第608話 補助魔法使い、チヨリのお店を手伝う

 「チヨリさん、お久しぶりです」

 「久しぶりだなー。もういいのかー?」

 「とりあえずはって感じですかね? でも、まだまだやることは山積みですよ」

 「そうなんだなー。別に無理はしなくてもいいぞー?」

 「いえ、気分転換にたまにはお手伝いしますよ」

 「そうかー。なら、頼むなー。街の奴らも喜ぶだろうからなー」


 ナナシキへと戻って数日後、少しだけ余裕の出来始めた僕はチヨリさんを手伝うためにお店へとやってきました。

 こうしてお店を手伝うのも一か月ぶりくらいになりますね。

 たったそれだけの期間なのに、隣に座るチヨリさんを見ると凄く懐かしい気持ちになるのは不思議ですね。

 それと同時に、ふつふつと込み上げる気持ちもあります。


 「やっぱり平和が一番ですね」

 「大変だったかー?」

 「大変でしたよ。色々と」


 楽しい事も沢山ありましたけどね。

 ですが、楽しい事と大変だったことのどっちが多いかと聞かれれば大変だった事の方が遥かに多く、それは今も続いていますからね。


 「そういえば、こっちの方はどうだったのですか? 今日はローラちゃんの姿が見えないみたいですけど」

 「ローラは一時的にトレンティアに戻ってるぞー。なんでも、トレンティアへの観光客が多いみたいだなー」


 トレンティアへの観光客が増える時期みたいですね。

 言われてみれば、最近では暑い日が増えてきました。

 リアビラという凄く暑い場所に行っていたのであまり気になりはしませんでしたが、意識してみると、ナナシキも随分と暑くなりましたね。

 

 「この時期だけでもトレンティアで過ごしたくなりますね」

 「そうなのかー?」

 「はい。緑に溢れ、湖もとても大きくて綺麗ですので、暑さを忘れる事が出来ますよ」

 「そうなのかー。死ぬ前に一度くらいは行ってみるのも悪くないかもなー」

 「縁起でもない事を言わないでくださいよ。チヨリさんには長生きして貰わないと困ります!」

 「そうだなー。ユアンが王様になるまでは死ねないなー」

 「その先も見守ってくれないと嫌ですよ」


 これはチヨリさんだけではありません。

 ナナシキに住む全ての住民には元気に長生きして貰いたいと思っています。


 「というか、チヨリさんはトレンティアへと行った事はないのですか?」

 「うむー。わっちはないなー。アルティカ共和国からほとんど出た事がないからなー」


 それは意外ですね。

 チヨリさんの実年齢はわかりませんが、かなりの年月を生きている事は予想できます。

 それなのに、アルティカ共和国からほとんど出た事がないというのはとても意外です。

 むしろ、僕たちのお手伝いとしてルード帝国に来てくれたのが初めてみたいですね。


 「遠くに行ってみたいとか思わないのですか?」

 「あまり思ったりはしないなー」

 「どうしてです?」

 「自分の居場所があるからだなー」

 「ナナシキがって事ですか?」

 「うむー。ユアン様が居て、仲間がいる場所だからなー。遠くに離れた時に最後を迎えるのが恐いと思うなー」

 

 チヨリさんの居場所がナナシキだと思ってくれているのは凄く嬉しいですが、最後とかはやっぱり言わないで欲しいですよね。


 「チヨリさんが居なくなったら、本当に寂しいので長生きしてくださいね?」

 「そうは言ってもなー……人の最後なんて呆気ないものだぞー?」

 「そうかもしれませんけど、一日でも長く生きてくださいね?」

 「うむー。努力はするなー?」

 「約束ですよ?」

 「うむー。それよりも、ユアン達の話も聞かせてくれないかー?」

 「あっ、そうでしたね」


 開店まではまだ時間はありますし、近況の報告をしておくのもいいですね。


 「それは大変だったなー」

 「本当ですよ。まぁ、大変なのはこれからですけどね」

 「そうだなー。だけど、街が賑やかになるのはいい事だと思うぞー」

 「チヨリさんもそう思ってくれるのですか?」

 「みんなそう思ってると思うぞー。まー、それで治安が乱れるのは好ましくないけどなー」

 「大丈夫ですよ。警邏隊の人も兵士さんも増えてますからね」


 砂漠で出会った傭兵蟻さん達がスノーさんと契約を交わしたことにより、街の兵士さんとして働いてくれる事になりました。

 しかも、傭兵蟻という魔物は人間と意思疎通を図る事ができる賢い魔物というお陰もあってか、直ぐに人化ができるようになりましたからね。

 そのお陰でもあって、ナナシキの戦力も着実に強化されています。


 「まぁ、もともと魔鼠さん達がそこら中にいるので悪さしようと思っても出来ないですけどね」

 「それもそうだなー」


 ナナシキで悪だくみをしていればラディくん達が直ぐに発見しますし、仮に出来なくても行動に移せば空からはキティさんの配下が直ぐに気づき、鎮圧に影狼族の人達やリオンちゃん達コボルトさん達が直ぐに動きます。

