第567話 弓月の刻、ナナシキへと戻る

 「そういう事で、私が正式にナナシキの大使に任命されたにゃ!」

 「ニーナさんなら安心ですね!」

 「にゃにゃっ! これからよろしく頼むにゃっ!」

 「こちらこそ、よろしくお願いしますね」


 トーマ様とガロさんの結婚式も無事に終わり、僕たちはニーナさんに送られナナシキへと戻っています。

 色々とありましたが、ニーナさんとは前よりも親しい関係となれたのは嬉しいかもしれません。

 いや、嬉しいですよね。

 

 「にゃぁ~ん。ユアンにゃは柔らかいにゃ」

 

 これさえなければ、ですけどね。


 「ニーナくっ付きすぎ。ユアンは私の嫁」

 「リンシアにゃはケチンボにゃっ! ちょっとくらいのスキンシップくらい許して欲しいにゃ!」

 「ちょっとなら許す。だけど、それは流石に度を越えてる」


 ニーナさんと拳を交わしてからニーナさんからのボディータッチが増えました。

 今は僕の腕をぺたぺたと触ってきていますね。

 

 「仕方ないにゃ! 私達の国では、自分より強い相手は憧れにゃ! にゃからユアンにゃは私に勝った以上は私の憧れを受け入れる必要があるにゃっ!」


 んー、嫌ではないんですけどね。

 ですが、こうぺたぺた触られると何か鬱陶しい感じがします。

 

 「なら、私にも憧れるべき」

 「そうですね。何たってシアさんは拳祭りの覇者ですからね!」


 拳祭りが終わった後に、お祭りで一番目立った人を称える表彰式がありました。

 何とシアさんはそこで一番目立ったとして表彰をされたのです。


 「リンシアにゃは直接戦ってないからまだ実力はわからないにゃっ!」

 「一度勝ってる」

 「にゃ、それから私も力をつけてるから今やったらわからないにゃ!」

 「ユアンに勝てないのに、私に勝てるはずがない」

 

 実際にニーナさんではシアさんにはまだまだ勝てないでしょうね。

 せめて僕に簡単に勝てるくらいにならないとシアさんに一撃どころか掠る事も出来ないと思います。

 

 「ってかさ、シアってユアンとニーナの戦いを見てたよね?」

 「うん。見てた」

 「いつの間に戦ってたのですか?」

 「影狼で周りの様子を伺ってたら、喧嘩売ってくるのがいっぱい居たから全部返り討ちにした」


 シアさん曰く、僕がニーナに殴られてむしゃくしゃしたけど、僕とニーナさんの戦いの邪魔は出来ないですし、シアさんもその場から離れる訳もいかないので、仕方なく影狼で手当たりしだい喧嘩を売りにいったみたいですね。

 本人は返り討ちと言っていますが、完全に八つ当たりだったのが真実です。

 ニーナさんに大して怒っていないのが幸いですね。

 まぁ、僕が仮に負けてたら敵討ちするつもりでいたみたいですけどね。

 でも、この状況は許せないみたいですね。

 さっきから僕をぺたぺたと触るニーナさんを見て凄く怖い顔をしています。


 『むぅ……』

 『シアさん、僕はシアさんが一番ですので、怒っちゃダメですよ』

 『知ってる。それでも、私のユアン。私もペタペタしたい』

 

 シアさんは僕の真正面に座っています。

 ニーナさんとは反対側にはサンドラちゃんが座り、僕に寄りかかるように寝ちゃっているからですね。


 『これもラシオスが悪い』

 『仕方ないですよ。シアさんが倒しちゃったのですから』

 『むぅー!』


 こういう席順になってしまったのは、シアさんが出発前にラシオス様に呼び止められ、シアさんが馬車に乗り遅れてしまったからです。

 まぁ、これはシアさんがやらかしてしまったので仕方ないですよね。

 シアさんは覚えていませんでしたが、喧嘩祭りの最中にいつの間にかラシオス様をぶっ飛ばしてしまったみたいですからね。


 『怒られなかっただけ良かったじゃないですか』

 『当然。あの場は身分も性別も関係ない。そこで怒ったら王の器がしれる』


 むしろ好印象を持たれたみたいですね。

 シアさんとラシオス様が戦うのは実は二度目だったりします。

 初めて顔を合わせる時に、僕たちの実力を示す機会があったのですが、一度そこで戦っているのです。

 その時もシアさんはラシオス様に勝ちましたが、今回は更に圧勝したみたいですね。

 本人が覚えていなくらいに。

 そして、それを称える為にラシオス様は出発前にシアさんを呼び止めたのですが、その結果がこれです。


 『私もユアンの横がいい』

 『あまり我がままを言っては駄目ですよ。帰ったらいっぱい甘えさせてあげますからね』


 本音を言ったら僕だってシアさんが横に居てくれた方が嬉しいです。

 ですが、ニーナさんがこんな状態ですし、これからの事を考えると仲良くしておいた方がいいと思います。

 

