第588話 龍人族の幼女、夢を叶える
「何しに来たのですか? シノさんはアーリィまでしか来ないって言っていましたよね?」
街が見え、船を止めると転移魔法でシノさんが現れました。
しかも、大人しそうな大きな魔物を二体引き連れてです。
最初はその事に驚きましたが、大人しく船の上で丸まっているので大丈夫だと判断し、シノさんが現れた理由を問い詰めました。
何となく理由は想像できていますけどね。
それでも一応聞いてみる事にしたのです。
「そんなに警戒しないで貰えるかな? 見ての通り、この子達は大人しいよ」
「それはわかっていますよ。僕が聞いているのはそこではなくて、別の理由です」
「理由なら簡単さ。君たちはここから街まで歩いて行くつもりかい?」
「そのつもりですよ」
それ以外に方法はありませんからね。
「やっぱりね」
呆れたようにシノさんはため息をつきました。
「何か問題でもあるのですか?」
「あるからこうしてきているんだよ。君たちは何のために船でここまで移動してきたんだい?」
「砂漠の移動が大変だからですよ」
「そうだよね。それなのに、ここからは徒歩で向かうつもりかい? その服で」
「仕方ないじゃないですか。こういう服で向かう事は決まっていた事ですからね」
「そうだね。だからこそ、別の移動手段が必要なんじゃないかい?」
「あれば助かりますけど……あれ、もしかして移動手段を持ってきてくれたのですか?」
「そうだよ。どうせ船で移動できることがわかった時点でその先は考えていないだろうと思ってね」
全てお見通しだったという事ですね。
恥ずかしながら、シノさんの言う通りです。
僕たちは船があるから移動は問題ないと思いこんでいました。
ですが、よく考えればそれはあり得ません。
今の状態を見ればわかりますが、船で近づけるのは限界があります。
「ですが、本当の理由はそれではないですよね?」
シノさんともそれなりの付き合いになってきたので僕にはわかります。
シノさんは気を利かせて移動手段を持ってきてくれたと言いますが、初めから予想していたのなら、船のように最初から教えてくれた筈です。
それなのに、こうして後になってから用意してくれたのは、別の理由を悟らせないためです。
「残念だ。君もしっかりと成長しているらしい。その通り、僕がここに来たのには別の理由がある」
「知っていますよ。それで?」
「まぁ、簡単に説明すると……妹の可愛い姿を見たかったからかな?」
「ぼ、僕の……ですか?」
「うん。そのドレスはあの時に着なかったよね? 僕が思うに、君に一番似合うのはそれだと思っていたからどうしても見たくてね」
「そ、そんな事の為にわざわざ来たのですか?」
「そうだけど?」
当たり前でしょ?
と言いたげにシノさんが僕の事を見てきます。
馬鹿です。
ここにお馬鹿な人が居ます!
「どうしたんだい?」
「どうもしないですよ!」
うー……ただでさえこんな格好は恥ずかしいのに、マジマジと見られると余計に恥ずかしくなります!
それでも意識しないように頑張っていたのに、そんな事を言われたらどうしても意識してしまいますよね……。
「というか、シノさんは僕をからかいたくて来ただけですよね?」
「そんな事ないよ? これは本心だからね」
「むぅ……アカネさんに怒られますよ」
「どうしてだい?」
「兄妹とはいえ、女の人をそんなに褒めると、アカネさんが嫉妬してしまうと思います」
「そんな事ないさ。仮にだよ? リンシアがルリの事を褒めたら君は嫉妬するかい?」
シアさんがルリちゃんをですか?
んー、それはしないと思いますね。
むしろ、ルリちゃんが可愛い格好をしていたら、シアさんと一緒に見て見たいと思うくらいです。
「それと同じだよ」
あ、確かにそう言われると、そうかもしれませんね?
「ユアン騙されてる」
「ふぇっ!? 何がですか?」
「シノは男。条件が違う」
「あっ! そうですよ! 条件が違います!」
危うくまた騙されるところでした!
