第572話 弓月の刻達、歓迎される

 「それじゃ、僕はこの辺で帰ろうかな」

 「どうしてですか?」

 

 僕がアーリィの街を楽しみにしていると、突然シノさんが帰ると言い始めました。


 「どうしてって……騒ぎになると面倒だからだよ」

 「騒ぎに? シノさん、また何かやらかしたのですか?」

 「やらかしたといえば、やらかしたのかな? いい意味で」

 「いい意味……あぁ、シノさん達がアーリィを救ったからですね」

 「そういう事さ」


 また悪い事をしたかと思ったら違いました。

 そういえば、シノさん達はリアビラ軍からアーリィを守った人達でしたね。

 そんな人たちがアーリィへと行けばきっと騒ぎになるに決まっています。


 「ダメです! シノ様も一緒に居てください!」

 「そうは言うけどね……あまり目立つのは面倒なんだよね」

 「それはルリも一緒です!」

 「そうですよ。ルリちゃんを一人にするのは可哀想です」


 シノさんは逃げたそうにしていますが、そうはさせません。


 「んー……僕は静かに過ごしたいんだけどね」

 「シノさん。大事なお嫁さんを護るのはシノさんの役目ですよ。ここでルリちゃんだけに任せるのは旦那さんとして失格だと思います」

 

 シノさんは男ですからね!

 ここで男を見せないでいつ見せるのかって話になります。


 「わかったよ。だけど、君たちも巻き込まれるかもしれないから、そこは覚悟してね?」

 「大丈夫ですよ。僕たちは何もしていませんからね。シノさんがちやほやされているのを眺めています」

 「そうだといいけどね」


 アーリィに関しては、僕たちは何もしてあげられませんでしたからね。

 顔も合わせた事もないのに、僕たちが行った所で騒ぎになる筈がありません。

 と思っていたのは、間違いだったみたいです。

 アーリィへと近づくと、街の外に沢山の人が集まっていました。

 その光景に思わず身構えてしまいましたが、馬車を運転するシノさんとルリちゃんが手を振ると割れんばかりの歓声が沸き起こったのです。

 

 「やぁ、久しぶりだね」

 「お久しぶりでございます。迷惑だとは思いましたが、私を含め、街の者も高ぶる気持ちを抑えきれず、皆様の到着をこうして待たせて頂きました!」

 

 この人がアーリィの代表の人ですかね?

 シノさんが馬車を止めると、馬車に近寄ってきてシノさんに頭をペコペコと下げています。


 「そんなに畏まらなくていいよ」

 「そうはいきません! 白天狐様も影狼族のお嬢さんもこの街を救ってくださった英雄なのですから!」


 やっぱりそういう認識なのですね。

 目立つのは嫌なのか、シノさんもルリちゃんも困った顔をしていますが、流石はシノさんです。

 困った顔をしながらも、笑顔で対応しています。


 「それよりも、中に入っても大丈夫かな?」

 「こ、これは失礼致しました! どうぞ中にお入りください……誰かっ!」

 「はっ!」

 「皆さまをこの街一番の宿屋へとご案内しろ!」

 「畏まりました! 道を開けろ、英雄様のお通りだ!」


 凄い光景ですね……。

 集まった人が左右に別れ、道が現れました。

 

 「こんなに歓迎して貰えるとは思いませんでしたね」

 「うん。びっくりした」

 「でも、どうして僕たちがアーリィへと行く事がわかったのでしょうね」

 「あー……それは私が原因だね」

 「スノーさんがですか?」

 「うん。いきなり私達が行っても別の意味で騒ぎになると思ったので、予め伝えておいたの」


 そういう事でしたか。

 確かにそれは大事かもしれませんね。

 

 「まぁ、結果的にはシノさん達が目立って私達の存在は忘れられていたいみたいだけどね」

 「仕方ないですよ。実際に僕たちは何もしていないですし、僕達にとってはその方が都合がいいですからね」

 

 それでも落ち着きませんけどね。

 無事に街へと入る事が出来ましたが、街の中心となる道を馬車で移動している間も色んな所から声がかけられているのがわかります。


 「あれが、白天狐様……かっこいい」

 「あのお嬢ちゃんも幼いながらも相当な手練れみたいだぞ。やはり、影狼族というだけあるな」


 街の外に集まれなかった人ですかね?

