第573話 弓月の刻、町長の依頼を受ける

 「あれが、そうなのですね………」

 「うん。酷い有様」


 アーリィの街で歓迎を受けた翌日、僕たち弓月の刻とシノさんとルリちゃんはアーリィから離れた岬へとやってきました。

 エレン様とリコさん、そしてラインハルトさんはお留守番ですね。

 

 「話には聞いていたけど、本当に酷い有様だね」

 「うぅ……身内として凄く恥ずかしいんだよっ!」


 目の前の状況を見て、ルリちゃんは頭を抱えています。

 それもその筈です。

 僕たちの眼下には、元は複数の船だったとは思えない状態で座礁しているのですから。


 「アーリィの人達には悪い事をしましたね」

 「うん。後でおかーさん達を叱るべき」

 「そうなんだよっ! これはあり得ないと思うんだよっ!」


 ルリちゃんは凄く怒ってますね。

 まぁ、実際にアーリィの人たちに多大な迷惑を掛けているのですから、怒るのは仕方ないと思います。


 「まぁまぁ。戦争の代償と考えれば多少はね?」

 「シノ様! おかーさん達を甘やかしてはいけないんだよ!」

 「そうだけどさ。結果的にはアーリィの人たちは救われたわけだし、多少はね?」

 

 シノさんが言った通り、座礁してボロボロになった原因は戦争です。

 というのも、この船はリアビラから海路を使って攻め込んできた船だったようです。

 それをイリアルさんとカミネロさんが潰し、その結果がこれに繋がったみたいです。

 なので、根本的に悪いのは攻め込んできたリアビラ軍なので、シノさんが言う事も間違ってはいないと思います。

 ですが、これを放置したのも問題なのは確かです。

 このボロボロになった船の破片が海上を漂い、アーリィ近くの砂浜に辿り着いたり、魚を獲る為の網に引っ掛かったりしたりと、アーリィの人の邪魔になってしまっていたみたいです。


 「でも、どうしてアーリィの人達も放置したのでしょうね」


 この場所を教えてくれたのはアーリィの町長さんでした。

 当然ながらその情報はアーリィの人たちに浸透しているみたいなので、大変かもしれませんが船の残骸の撤去作業くらいならば出来そうなものですよね。


 「簡単に出来ればやっているだろうね」

 「簡単に出来ないのですか?」

 「普通は無理だろうね。僕や君ならここから飛行魔法で下まで降りて適当に収納でもすればいいだろうけど、普通の人はそんな事は出来ないよ」


 飛行魔法は慣れるまで難しいですし、そもそも飛行魔法自体が使える人がほとんどいません。

 それに、収納魔法も魔力の器に左右されるので、流石に何艘もの船を収納するのは無理かもしれませんね。


 「でも、船で近づいて少しずつ回収することくらいは出来ないですかね?」

 「船を近づける事がまず難しいかな。見ての通り、あの船は座礁している訳だし、少し操作を誤っただけで同じ結末を迎える事になるよ」


 そっちからの回収も難しいのですね。

 言われてみて気づきましたが、船が座礁している辺りは波が激しく、波が引いた時には尖った岩も見えています。

 そんな状態の場所に船で近づこうだなんて命を捨てるようなものですね。


 「だから僕たちの出番って事ですね」

 「そうなるね。特に君たちには適任かな」

 「シノさんではなくて、僕たちですか?」

 

 シノさんでも僕だけでもなく、僕達とシノさんは言いました。

 なんで【達】なのでしょうか?