 なので、人が増えても治安が悪くなるといった事は今の所は大丈夫です。


 「それに、代表の方達もよく頑張ってくれていますからね」

 「確かにそうかもしれないなー。最近では魔族の人らがポーションを買いに来たりするようになったなー」

 「チヨリさんのお店も更に繁盛しているのですね」

 「ここのお店で稼ぐのは趣味みたいなものだけどなー」

 

 趣味といいますが、ナナシキで一番稼いでいるのは間違いなくチヨリさんですけどね。

 他のお店も含めればイルミナさんが一番かもしれませんが、ナナシキ限定になれば間違いなくチヨリさんが一番です。

 前にナナシキはどうやってお金を確保しているのかスノーさんに聞いた事があったのですが、チヨリさんが税金を沢山納めてくれているからと言っていたのを聞いた事がありますからね。

 そして、二番がイルミナだという事も。

 

 「なので、これからもよろしくお願いしますね」

 「うむー。生きている間は任せるといいぞー」

 「もぉ、だからそういう不安になるような事は言わないでくださいよ」

 「そうだったなー。気をつけるなー」

 「お願いしますね?」

 「うむー」


 んー……僕のお願いに頷くチヨリさんですが、心なしか今日のチヨリさんは元気がないというか、気力がないように見えますね。

 僕たちが居ない間に何かあったのでしょうか?

 僕にとってチヨリさんはとても大事な方と言えますので、凄く心配になりますね」

 よし!

 ここは一つ思い切って聞いてみましょうか。

 

 「あの、チヨリさ……」

 「おっ、今日はユアンちゃんが居るのか! これは他の奴らにも教えてやらねぇとな!」

 「あっ……」」


 しかし、間が悪い事に、その質問をする前に街の人に気付かれてしまったみたいです。

 

 「何か言ったかー?」

 「はい。ですが今から忙しくなりそうなのでまた後で聞きますね」

 「そうだなー。この調子じゃ、いつも以上に盛り上がりそうだしなー」

 「今までの傾向だとそうですね」


 クリスティアやガンディアへといった後もそうでしたが、僕が長い間ナナシキを離れた後って凄く忙しくなるのですよね。

 それだけ街の人に愛されているという事がわかるので嬉しいのですが、質問攻めにあったりするのでそれなりの覚悟が必要だったりもします。

 そして、その予想はやはり当たりました。

 

 「ユアンちゃん、日に焼けなかった?」

 「はいっ! それなりに対策はしていたので大丈夫ですよ!」

 「これはお土産だから、家で食べてくれ」

 「ありがとうございます。えっと、本当ならこっちがお土産を用意する立場なのにすみません」

 「ユアン様ー、握手してー」

 「はい。お母さんの言う事を聞いてお手伝いを頑張ってくださいね」

 「聖女様、是非今度教会にー……」

 「僕は聖女ではありませんよ! ですが、今度遊びに行かせて頂きますね」


 こんな感じでいつも以上に人が集まってきました。

 中にはアーレン教会の人まで混ざっていたりもしましたね。

 

 「ふぅ……疲れました」

 「お疲れ様なー。まー、お茶でも飲めー」

 「ありがとうございます」


 本当に疲れました。

 ですが、こうしてみんなとお話できるのは楽しいですね。

 

 「午後からはどうしますかー?」

 「うむー。私はいつもどおりポーションの制作だなー」

 「そうなのですね。手伝いますか?」

 「うむー。だけど、その前に魔力水の補充をお願いしてもいいかー? ローラが来れないから残りが心もとなくてなー」

 「わかりました。お昼を食べたら直ぐに行ってきますね」

 「急がなくても大丈夫だけど、頼んだぞー」

 「はい」


 その後、僕はチヨリさんと昼食をとりトレンティアへと向かう事になりました。

 

 「あっ、そうだ折角なのでチヨリさんもトレンティアに行きませんか?」

 「わっちもかー? うむー……」

 「嫌なのですか?」

 「そうだなぁー……」

 「えっと、僕も一緒ですよ?」

 「そうだなー……なら、行ってみるかー」


 結構悩んだみたいですが、一緒に行く事を決めてくれたみたいですね!

 

 「それじゃ、出かけましょうか!」

 「うむー……」

 「はい、手を繋いでください」

 「こうでいいかー?」

 「はい!」


 こうして手を繋いでいると、子供とお出かけしているみたいな気分になりますね。

 だって、僕よりも小さい子がソワソワしているのですからね。

 普段の落ち着いているチヨリさんを見ているからなのか、今のチヨリさんを見ていると凄く新鮮な気持ちになります。


 「行きますよ?」

 「うむー……」


 チヨリさんがギュっと手を握ってきます。

 それが微笑ましくて、僕も手を握り返してあげました。

 

 「では、トレンティアへ!」

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