透けて消えていきました。

 気配も感じませんし、ローゼさんに報告に行ってくれたみたいですね。


 「それじゃ、チヨリさん行ってみたい所や、やりたい事はありますか?」

 「わっちは特にないなー。というよりも、何もわからないぞー」

 「それもそうですね。それじゃ、僕が色々と案内しますね!」

 「うむー。全部任せたー」


 といっても、僕もトレンティアの全てを知っている訳ではないので手さぐりになりますけどね。

 それでも、トレンティアの楽しみ方は少しは知っているつもりです!

 という事で、僕とチヨリさんは手を繋いで二人で色々な場所を回る事にしました。

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