 「町長から話を聞いていなかったのかい?」

 「僕は聞いていませんよ。こんな事が起きている事を知ったのは朝になってからですからね」

 

 これも誰かがシアさんにお酒を飲ましたから悪いのです。

 宴の途中からシアさんが暴走してしまったのですよね。

 みんなが集まっている場所にも関わらず、僕の事を抱きしめ、ずっと好き好きいって、隙あらば服の中に手を入れようとしてくらいに酔ってしまったのです。

 それがちょうど町長さんが来たくらいの出来事ですね。

 僕はシアさんの事で手いっぱいで、ちゃんと話を聞くことは出来ず、気づけばこんな場所に案内されていたのですよね。


 「聞いていなかったのなら仕方ないかな。それじゃ、簡潔に説明するよ? 僕たちが見下ろしているあの船はリアビラ軍の物というのはいいね?」

 「はい、それは知っています」

 

 それは散々聞きましたからね。


 「それの何処が僕たちが適任の理由になるのですか?」

 「簡単さ。君たちが冒険者だからだよ」

 「……意味がわかりません」


 冒険者だから何だという話しになりますよね?

 別に船を撤去するくらいなら冒険者ではなくても出来る事だと思います。


 「船の撤去だけならね。だけど、船の撤去だけが作業ではないといったら?」

 

 他にもやる事があると言いたいのですかね?

 それが冒険者の仕事に繋がると……なるほど!


 「もしかして、魔物が住みついてしまったとかですか?」

 「その通りだね。だから、これは君達に適任なのさ」


 魔物の討伐は冒険者の仕事であり、生業でもあるのは確かですね。

 

 「でも、別に倒せるのなら誰でもいいじゃないですか。シノさんだって出来ますよね?」

 「まぁね。だからといって、君たちの仕事を奪う訳にはいかないよね?」

 「どうしてですか?」

 「冒険者ギルドを通した依頼にしてもらったからだよ」

 「何で勝手に依頼になっているのですか! そもそも、僕たちは依頼を受けたつもりはありませんよ?」


 例えこの作業が冒険者ギルドからの依頼だとしても、僕達の誰かが依頼を受けていなければ意味はありませんからね。

 

 「確かにね……だけど、後から報告しても問題はないと思うよ? そういう依頼だし」

 「そういう問題じゃありませんよ! 依頼という事はお金が発生しますよね? 僕たちが原因で起きた事なのに、そこで報酬を頂くのはありえません!」

 

 これが許されるのならば幾らでも自作自演が出来てしまいますからね。

 そんな風にしてお金を稼ぐために僕たちは冒険者になった訳ではありません。

 なので、船を撤去するにもやるのなら無償でやるのが筋だと思います。


 「それは君たちの感情だよね?」

 「そうですよ」

 「それじゃ、街の人達の気持ちはどうするんだい? アーリィの人達は君たちにも恩と感謝を感じている。だけど、君たちはその恩すら受け取ってくれない。恩を返したくても返せない人の立場というのはどうなんだろうね」

 「む……それを言われると困ります」


 僕たちは当たり前の事をしただけと、アーリィの人達から感謝だけで十分と何も受け取りませんでした。

 実際に宴まで開いて頂き、豪勢な食事も頂きましたからね。

 ですが、アーリィの人達はそれだけでは感謝の気持ちを伝えきれていないみたいです。

 なので、別の形で僕たちに恩を返そうとしたのですね。


 「そういう事だよ。アーリィの人達は間接的に君たちに感謝を返そうとしている。それと同時にあの船の撤去も望んでいるんだ」

 「そういう事なら僕たちがやるべきかもしれませんね」


 ここで断ったら、アーリィの人達は別の意味でも困ってしまうかもしれませんからね。

 

 「まぁ、無理は言わないよ。僕がやっても結果は変わらないだろうからね」

 「そうですね。シノさんがやれば何も問題なく終わると思いますけど……」


 ですが、それは駄目ですね。


 「わかりました。この件は僕たちで解決しようと思います」

 「うんうん。君ならそう言ってくれると思ったよ。一応確認だけど、その言葉に偽りはないね?」

 「はい……みんなも大丈夫ですか?」

 「問題ない。スノー達がやらなくても私はやる。おかーさん達の責任は私がとる」

 「やらない選択肢はないかな。イリアルさん達が悪いって訳じゃないし。責任を追及するのなら最終的にはナナシキの問題でもあるからね」

 「そうですね。そもそも私達は仲間です。誰かがやると決めたなら一緒に決まってます!」

 「やるー。私もみんなに追い付くためにギルドランクをあげたいからなー。もちろん、人の役に立つ事だし、断る理由もないー」


 みんなも一緒に頑張ってくれるみたいですね。

 断られないとは思いましたけど、改めてそう言って頂けるのは安心します。

 やっぱり僕たちは仲間なのだと実感できますからね!


