第602話 補助魔法使い、リコのお願いを聞く

 「久しいな、我が子よ」


 そう言って僕の目を真っすぐに見つめるのはリコさん。

 しかし、僕は知っています。

 目の前で話すこのリコさんはリコさんであってリコさんではないという事に。

 と思いましたが……これは、うん。


 「リコさん? いきなりどうしたのですか?」

 「あり? わかちゃった?」

 「わかりますよ。にやにやしてましたからね」


 真面目な表情を取り繕っていましたが、口の端が吊り上がってましたからね。

 

 「いや~。ユアンちゃんをからかうのも難しくなってきちゃったね~」

 「別に無理にからかわなくてもいいですけどね。それよりも、これはどういう事ですか?」

 「ん~? 何がだい?」

 「何がって、この状況ですよ。これはリコさんの仕業ですよね?」


 改めて周りを見渡しても不思議な現象が起きています。

 まるで僕とリコさん以外の時間が止まってしまったみたいになっているのです。


 「みたいじゃなくて、実際に止まっているんだよね~」

 「えっと、本当にですか?」

 「本当だよ~?」


 いつもの軽い口調で言われても説得力がないように思えますが、実際に目の前で起きている事を考えれば本当ですよね。


 「という事は、やっぱりリコさんがやっているのですよね?」

 「うんうん。これをやってるのは私だねぇ」

 「何の為にですか?」

 「必要だからだよ? ユアンちゃん達の為にね」

 「僕たちの為、ですか?」

 「うんうん。ユアンちゃん達の目的はなんだい?」

 

 僕たちの目的ですか。

 ナナシキを出発してから色々な事がありましたが、目的は一つです。

 

 「闇の龍神様にお会いする事です」

 「そうだよね。だけどさ、もし闇の龍神が敵だったらどうするつもりだい?」

 「それはかなり困りますね」


 むしろ困るで済めばいい方ですね。

 これまでに龍神様にお会いしてきましたが、どの龍神様もとてつもない力を持っている事を僕たちは知っています。

 そんな相手が敵で戦う事になったら僕たちが無事で済む保証はどこにもありません。


 「そうだよね~」

 「えっと、その言い方からすると闇の龍神様は敵なのですか?」

 「どうかなぁ~? もし、ユアンちゃんがこの立場だったらどう思う?」


 闇の龍神様の立場ですか…………あっ、かなりやばいかもしれません。


 「えっと、僕だったら怒り狂うかもしれないです」

 「そうだよね。鎖に繋がれ、魔力を抜かれていいように使われたら誰だっていい気分ではないよね」

 「でも、それをやったのは僕たちではなくて……」

 「この国の【人間】だね」


 人間という部分をリコさんは強調しました。

 強調したという事は意味があるという事ですね。


 「えっと、龍神様からしたら人間はどれも一緒という事ですか?」

 「そう考えてもおかしくはないんじゃないかな?」

 「だとしたら、かなりマズいですよね?」

 「そういう事だね。このままだったらかなりマズいだろうね~」

 

 それでリコさんは時間をとめて、龍神様が目を覚ます時間を稼いでくれていたという訳ですね。

 リコさんがどうしてそんな事を出来るかはわかりませんけどね。


 「まぁ、必ずしも敵とは限らないけどね。むしろ、話せばわかってくれると思うよ」

 「そうだといいですけどね」

 「大丈夫だよ。だって、それよりもマズい事が起きているからね~」

 

 そう言ってリコさんが見たのは鎖に繋がれ宙吊りの状態でうつむく闇の龍神様でした。

 

 「もしかして、かなり弱っていますか?」

 「うん。ほぼ、空っぽだね」

 「魔力がですか?」

 「ううん。全部だよ」


 体力、魔力、気力など生きるために必要な力が失われている状態だとリコさんは言いました。


 「まだ間に合いますか?」

 「いや、もう限界だよ。この体ではね」

 「という事は、闇の龍神様は……」


 助からないという事でしょうか?

 

 「いや、普通に大丈夫だよ~?」

 「えっ? でも、リコさんはもう限界と言いませんでしたか?」

 「言ったけど、あくまでその体では限界って事だよ?」

 「どういう事ですか?」

 「ん~? 説明するよりも、実際に見てもらった方が早いかな……ほいっ!」


 リコさんが鎖に繋がれた闇の龍神様へと手向けると、それだけで鎖は弾け、鎖から解放された龍神様はゆっくりと落下し、そしてリコさんに抱きかかえられました。

 しかし、それも一瞬でした。


 「あっ、龍神様の体が!」


 真っ黒の珠となり、徐々に崩れていきます。


 「だ、大丈夫なのですか?」

 「大丈夫だよ。それよりも、お願いがあるんだけど、いいかな?」

 「僕に出来る事なら構いませんけど……」


 正直言って、今目の前で起きている出来事のほとんどが理解できていません。

 それなのに僕が出来る事があるのでしょうか?


 「そんなに心配しなくても平気だよ。簡単なお願いだからね。ジーアを、連れてきてくれればそれでいいよ?」

 「ジーアさんをですか?」

 「うんうん。お願いできるかな?」

 「できますけど、ジーアさんは大丈夫なのですか?」


 今の状況はかなり特殊な状況な筈です。

 何せ、リコさんの魔法なのか、それと不思議な力なのかわかりませんが、みんなの時が止まっているくらいです。

 そんな中にジーアさんを連れてきても大丈夫なのか心配になります。


 「ジーアなら問題ないよ~」

 「本当ですか?」

 「本当だよ~。私がジーアを危険に晒す訳がないさ」


 それもそうですね。

 リコさんはジーアさんの事を大切に思っている事は見ているだけで伝わってきます。

 そのリコさんが大丈夫と言うのなら本当に大丈夫なのだと思います。


 「では、直ぐに戻るのでちょっと待っていてくださいね」

 「ほいほい。気をつける事は特にないけど、気をつけてね~」

 

 という事で、僕は転移魔法陣を設置しナナシキのお家へと飛びました。

 転移魔法ではなくて転移魔法陣を使ったのはあの場所に帰りやすくするためにです。

 リコさんが力を使っているからなのか、魔力が安定しないというか、ちょっと妨害されているような感覚がして、転移魔法が失敗する可能性があったのですよね。

 それはさておき、お家へ帰った僕はジーアさんを見つけ、今起きている事を説明しました。

 しかし、僕の説明が悪かったのかジーアさんは首を傾げるばかりでした。

 まぁ、僕がちゃん起きている事を理解できていないのに説明できる訳がありませんしね。

 なので、最終的にはリコさんがジーアさんを必要としていると説明して一緒に来て頂ける事になりました。

 それで来てくれるのはジーアさんがリコさんの事を信頼している証拠でもありますね。


 「リコさん、戻りました」

 「お姉ちゃん、私が必要って聞いたけど……」

 「うん。急に呼び出してごめんね」

 

 リコさんの元へとジーアさんと戻ると、既に闇の龍神様の姿は完全になくなっていました。

 ですが、その代わりと言えるのですかね?

 リコさんの右手の上に漆黒の球体が浮かんでいます。

 恐らくですが、あれが闇の龍神様なのだと思います。


 「ううん。平気だよ。それで、私は何をすればいいの?」

 

 ジーアさんの質問にリコさんは笑顔を浮かべました。


 「特に難しい事ではないけどさ……悪いけど、ジーアも神様になって欲しいなと思ってね? お願いできるかな?」

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