第578話 補助魔法使い達、アンデット大軍を発見する

 「では、エレン様! 先へと進みましょう」

 「うむ! スノーよ、ついて参れ!」

 「はっ!」


 休憩を挟む前のスノーさんが嘘のようです。

 さっきまで、僕に癒しを求めて抱きついてきたのですが、今は疲れる原因となったエレン様へと自ら声を掛けているくらいです。

 

 「はぁ……」

 「大丈夫?」

 「大丈夫ですよ。最後にシアさんが休ませてくれましたからね」

 「うん。ちょっとだけだったけど、ユアンが休めたなら良かった」


 シアさんが居なかったらと考えると本当に怖いです。

 結局、休憩だったのにも関わらず、僕はほとんど休む事が出来ませんでした。

 実際にはその辺の岩へと腰を下ろして座っていたので体自体は休めたのですが、そこにみんなして順番にやってきては僕の耳や尻尾を触ろうとしてくるのです。

 なので、精神的にかなり疲れたような気がするのですよね。


 「まぁ、もう少しで依頼も終わりそうですし、頑張りますけどね」

 「うん。だけど、無理はしない。エレンとスノーが張り切ってるから頑張る」

 「そうですね」


 やっぱり、僕たちが今進む道が原因だったようで、洞窟になっていたその場所には船と変わらない程のアンデット系の魔物が待ち構えていました。


 「それにしてもスノー殿も懲りないな。あのままではまたゾンビの体液に塗れてしまいそうだ」

 「多分自棄になっているだけだと思いますよ」

 「うん。あれはスノーの戦い方ではない」

 「これ以上エレン様に付き合うと心が持たないと思ったからだと思うの」

 「スノーも苦労するなー」


 なんだかんだ言って、スノーさんは損な役割ばかりですね。

 性格なのか、それとも運命なのか。

 スノーさんはその役割からは逃れられないのかもしれませんね。


 「ならせめて、僕たちが手伝ってスノーさんが楽できるようにしてあげなければですね」

 「うん。前はスノーさんとエレン様、後ろにはシアさんとラインハルトさんが居ますので、安心して援護に集中できるね」

 「私も手伝うよ~」

 「私もやるぞー!」


 人数が多いとこれだけ役割分担出来るのはいい事ですね。

 かといって、これ以上弓月の刻のメンバーを増やす事はありませんけどね。

 一応は僕がパーティーリーダーで指揮する立場にありますが、正直言ってこれ以上人が増えたら的確に指示を出せない自信があります。

 ともあれ、僕たちは一丸となって奥へと進みました。


 「で、辿り着いたのがここと」

 「予想はしていたとはいえ、ここまで予想通りだと拍子抜けしますね」

 「だからといって、油断は出来ない」

 「そうですね。ここで失敗したら今日の全てが無駄になると思うの」

 「そうだぞー。スノー、油断するなよー?」

 「どうして私に言うのかな?」

 「いつものスノーさんじゃないからですよ」


 さて、そんな冗談は置いておいて、僕たちはようやく原因と思われる場所へとたどり着きました。

 洞窟を進んだ先には人工的に作られたと思われる空間が広がっており、中央には魔法陣が展開され、それを守るようにゾンビやスケルトンなどの大量の魔物が配置されていました。


 「ゾンビはともかく、あれは面倒ですね」

 「大して変わらないから平気」

 「そうは言いますが、あれは屍鬼グールですよね?」


 オーガくらいある魔物が数体紛れていました。

 紫色の肌を持ち、発達した爪は三十センチほどはありそうで、口からは顎にも届きそうな牙を持った魔物が居たのです。


 「あれが屍鬼グールなんだ」

 「初めてみましたが、凶悪そうですね」

 「実際に凶悪だぞー。屍鬼グールはヴァンパイアの眷属とも呼ばれているからなー」


 有名な話ですね。

 ヴァンパイアとは魔族領に生息する魔物で、個体数は少ない物の、Aランク指定に認定されていて、生き血を吸う事で知られています。

 そして、ヴァンパイアによって血を吸われると、意識を乗っ取られ、行きた傀儡にされ、その果てが屍鬼グールとなると言われています。

 実際にはわかりませんけどね。

 噂によれば、魔族領の貴族にヴァンパイアの始祖が居るとも聞いた事がありますし、その事からヴァンパイアは魔物ではなく魔族だという話しもあります。

 そもそも実際にヴァンパイア見たという人がここ数十年いないとも言われているので、絶滅したのではないかと言われているくらいですし。

 っと、大事なのはヴァンパイアではなくて屍鬼グールでしたね。


 「サンドラちゃんの言う通りです。屍鬼グールは単体でBランクに指定されています」


 単純に、ヴァンパイアを抜きにしても強いのが屍鬼グールです。

 何よりも厄介なのが、あれが知恵のある魔物という事ですね。

 幸いにも今の所は屍鬼グールもゾンビも僕たちに気付いていないのか、それともただ動かずに僕たちが来るのを待っているのかわかりませんが、僕達に作戦を立てる時間があるという事です。


