第571話 弓月の刻達、アーリィの街へ着く

 「見えてきたね」

 「街がですか?」

 「いいや、海がだよ」


 という事は、アーリィへと着くのももうすぐですね。

 馬車を操作するシノさんとルリちゃんの間から、前方をみると、そこには何処までも続く水面が広がっていました。


 「あれが、海なのですね」

 「あれ、初めてだったのかい? ルード帝国の方にも海はあったけど?」

 「僕は村から出た事がなかったので、見た事はなかったのですよ」

 「そういえばそうだったね。どうだい、感想のほうは?」

 「凄い……ですね!」


 海は広いと聞いていましたが、海の先もまた海で、水がずーっと続いているのです。

 トレンティアの湖も初めて見た時はとても大きくて感動しましたが、それよりも遥かに広くてびっくりしました!

 この感動は誰かに伝え、共有しないといけませんね!


 「シアさんシアさん!」

 「なに?」

 「海ですよ、海!」

 「うん。海」


 あ、あれ?

 シアさんの反応が薄いです。


 「感動しないのですか?」

 「私は見た事があるからそこまで。だけど、ユアンが嬉しそうなのは嬉しい」

 

 残念です。シアさんは海を見た事があるみたいで、海自体には感動はしなかったみたいです。

 でも、シアさんは感動しなくても、他の人はきっと感動している筈です!


 「スノーさん!」

 「あー、私も海自体は見た事があるからね。そこまでかな」

 「むー……キアラちゃん?」

 「えっと、私も見た事があるので……それに、潮風がちょっと苦手です」


 むー……二人とも全然喜んでいませんね。

 これでは僕だけがはしゃいでいるみたいじゃないですか。

 ですが、大丈夫です!

 きっと僕以外にも感動している人がいる筈ですからね!

 

 「サンドラちゃんはー……」

 「あるぞー。飛んでれば普通に見えるからなー」


 サンドラちゃんもでしたか……。

 まぁ、実年齢は僕よりも遥か年上なので、それだけ生きていれば一度くらいは見た事あるのは当然でしたね。

 

 「リコさんは?」

 「私も潮風で髪や肌がペタペタするのは嫌かな~」


 潮風でそうなる事を知っているという事は見るのは初めてではないという事ですね。

 となると、残るはラインハルトさんだけになりますが、ラインハルトさんはオメガさんを探していた経歴があるくらいですし、海くらい見た事がありそうですね。

 それに、さっきから黙っていますし、きっと感動なんて……。

 あれ?


 「ラインハルトさん、どうしたのですか?」

 

 ラインハルトさんの方を見ると、ラインハルトさんは馬車から身を乗り出すようにして前方をジッと見ていました。


 「ラインハルトさん?」

 「えっ、あ、あぁ! もしかして、私の事を呼んだかな?」

 「はい。何だか様子がおかしかったみたいなので声を掛けました」

 「すまない。ちょっと、驚いてしまったみたいだ」


 ラインハルトさんは再び海の方を見ました。

 もしかしてこれは……!


 「ラインハルトさんも海を見るのは初めてですか?」

 「初めてだよ。話では聞いていたが、こんなにも壮大で果てしなく広い世界が広がっているとは思わなかった。本当に、凄いな……」


 仲間です!

 僕にも仲間がいました!


 「凄いですよね! オレンジ色の夕焼けが反射してキラキラしてて、まるで一つの生き物みたいです!」

 「そうだね! この景色を見れるだけでユアン殿達と行動を共にした甲斐があったというものだ」

 「本当ですね! ラインハルトさんが喜んでくれて僕も嬉しいです!」

 「ユアン殿が喜んでくれたなら私も嬉しいよ。どうだい? 満天の星空の下を今夜二人で散歩なんてさ?」

 「あ、それはいいです」

 「な、なんでだよぅ! 今の話の流れだったらいけると思ったのに……」


 それとこれは別ですからね!

 ラインハルトさんには申し訳ないですが、歩くならシアさんと一緒がいいです。


 「ラインハルト、どんまい」

 「そんな慰めはいらないよぅ!」


 シアさんが勝ち誇った顔をしていますね。

 まぁ、そこはお嫁さんだから仕方ないですよね。


 「ラインハルトちゃんも大変だねぇ」

 「本当だね。ユアンも少しくらい優しくしてあげたら?」

 「十分に優しくしてると思いますよ?」

 

 ただ、ラインハルトさんが大袈裟なだけだと思います。

 住み込みという形ですが、ラインハルトさんも一緒のお家に住む仲ですからね。

 僕がお家にいるときは喋る機会は沢山ありますし、ご飯やお風呂を共にする事もしょっちゅうあります。


 「違うんだよ、私はユアン殿の愛が欲しいんだ!」

 「えっと、それは別の方にお願いします」

 「うぅ……また振られた」

 「どんまい」


 シアさんがラインハルトさんの肩を叩いて慰めています。

 逆効果だと思いますけどね。

 ですが、こればかりは本当に仕方ありません。

 ラインハルトさんの事は嫌いではないですし、むしろ人柄的には好きです。

 メイドさんとしての仕事もちゃんとしてくれますし、こういった時も文句を言わずに僕たちの事を手伝ってくれます。

 凄く頼りになって、みんなの為に頑張ってくれるラインハルトさんを嫌いになるなんて無理です。

 だけど、僕にはシアさんが居ます。

 まだ、結婚して一年も経っていないのに、他の人に愛を注ぐことは僕には出来ません。

 ただでさえ愛というものをしっかりと理解できていないませんからね。

 

 「楽しそうで何よりだけど、もうすぐアーリィが見えてくるよ」

 「ルリ達が恥ずかしいからちゃんとして欲しいんだよっ!」

 

 ルリちゃんに怒られてしまいました。

 これだけ騒いでいれば仕方ありませんね。


 「あとどれくらいで着くのですか?」

 「この丘を下り、小さな丘を越えたら見えてくるよ」

 「という事は、もうすぐ着くのですね?」

 「そうだね」


 海を見て凄く感動しましたが、それとはまた違う楽しみが湧き出てきました。

 やはり初めて行く場所というのはワクワクしますよね!

 サンケとかああいう場所は遠慮したいですが、アーリィはアルティカ共和国の領土で、住んでいる人も獣人が主みたいですし、海産物が美味しい事でも知られています。

 ルード帝国からアルティカ共和国へと向かったのは家が目標でしたが、その目標が達成された今、僕は新しい目標が出来ました。


 「これで、また一つ夢が叶いますね!」

 「うん。私もみんなと色んな所を旅するのは楽しい」


 ここ最近では、エルフの国やドワーフの国などを周りましたが、あれは半分はお仕事みたいなものだったので、純粋に楽しめたかというとそうではありませんでした。

 もちろん楽しかったですけどね。

 ですが、今回は違います!

 リアビラへと向かうという意味では僕たちの役目、お仕事もみたいなものですが、アーリィ自体は観光みたいなものです!

 ものはいいようになりますが、こうして街を回れるのはとても嬉しく思えます!

 それが僕たちの新たな目標であり夢です!


 「そろそろですね」

 「うん。もう見えてくるよ」


 馬車は一つ目の丘を下り、二つ目の丘へと差し掛かりました。

 アーリィの街はもう目と鼻の先です!


 「これが潮の香なんですね」

 

 それを証明するように匂いも変わってきました。

 僕たちの住むナナシキでは感じられない匂いです。

 そして、馬車はついに丘を越え、下りに入ると、陽が落ちる前という事もあってか、街の灯りが見えてきました。

 あれが、アーリィの街……なのですね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る