第569話 弓月の刻達、アーリィへ向かう

 「皆さん準備は出来ていますか?」

 

 大丈夫みたいですね。

 僕の言葉にみんながそれぞれ返事をし、頷いてくれます。


 「では、出発ですね!」


 シノさんからお借りした船の試運転は無事に終わり、スノーさんを除き全員が運転できる事がわかったので、僕たちはついにリアビラへと向かう為に出発をしました。

 

 「でも、その前にアーリィに寄るのですよね?」

 「うん。港町、私も行くのは初めてだから楽しみ」


 出発前に決めた予定では、まずはアーリィに向かい、そこで一泊した後に国境を越えてリアビラ領へと入る予定を立てています。

 

 「それにしても、よくこんな馬車を用意できましたね」

 「シノ様はルード帝国から便利な物をいっぱい奪ってきたんだよ!」

 「私物を持ってきただけだからね?」

 「馬もですか?」

 「うん。預けてあったことをふと思い出してね」


 シノさんの言い方に不安を覚えますが、シノさんの物ならば大丈夫ですかね?

 誰かを脅したりしていなければいいのですが、もしそうだとしたらお父さんになったのだからあまり変な事はしないで貰いたい所ですが、真実はわからないので信じるしかありませんね。


 「それよりも、アカネさんは大丈夫なのですか?」

 「大丈夫だよ。明日には戻る予定だし、オルフェに頼んでいるから」


 馬車を運転しているのはルリちゃんで、その横にシノさんが座り僕たちは移動をしています。

 最初はナナシキからアーリィまでは徒歩で向かう予定をしていたのですが、どうせなら最初から王族らしく振舞った方がいいという事で、急遽馬車での移動が決まり、二人が送ってくれることになったのです。

 僕たちとしては徒歩で移動するよりは楽ですので助かりますけどね。


 「でも、ルリちゃんは違うのですよね?」

 「うん! 私はお姉ちゃん達の護衛なんだよ!」

 「無理はしないでくださいね?」

 「お姉ちゃん達には言われたくないんだよ!」


 これも急遽決まった事なのですが、リアビラに向かうメンバーが少し増えました。

 最初のメンバーは僕たちのパーティーに加え、リコさんとラインハルトさんでしたが、そこに護衛としてルリちゃんが加わり、更には……。


 「あの、シノ様……私もそちらに……」

 「君は護衛だよね? それならちゃんと馬車を守ってくれるかい?」

 「し、仕方ありませんね。妹君を守るのは私の役目、しかとその命を全うしてみせましょう!」


 何故かエレン様も加わりました。

 

 「どうしてこんな事に……」

 「仕方ないですよ。船の条件ですからね」


 スノーさんが頭を抱えています。

 当然ですよね、元上司が一緒に行動するのです、今は関係ないとはいえ、騎士だった頃のスノーさんを知っているエレン様が一緒だとしたら、緊張しない訳がありません。

 それに、僕も驚きましたよ。

 まさか、船を貸して頂ける条件にエレン様の同行が含まれているなんて、知りもしませんでしたからね。


 「リアビラの事は陛下も気にしている。君たちの情報だけでなく、こうして身内からも探らせようというのが陛下の判断だ」

 「それなら先に教えてくれてもいいじゃないですか」

 「…………僕だって知らなかったんだ。ルード帝国からも兵士を派遣する事は聞いてはいたけど、まさかエレンが来るとは思わなかった」


 あー……今回はシノさんも被害者でしたか。

 どうやら、シノさんよりもクジャ様の方が一枚上手なのかもしれませんね。

 という事で、リアビラに行くメンバーは、シノさんを除く八人になりました。

 

 「でも、エレン様はいいのですか? リアビラにはシノさんはいきませんよ?」

 「問題ありませんよ。ユアン様はシノ様の妹君、まずはユアン様と仲良くなり、外堀を埋めて行こうと思いますので」


 それをシノさんの前で言ったら意味がないような気がしますけどね。

 

 「エレン様が良いのなら僕は構いませんが、せめてユアン様はやめてくれませんか?」


 例え僕が王族の血を引いているとはいえ、今の僕はただの冒険者でしかありませんし、例えこの先ココノエ公国の王様になったとしても、ルード帝国の属国なのでエレン様の方が立場は上ですからね。

 

 「そうはいきませんよ。今の私はユアン様の護衛。むしろ、ユアン様が私に様をつける方がおかしいですから」

 「む、無茶言わないでくださいよ」

 「いいえ、これは私の任務です。些細な事で私の存在がリアビラに悟られる訳にはいきません。その為にわざわざ変装までしてきたのですから」


 綺麗な金髪からシノさんみたいな白髪に髪の色を変えていると思ったら変装だったのですね。

 どちらにしてもその色はその色で目立っていますし、エレン様は些細な事と言いますが、僕にとってかなりの難易度ですよね。


 「ならせめて、別の呼び方では駄目ですか?」

 「私に偽名を名乗れと?」

 「結果的にそうなりますが、その方が正体を隠すのに適していると思いますよ。むしろ、エレン様の名前が出た時点で反応する人だっていると思いますからね」


 前までならエレン様の名前が出ても第一皇女だとはわからなかったかもしれませんが、最近では第一皇女として表舞台にも出ているくらいです。

 知っている人は知っていると思います。


 「確かに。ユアン様の仰ることは的を得ているかもしれませんね。わかりました、今の私はシノンと名乗りましょう」

 「それは紛らわしいから辞めて貰えるかい?」

 「どうしてですか? シノ様と私の名前を掛け合わした最高の名前ではありませんか!」

 「だからこそ、僕と被るから辞めて欲しいと言っているんだ」


 シノ……といった時点で二人とも反応しそうですからね。

 というか、他に候補はないのでしょうか?