そうです。男性が女性に可愛いと思うのはまた違います!
「僕としては同じ感覚なんだけどね。まぁ、いいや。実際に君にそのドレスは似合っているからね。リンシアもそう思うでしょ?」
「うん。それは同意。何よりもエロい」
「え、エロくないですよ!」
「そんな事ない。肩も鎖骨も出ていて、ドレスの裾も短い。それなのに、色は青を基調にした子供らしさもある。そのギャップがエロい」
「し、真剣な顔でそんな事を言わないでください!」
うー……顔が熱いです。
これは気温とか陽の光のせいではないとわかります。
きっと、今の僕は顔が真っ赤な気がします!
仕方ありません。
こんな時は話題を変える。
それが一番です!
「それよりも、この子達は何なのですか!?」
「露骨に変えてきたね。まぁ、僕としては満足したからいいんだけどね」
「それなら早く教えてください」
「まぁまぁ。そんなに慌てなくても説明するよ。その前に……」
シノさんは船からふわりと浮き上がり、砂漠へと降りると収納魔法から馬車を取り出しました。
「もしかして、それが移動手段ですか?」
「そうだよ。その魔物は馬車を牽くために連れてきたんだ。まぁ、馬ではないから馬車ではないんだけどね」
「それじゃ、何なのですか?」
「竜車とでも呼べばいいのかな? 一応その魔物は竜種だからね」
全然触れていませんでしたが、船の上で寛いでいる魔物はパっと見は大きなトカゲでした。
ですが、シノさんが言うのはこの魔物は竜種みたいです。
「その割には大人しいですね」
「そういう性格だからね。だけど、竜種なだけあって力はあるよ」
「これもルード帝国から盗んできたのですか?」
「物騒な事は言わないでくれるかい? あくまでこれは僕のペットだからね」
信じられませんね。
シノさんのお家でこの子達の姿は見た事はありません。
ペットというのなら一緒に住んでいる筈ですよね。
つまりは、また別の所から連れてきたという事です。
「でも、どうしてこの子達を選んだのですか?」
「これが一番自然だからだよ。砂漠での移動といえばこの子達だからね。リアビラ領では比較的よく見かける魔物だよ」
「そうなんですね。ちなみに、何て名前なのですか?」
「名前なら君たちがつけてあげるといいよ」
「違いますよ。そっちの名前ではなくて、僕が知りたいのは魔物の名前で……」
知りたいのは魔物の正式名称でした。
それをシノさんに尋ねていると、僕の質問を遮るように、大きな声が響き渡りました。
「こっちがサラで、こっちがデル! 名前は決まったぞー!」
声の主はサンドラちゃんでした。
サンドラちゃんは随分とこの子達が気に入ったようで、尻尾を枕にするように丸まった魔物達を撫でていましたが、シノさんが名前をつけてあげるといいと言うと、目を輝かして高らかに名前を呼びあげました。
その瞬間、僕は見逃しませんでした。
シノさんがにやりと笑うと同時に、サンドラちゃんを中心に魔法陣が展開されたのです。
「な、なー!?」
「うんうん。契約は出来たみたいだね。それじゃ、僕はこの辺で」
「あっ! シノさん!」
またやられました!
シノさんは逃げるように転移魔法で姿を消しました!
「サンドラちゃん、大丈夫ですか?」
「びっくりしたけど、大丈夫ー。それよりも、これってアレだよなー?」
「はい……あれですね」
シノさんも言っていましたが、これは契約魔法です。
てっきり、僕の事をからかいに来たと思っていましたが、実はシノさんの本来の目的はこれだったのです。
それを証明するように……。
「あるじさま?」
「あるじさまだよね?」
サンドラちゃんが名前を付けた魔物が円らな瞳でサンドラちゃんを見つめています。
そして、見つめられたサンドラちゃんはというと。
「なー! 私も契約できたー!」
嬉しそうに魔物を引き寄せ、頭を抱きしめたのでした。
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