 「あの感じだと、屍鬼グールがゾンビとスケルトンを従えている感じがするね」

 「となると、各個撃破を狙った方がいいですかね? こちらと向こうで総力戦となり混戦になるのは収拾がつかなくなりそうです」

 「それも有り。だけど、統率を失った魔物は暴走する。それはそれで面倒」

 「私が全部燃やすかー?」

 「駄目だよ。サンドラちゃんなら出来るかもしれないけど、魔法陣の解析もしておいた方がいいと思うの」


 僕もキアラちゃんの意見に賛成です。

 あの魔法陣が何の役割を果たしているのかを調べて解析できれば今後に多大な影響を与えてくれると思います。


 「ラインハルトさんとリコさんはどうしたらいいと思いますか?」

 「私は各個撃破に賛成だ。仮に屍鬼グールを倒し、敵が暴走したとしても私達であれば対処は可能だと思うよ」

 「私もかな~。先制攻撃をしかけて魔法陣から離した所で殲滅するのが一番早くて楽だと思うかな」


 魔法陣から敵をこちら側に呼びこむのはいい案かもしれませんね。

 

 「となると、まずは魔物を引き付ける人が必要ですね」

 「そうなると私の出番かな。嫌だけど」

 「スノー殿が前に出るのであれば私も一緒に出よう。何かあった時に転移魔法で引く事ができるだろう」

 「なら私もでる。スノーとラインハルトが敵を引き付けている間に、私が数を少しでも減らす。スケルトンと屍鬼グールの」


 あくまでゾンビは無視する訳ですね。

 それでもシアさんが数を少しでも減らしてくれるのはスノーさん達も助かると思います。


 「なら、僕は全体の援護に回ります」

 「私はシアさんの援護に回りますね」

 「私はみんが引く時に手伝うなー」


 それぞれの役割は決まりましたね。

 では、行動開始しましょうか!

 と思った矢先でした。


 「なぁ……さっきから私の話が出ていないようだが、どうしてだ?」


 エレン様が僕たちの会話に加わってきました。

 自然な流れで始めようとしましたが、やはり気付かれてしまったみたいです。


 「ユアン殿、聞いているのか?」

 「あ……はい。聞いていますよ?」

 「良かった。無視されているかと思ったが、私の気のせいだったようだ。すまない……それで、私は何をすればいい?」

 「それはですねー……ふぇっ!?」


 エレン様はどうしようかとスノーさんに相談しようかと思い、スノーさんの方を見ると、プイっと露骨に顔を逸らされてしまいました。

 しかも、スノーさんだけではありません。

 みんなして僕に顔を合わせないようにしているのがわかります!

 ず、ずるいです!

 みんなエレン様の事を僕に押し付けようとしていますよ!


 「ユアン殿?」

 「は、はい!」

 「どうしたのだ? さっきから様子がおかしいようだが?」

 「全然ですよ! ちょっと考えていただけです!」

 「それなら良かった。で、私はどうすればいい?」

 「そうですね……」


 うー……正直かなり困ります。

 エレン様はエメリア様の騎士団長を務めていただけあり、剣術の腕はかなりありますし、魔剣を使った攻撃も凄まじいと聞いています。

 ですが、それが逆に困ってしまうのです。

 きっとエレン様をスノーさん達に合流させれば、引き際などなくなって混戦になるでしょうし、かといって僕達と一緒に援護に回ったらあの魔剣の力を引き出して魔法陣を含めて全てを破壊してしまうような気がします。

 つまりはどちらに加えても残念な結果になるとしか思えませんでした。

 素直にそれを伝えても納得してくれないような気がしますし……。

 なので、僕は困ったあげく、一つエレン様に仕事を与える事にしました。


 「エレン様、よければですけど僕たちの後ろを守って頂けませんか?」

 「ユアン殿達の背後を?」

 「はい。シアさん達が前に出てしまうので、僕たちの背後はがら空きになってしまいます」

 「確かにな。しかし、それだと私の活躍は見せれない事になるぞ?」


 やっぱり、どうしても前に出て戦いたいみたいですね。


 「そうなりますが、逆に見ればエレン様が一人で前を見ているとも考えられませんか? 船の方にはまだまだ魔物が沢山残っていると思います。ここで騒ぎを起こせばきっと船に潜む魔物がこちらを目指してくると思うのですよね」


 実際にどれくらいの魔物が船に残っているのかはわかりませんが、魔物が存在しているのは確かです。

 

 「なるほどな。つまりユアン殿は私に船の魔物を全て相手しろ、という事だな?」

 「そういう事になります。エレン様一人に任せる事になりますが、やっぱり厳しいでしょうか?」

 「ふっ、私を甘く見てもらっては困る。ゾンビやスケルトンなど百でも千でも斬り伏せてみせよう!」

 「ありがとうございます!」


 これしかありませんね!

 エレン様に余計な事をさせない為にはどう考えてもこの方法しかないと思いました!

 

 「ユアンさん……まるでシノさんみたいだよ」

 「うん。口で煽てて乗せるのはシノの常套手段」

 「エレン様の扱いが私よりも上手い。これからはユアンに任せても大丈夫そうだね」

 「スノーの肩の荷が下りるなー」

 「それだけは勘弁してください」


 シノさんに似ていると言われるのも心外ですし、エレン様の相手を任されても困ります!

 ともあれ、僕たちの方針はこれで決まりました。

 後ろをお願いしたエレン様が敵が来なくて痺れを切らして暴走しない限りはきっと上手くいくと思います。

 そうなったら僕がまたエレン様を説得するしかありませんけどね……。


 「では、作戦を開始です!」


 僕の合図でそれぞれが動き出しました。

 背後からエレン様が視線をこちらの方に向けて今にも動きだしそうなのが凄く怖いですが、信じていますからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る