 「仕方ありません。ならば、私はシレンと名乗りましょう。それなら構いませんよね?」

 「どうしても僕と掛け合わせたいみたいだね。まぁ、それならいいんじゃないかい? どちらにしても僕は先にナナシキに戻る訳だし」

 

 シノとエレンを掛け合わせただけですが、それならわかりやすいのでいいですかね?

 ここに兵士のシエンさんが居たらまたややこしい事になりそうですが、今は居ないですし問題なさそうです。


 「では、改めまして。ユアン様、私の事はシレンとお呼びください」

 「わかりました。シレンさんと呼ばせて頂きますね」

 「はっ! 何なりとご命令ください!」

 「ユアン、悪いけどこいつの面倒は頼んだよ」

 「……わかりました」


 やっぱり面倒は僕が見なければいけないのですね。

 まぁ、普通にしていればきっとまともな人でしょうし、シノさんが居なければ変な暴走をしないと思うので、きっと大丈夫ですよね?

 

 「面倒な事になってきましたね」

 「うん。だけど、一番大変なのはルリ」

 「どうしてですか?」


 その理由を尋ねると、シアさんが僕の耳元でその理由をこっそりと教えてくれました。


 「エレ……シレンが居るから」

 「シレンさんがですか?」

 「……うん。シレンはルリがシノの嫁になる事は知らない。それをシレンが知ったら絶対にルリに絡む」

 「……ありえそうですね」


 そういえば、シノさんがもう一人結婚する相手が居る事をエレン様に伝えてはいましたが、誰かまでは教えていませんでしたね。


 「ルリちゃんルリちゃん……」」

 「ん? 何かな何かな?」

 「ルリちゃんとエレン様の関係はバレない方がいいですよね?」

 「私はどっちでもいいんだよ。エレン様が私とシノ様の関係を知った所で、私とシノ様の関係は変わらないです!」


 ニコニコとしながらルリちゃんは右手を僕に見せびらかしてきました。

 

 「あ、それはあの時の……」

 「うん! シノ様との婚約指輪なんだよっ!」


 ルリちゃんの薬指には、シノさんに連れられて帝都に言った時に買った指輪が嵌められていました。

 ちゃんとシノさんは渡したのですね。


 「とても似合ってますよ」

 「えへへっ、ありがとうなんだよ! でも、できる限りバレない方針ではいくので、お姉ちゃん達も協力してね?」

 「はい。変な事は言わないように気をつけますね」

 「ありがとうなんだよっ!」


 一応、防音の魔法をかけていて良かったです。

 ルリちゃんは元気よく返事してくれるので、もし防音の魔法をかけていなかったらエレン様に筒抜けだったと思いますからね。

 

 「後は……スノーさん大丈夫ですか?」

 「あー、うん。大丈夫だよ。別にエレン様の事は尊敬してるし」


 そういう割には浮かない顔をしていますね。


 「仕方ありませんよ。憧れの存在が……」

 「キアラ、それ以上は言わないで」

 「あ、わかりました」

 「なら代わりに私が言ってあげる。エレンも十分にポンコ……」

 「し~あ~?」

 「前の……」」

 「現在進行形だから戸惑ってるの!」


 自分で言っちゃいましたね。

 どうやらエルフ国でやったやり取りのエレン様バージョンをやろうとしたみたいですが、スノーさんが墓穴を掘ったみたいですね。

 そう考えると、僕も気をつけなければいけないかもしれないですね。

 人を好きになるだけでここまで人が変わるとは思いませんでした。

 エレン様がポンコツだとは思いませんが、僕のエレン様の印象はまさに騎士といった方でしたが、今は……何とも言えませんね。

 今でも騎士には見えますけど、いつ暴走してもおかしくないように見え……あれ、そういえば同じような人が近くに居ましたね。


 「ん? 何だい、私の事を見て?」

 「あ、いえ……なんでもありませんよ?」

 「そうかい? でも、ユアン殿に見られるのは悪い気がしないな。もっと見てくれてもいいんだよ? というか、私をそろそろ嫁にしてくれても……」

 「しませんからね!」

 「そこまでハッキリ言わなくてもいいじゃないか」


 ラインハルトさんがガックシと項垂れました。

 ラインハルトさんの気持ちは嬉しいですけど、そればかりは応えてあげられませんからね。

 僕にはシアさんという大事なお嫁さんがいますからね。


 「ユアンちゃんも大変だねぇ」

 「そう思うのならラインハルトさんを止めてくださいよ」

 「ん~? 私には無理かな。私としてはラインハルトちゃんを応援したい気持ちもあるからね~。同僚として」

 「リコさんが楽しみたいだけじゃないですか?」

 「あり、バレちゃったか~」


 見ればわかりますよ。

 リコさんは僕たちのやり取りを見て笑っていますからね。

 

 「ま、今は気楽にいこうよ。今から気を張ってても仕方ないからね~」

 「それもそうですね」

 

 実際には気は張っていないですけどね。

 なんだかんだ言って、みんなとこうしてお喋りするのは楽しいですし、ラインハルトさんとリコさんとこうして旅をするのは最初で最後になるかもしれませんからね。

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