第570話 弓月の刻、森の宿屋に泊まる
「そろそろ森に入るよ。今日はそこで野営をしよう」
そんなこんなで休憩を挟みながらアーリィへと向かっていると森へと入りました。
予定通り進めた証拠ですね。
「でも、本当に大丈夫なのですか?」
「オルフェが信じられないのかい?」
「いえ、そこは問題ありませんが……ここって、リアビラ兵を誘い込んだ場所ですよね?」
「そうだね。怖いのかい?」
「別に怖くはないですけど……」
「大丈夫。この森は浄化されてる。ユアンが一番わかるはず」
「僕が育った村の近くにあった森と同じようなものなのですね」
アーリィに向かう途中で立ち入った森はリアビラ軍がナナシキへと侵攻してくるのを拒む為にオルフェさんが造った森でした。
あの場所なら何度も入った事があるので安全という事はわかりますが、この場所に入るのは初めてで少し不安です。
だってですよ?
この森ではリアビラ軍の人が何人も亡くなっているのです。
もし、幽霊が出たとしたら……正直怖いです。
安全とわかっていてもどうしても意識してしまいます。
「そんなに怯える必要はないよ。あの軍は最初から死んでいたみたいなものだし、とっくに魂はないだろうから」
「だからこそ不気味じゃないですか? もし、その軍の生き残りがいたとしたら、現れるのはゾンビみたいなものですよね?」
「それこそ平気だよ。そんなのがこの森に入った時点で浄化されているだろうし」
「言っている事はわかりますが……」
「ユアン平気。何かあっても私が守る。ずっと私の傍にいるといい」
「そういう事なら私も傍に居よう。私もそういった類は怖くないからね。アーレン教会ではそれよりも酷いものを散々見てきたよ」
心強いですね。
ラインハルトさんの動機はともかく、この状況が怖くない人が近くにいてくれるのは安心でき……あれ?
「どうしたの?」
「えっと、この森に……誰か来ました」
安心したのも束の間、探知魔法に突然反応が出ました。
ついさっきまでは反応がなかったのに突如として反応がポンと現れたのです。
「敵?」
「いえ、違います。僕たちの知り合いっぽいですね」
「知り合い?」
「はい。探知魔法の色が確かなら間違いないです」
探知魔法は色分けしていますからね。
知り合いかどうかは直ぐにわかります。
そして、探知魔法で捉えた反応は間違いではありませんでした。
「旅の方は順調ですか?」
「オルフェさん!」
森の奥から静かに歩いてきたのはオルフェさんでした!
「こら、みんなの前ですよ」
「あ、すみません」
僕は思わず、いきなり現れたオルフェさんに抱き着いてしまいました。
大丈夫だとわかっていても、心の何処かで不安があったのかもしれません。
オルフェさんは僕を口では叱りながらも、優しくいつものように頭を撫でてくれました。
「でも、どうしてオルフェさんが此処にいるのですか?」
「ユアン達がこの森に入ったのがわかったからですよ。なので、森を案内する為に移動してきました」
「移動という事は、オルフェさんも転移魔法が使えるのですか?」
「いえ。転移魔法とはまた違います。ただ、この森は私が造った場所ですから、精霊の力を借りて移動が出来るだけです」
転移魔法に似た移動手段を持っているだけみたいですね。
限定的な場所になりますが、それでも十分に便利な移動方法ですね。
「では、移動しましょうか」
「何処にですか?」
「ついてくればわかりますよ」
「わかりました」
何処で野営しても森の中ならあまり変わらないと思いつつも、オルフェさんの後に続き、僕たちは移動しました。
すると。
「こんな場所に家が……」
森の奥へと進んでいくと、一件の家を見つけました。
僕たちのお屋敷とまではいきませんが、それなりに大きいお家です。
「これはオルフェさんのお家ですか?」
「私の家ではありませんよ。宿屋みたいなものです」
「そうなのですね」
宿屋という事は誰か経営する人がいるのですかね?