 『ならせめて、闇魔法で脅してみる』

 『どうしてですか?』

 『ニーナの変化は表面上だけかもしれない。そんな相手を信用するのは無理』


 そこまでして僕の隣に座りたいのですね。

 でも、シアさんの言いたい事はわかります。

 表面上だけでの付き合いというのはあるかもしれませんが、僕もそれは望みません。

 そんな関係はいつ崩れてもおかしくはないですから。


 『わかりました……何かあったらフォローしてくださいね?』

 『任せる』


 それじゃ、やってみますか。

 正直、不安はあります。

 ですが、何となくですが今のニーナさんなら大丈夫なような気がするのですよね。

 

 「にゃにゃっ!」


 闇魔法を体内の魔力経路に流すと、ニーナは驚いたように私から離れた。


 「どうしたの?」

 「にゃっ! ユアンにゃ……」


 もしかして失敗だったかな。

 離れたニーナは凄く驚いた顔をしている。


 「か、かっこいいにゃっ!」

 「あら、ありがとう」


 だけど、それも一瞬。

 ニーナは私に抱き着いてきた。


 「怖くないの?」

 「にゃぁ~ん。全然怖くないにゃっ!」

 「前は戸惑っていたのに?」

 「そ、それは忘れて欲しいにゃ! 私も何で怖がったのかわからないにゃっ! こんなにカッコいいのに!」

 「むぅー……」


 シアの宛は外れたみたいね。

 頬を膨らませて、拗ねた表情を見せている。

 だけど、今はこれでよ良かったと思う。

 私自身は自覚はないけど、闇魔法を使った時の雰囲気は変わるみたいなのに、ニーナに変化はなかった。

 本当に私と仲良くしたいと思っているのだと思う。

 まぁ、抱き着いてくるのは大袈裟だけどね。

 

 『シア、残念だったね』

 『うん。だけど、ニーナはユアンに怯えなかった。だから、許す』

 『そうね。これならこれから上手くやってきそうだと思うよ』

 『うん。だけど、約束。帰ったらユアンを独り占めする』

 『わかったよ。約束したからね。それまでは我慢してね?』

 『わかった』


 シアが渋々と言った感じで頷いた。

 これは後で甘やかしてあげないと可哀想ね。

 結局、ニーナさんはナナシキに着くまで僕の隣を離れようとしませんでした。

 途中で野営を挟みましたが、その時も僕と一緒に寝ようとしますし、野営から出発した時もシアさんより早く僕の隣に座りましたけどね。

 まぁ、次の日はサンドラちゃんではなくシアさんが反対側に座ったのでシアさんの機嫌も少しは良くなりましたが、その代わり僕が大変でした。

 左右からぺたぺたと触られるのはやっぱり落ち着きませんからね。

 そして、ナナシキへと戻り、一泊したニーナさんは直ぐにビャクレンへと戻りました。

 その時に凄く名残惜しそうにしていましたが、お仕事があるので仕方ないと思います。

 でも、ビャクレンへの道は無事に開通しましたし、馬を使えば一日もあればナナシキに辿り着きますしこれからニーナさんは頻繁にナナシキに来るようになると思います。

 流石に転移魔法陣はまだ設置しませんけどね。

 ビャクレンとナナシキを繋ぐ道はまだ不完全です。

 何度も通って改善する場所を見つけて貰わないと困りますので、落ち着くまでは内緒にしたいと思います。


 「楽しめたかい?」

 「はい。色々とありましたが、楽しめましたよ」

 「それは良かったね」


 トーマ様とガロさんの結婚式が無事に終わってから数日立った夕方にシノさんが僕のお家へとやってきました。


 「それで、ついに届いたのですか?」

 「そうだね。今から時間はあるかい?」

 「はい。大丈夫ですよ。どんな物が届いたのですか?」

 「それは見てからのお楽しみさ」


 シノさんは楽しそうに笑いました。

 ついにリアビラへと向かう日が近づいたのですね。

 僕たちはシノさんから砂漠の移動手段を受け取るためにシノさんのお家へと向かうのでした。

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