 色んな所からシノさんとルリちゃんを称える声が聞こえてきます。


 「うー……恥ずかしいんだよっ!」

 「頑張ってくださいね」

 「ユアンお姉ちゃん、場所を変わってくれませんか?」

 「いえ、それは遠慮しておきます」


 僕が場所を変わった所で、誰だあいつ? ってなるに決まっていますからね。

 

 「シアお姉ちゃん?」

 「ルリ。頑張る」

 「ずるいんだよっ!」

 「ずるくない。むしろ胸を張るべき。ルリはそれだけこの街に貢献したという事。影狼族の代表として堂々とする」

 「うー……後で、お姉ちゃん達も同じ目にあってもらうんだよっ!」

 「そうだね。その時が楽しみだ」


 そうは言いますが、その時は来ないと思います。

 アーリィでの主役はシノさん達ですからね。

 

 「それにしても、この街は賑やかですね。普段からこんな感じなのでしょうか?」

 

 陽は沈みかけ、星が輝き始めた頃だというのに、街はとても賑わっています。

 ナナシキならこの時間になればみんなお家に帰って居る頃だというのに、アーリィの街はまだまだ賑わっていました。

 

 「人口がまず違うからね」

 「確かにナナシキよりも人は多いように思いますね」

 「それと後はお店かな。ナナシキにはこんな数のお店はないからね」


 メインストリートなだけありますね。

 僕たちが馬車で進む道は馬車がすれ違えるほどに広く、沢山のお店が並んでいます。

 

 「けど、食事をする所ばかりですね」

 「そうだね。それだけ食事に力を入れている街という事だろうね」

 「そんなに美味しいのですか?」

 「海産物が主になるけど、やっぱり鮮度が違うんだろうね。食事はどれも美味しかったよ」


 ご飯が美味しいのはとてもいい事ですね!

 どうやらアーリィはそこに力を入れているらしく、街の中には旅人や冒険者と思われる人の姿も見る事が出来ます。

 虎族、狼族、鳥族など、この道だけで色んな種族の人とすれ違いました。


 「参考になるね」

 「そうだね。特産物があるだけでこれだけ人を集める事が出来るのは勉強になると思うの」

 「となると、ナナシキでも人を集めたいのなら、特産物となる物が必要になりますね」

 「今の所は難しいかもしれないけどね」


 今現在、ナナシキには特産物となるような物はありません。

 強いていうならばチヨリさんの作るポーションが特産物といってもいいかもしれませんが、トレンティアにも卸していますし、わざわざナナシキに来てまで買う物でもありませんしね。

 なので、人を集めようと思ったら何かしらは必要かもしれません。

 

 「到着いたしました! 後ほど、町長が皆様の元を訪れますが、それまでは旅の疲れを癒してください」

 「ありがとう。ご苦労様」

 「いえっ! 皆さまをご案内する大役を任せれ光栄でございます! 何かあれば、私共が外にいますので、頼ってください!」


 凄い待遇ですね。

 それだけシノさん達が大活躍したという事がわかります。

 アーリィでの出来事は報告として聞いてはいましたが、こういった歓迎を受けるという事はそれだけアーリィの人達の心に残った出来事だったのですね。

 今更ですけど、アーリィが危険に陥ったのは僕たちが原因でもありますけどね。


 「でも、疲れましたね」

 「うん。馬車での移動は疲れる」

 「そうですね。座りっぱなしというのは腰とお尻が痛くなります」

 「よ、よければマッサージでもしようか?」

 「えっと、それは遠慮しておきます」

 「なら、私がやろうかい?」

 「リコさんなら安心ですね」

 「なんでだよぅ!」


 宿屋に着いた僕たちは、一度部屋でゆっくりする事にしました。

 何でも、街の入り口で出迎えてくれた方が僕たちの為に宴を開いてくれるとの事で、夕食はそちらで頂く事になったのです。

 そして、部屋割りですが、僕とシアさん、リコさんとラインハルトさんが同部屋で、スノーさんとキアラちゃん、サンドラちゃんとエレン様が同じ部屋となりました。

 ルリちゃんとシノさんは今日は帰る事にしたみたいで、泊まらないみたいです。

 食事はアカネさんも連れてきて、一緒にとるみたいですけどね。

 そのせいで、エレン様はがっくしと項垂れ、同部屋となったスノーさんも顔を引き攣らせていましたが、なんというか頑張ってくださいとしか言えませんでした。

 その後、僕たちは街の中心の広場に案内され、そこで歓迎会と称しての大宴会に呼ばれ大騒ぎの中で食事をしました。

 シノさんの言っていた通り、そこでの食事は海産物が主ですが、とても美味しく、食事自体はとても満足する事は出来ました。

 ただ、予想外の事に、宴に混ざった人達から僕たちも称えられて大変でしたけどね。

 何でも、僕たちがナナシキの中心人物で、アーリィを守るためにシノさん達と派遣したのは僕たちであるとシノさんが説明し、僕たちは鼬国と勇敢に戦ったと紹介したみたいです。

 まぁ、楽しかったですけどね。

 ですが、ここで問題が一つ発生しました。

 宴も終わりが近づいた頃、僕たちの元に町長さんが訪れました。

 そこで、町長さんからとあるお願いをされてしまいました。

 そして、その内容とは……。

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