まさかと思いつつもオルフェさんに続きお家の中へ入ると、そのまさかがおきました。
「いらっしゃいませ。それと、おかえりなさいませ」
家の中に入ると、そこにはサンドラちゃんくらいの子供達が僕たちを出迎えてくれました。
「この子達は……」
「はい。精霊です」
一目見てわかりました。
この子は一見するとただの子供に見えますが、ただの子供ではないという事に。
「もしかして、オルフェさんと契約している精霊さんですか?」
「いいえ。私が従えている子ですよ」
契約ではなくて、従えているですか。
やっぱりオルフェさんはハイエルフという種族なだけありますね。
精霊さんと契約するのも難しいと言われているのにサラッと従えていると言って見せました。
しかも、見ただけで五人。
この場にはこの子達しかいませんが、もっと沢山いるのかもしれません。
「ほぉ、これが精霊ですか」
「エレン様は精霊を見るのは初めてなのですか?」
「フルール殿意外では初めてだ。あの人を精霊と言っていいのかわからないが」
エレン様の言いたい事はわかります。
フルールさんと接していると、つい精霊という事を忘れてしまいそうになります。
何と言うか、精霊というよりも人に近い感じがしますからね。
「では、お部屋にご案内致します」
「ありがとうございます」
「ユアン、ゆっくりと休むのですよ」
「オルフェさんは泊まらないのですか?」
「えぇ、マナが居るとはいえ、子供達を放ってはおけませんから。私も一緒に居たいですからね」
ナナシキに移り住んだ子供達はオルフェさんの子供みたいなものですからね。
僕もオルフェさんをお母さんと思っているように、子供達もオルフェさんにそんな感情を抱いていると思います。
たまにはオルフェさんと一緒に過ごしたいと思うのは僕の我がままなので仕方ありませんね。
「それよりもいいのですか? 大事なお嫁さんが拗ねてますよ?」
「あ……」
シアさんが僕の事をじーっと見ていました。
頬が少し膨らんでいるので、確かに拗ねていますね。
「シアさん、拗ねてますか?」
「拗ねてない。私が傍にいると言った傍からオルフェに甘えたからといって、拗ねてなんかない」
うん。これは拗ねてますね。
「ふふっ、ゆっくりと休めと言ったばかりですが、これでは休めそうにありませんね。頑張るのですよ」
「そ、そこはフォローしてくれないのですか!?」
「えぇ。夫婦の仲というのは二人で解決するものです。大丈夫、ユーリとアンジュもよく喧嘩もしていましたから。そうやって仲を深めるのも大事な事ですよ」
お母さん達もよく喧嘩をしていたのですね。
それは意外でした。
「では、後は困った事があれば精霊達に聞いてください」
「わかりました。オルフェさん、ありがとうございます」
「いいえ。私に出来るのはこれくらいですから。リンシアさん、ユアンの事はお願いしますね」
「任せる。この後、じっくりと話合う」
シアさんの言葉にオルフェさんは優しく微笑みました。
やっぱり助けてはくれないのですね。
「では、こちらです」
その後、精霊さん達に案内され僕たちは部屋に案内され、食事を頂き、森の宿屋で一泊する事になりました。
もしこの宿屋が一般の人が使えるのであれば、ここもナナシキの名所になっていくかもしれませんね。
お風呂もあって、ご飯も美味しくて、ベットもフカフカで想像以上に快適に過ごす事が出来ましたからね。
「ねー、シアさん」
「何?」
「いい加減、機嫌を直してくださいよー」
「しらなーい」
「シアさーん」
結局、ご飯を食べ終え、部屋に戻るまでシアさんはちょっと不機嫌で少し大変でしたけどね。
それでも、僕がシアさんに甘えるとシアさんが折れて機嫌は直りました。
実際にはそこまで拗ねていませんでしたからね。
シアさんも僕とオルフェさんの関係は理解してくれてますので。
そして、森の宿屋に泊った翌朝、僕たちは精霊さん達に見送られながらアーリィへと向かうのでした。
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