 「という事で、僕たちがやる事が決まりましたよ」

 

 僕たちの答えにシノさんは満足そうに頷きました。


 「良かった良かった。それじゃ、後の事は君達に任せるからね?」

 「はいっ! 任せてください!」

 「いい返事を聞けて僕も安心だよ。それじゃ、僕はナナシキに戻るよ……あっ、一つ言い忘れた事があった」


 シノさんは思い出したように手をポンと叩きました。


 「言い忘れたこと、ですか?」


 そして、その動作をみて僕は嫌な予感がしました。

 すごーく、嫌な予感です!

 シノさんがわざとらしい態度をとるときは、絶対に良からなぬ事を考えているのを僕は知っているからです。


 「別に深く気にする事はないけど、依頼を終わらせるのは明るいうちにやった方がいいよ」

 「当然ですよ。暗いとそれだけ危険ですからね」


 僕たちが作業する場所は波も打ち付けてくるでしょうし、船の上に乗ったら揺れたりしてただでさえ危険な場所ですからね。

 

 「そうだね。だけど、僕が気をつけて欲しいのはそこじゃないかな」

 「他に気をつける事でもあるのですか?」

 「うん。これが言い忘れた事だけど、出没する魔物はゴースト系みたいなんだ。だから、それの対策は忘れないようにね?」

 「え……ゴースト、系ですか?」

 「そうだよ。僕はあの時に報告したよね? 僕たちが戦ったのはアンデットだったって」


 確かにそう報告された記憶はありますね。

 ですが、それはあくまでリアビラ軍が侵攻をしてきた時の話です。

 今は関係は……。


 「あるよ? だって、この船は元々リアビラ軍の船だからね。当然ながら、この船の乗組員も……」

 「アンデット、ですか」

 「そういう事。それじゃ、後は任せたからね」

 「あっ、ちょっとー……」


 待ってください!

 という前にシノさんは転移魔法で消えました。

 しかもルリちゃんを連れて逃げるようにして行ってしまいました!

 完全にやられましたね。

 アンデット系の魔物と戦うのが嫌でシノさんは僕たちに押し付けたのだと僕は理解しました。

 ですが、シノさんに僕たちで頑張ると言ってしまった手前、今更撤回は出来ませんよね。

 ですが大丈夫です!

 僕一人で頑張る訳ではありません。

 僕には頼もしい仲間が居ますからね!


 「あー……やっぱり、私は遠慮しようかな。アンデットを相手して剣や甲冑が汚れるのはやだし。」

 「それに、飛行魔法が飛べない私とスノーさんは何かあった時に対処できないので危ないと思うの」

 「なーなー? 面倒だから全部燃やしちゃだめかー?」

 「私は、ユアンの為に……頑張る。だけど、あまり期待しないで欲しい。新しい剣が汚れるのはやだ」


 あ、あれ……。

 僕たちの仲間は頼もしい筈では……?


 「あ、あの……流石に僕一人で頑張れとかは言わないですよね?」

 「「「……」」」


 みんなが僕から顔を逸らしました!

 ですが、それは僕が許しませんよ!


 「絶対にみんなに手伝って貰いますからね!」


 その後、僕はみんなを頑張って説得しました!

 まぁ、流石にみんなも嫌な気持ちはあるでしょうが、僕一人にやらせるつもりはないみたいでしたけどね。

 それにしても、こういう大事な事は先に言ってもらいたいですよね!

 絶対にシノさんは僕たちが困ったり慌てるのがわかってやったのだと思います!

 これは、後で絶対に仕返ししないといけませんね。

 僕たちはシノさんに怒りを覚えつつも目の前の事を終わらせるために座礁した船に乗り込むのでした。

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