第565話 補助魔法使い、拳を交える

 なんでニーナさんがここに?

 いえ、居ることはおかしくはないと思います。

 ニーナさんはビャクレンの貴族ですからね。

 当然、トーマ様の結婚式に何らかの形で関わっている事はわかっていました。

 ですが、どうしてこの場に手当をしに来たのかというのが引っ掛かります。

 結婚式となったこの会場には沢山の人が訪れています。

 その中には給仕さんだっていますし、ニーナさん以外の貴族や兵士も沢山いるのです。

 それなのに、トーマ様の手当てに来たのがピンポイントでニーナさんというのはおかしいですよね。

 これは最初から仕組まれていたとしか思えません。

 恐らくですが、トーマ様がアリア様に挑んできたときには既に決まっていた事かもしれませんね。


 「それでアリア様は、トーマ様が初めから負ける為に来ていたとわかったのですね」

 「さて、何の事かのぉ?」

 「とぼけても無駄ですよ。口元が笑っていますからね」


 してやったりという顔をしているのが直ぐにわかりました。

 流石にここまで来たら誤魔化すつもりはないみたいですね。


 「ユアン」

 「はい、わかってますよ」


 わかっていますよ。

 これはアリア様とトーマ様が僕たちを思ってやってくれたという事くらい。

 今日の主役であるトーマ様が拳祭りで負けたという汚名を被ってまで作ってくれた状況だという事はよくわかっています。

 それなのに、ここで僕が引き下がっては全てが台無しになります。

 何よりも……。

 

 「今はそういうお祭りですよね。それなら楽しまないと損です」


 僕はニーナさんをジッと見据えます。


 「ユアン様……」

 「はい、どうしましたか?」

 「そんな目で見られても困ります。私はユアン様と交えるつもりは……」

 「ないのですか? 先日の件もそうですが、ニーナさんって意外と臆病なのですね」

 「私が、臆病?」

 「はい。体格で僕よりも勝っているのに、そんなに怯えているのは臆病じゃないですか?」


 柄じゃないですけど、僕はニーナさんを煽ります。

 ここでニーナさんが引き下がってもトーマ様の面子が潰れる事になりますからね。

 そうなるくらいなら僕が少し悪人になった方がマシだと思います。


 「私が、ユアン様に怯える……そんな訳がありません!」

 「なら、どうして僕と向き合わないのですか? その気持ちがあるのなら、立ち向かえばいいと思います」

 「後悔しますよ?」

 「しませんよ。ここで、ニーナさんと語り合わない方が後悔すると思いますからね」


 ニーナさんは少しだけやる気を出したみたいですね。

 トーマ様の手当てもそこそこに立ち上がり、僕をジッと見据えるようになりました。


 「わかりました。ユアン様がそのつもりならば、猫族の誇りを見せてあげます」

 「わかりました。ですが、僕にだって意地があります。手加減はしませんよ!」

 「望むところです」


 これで本気ですね。

 ニーナさんは顔の前で拳をギュッと握り構えました。

 

 「ふむ。ならば立ち合いは私とトーマがしようか。二人ならばどちらかを贔屓することはあるまい」

 「お願いします。ちなみにですが、明確な勝敗などはあるのですか?」

 「特にねぇよ。負けを認めるか、気を失った時点で終わりだ。ただ、負けを認めた場合はそれ以降手を出すのは無しだ。もちろん気を失ってもな」


 それは当然ですね。

 僕にはそんな趣味はありませんからね。

 ニーナさんが大人しく負けを認めたらそれで終わりにします。

 まぁ、簡単に負けを認められても困りますけどね。

 

 「魔法は?」


 あ、それは大事ですね。

 拳祭りというくらいなので武器を使うのは駄目だと思いますが、魔法の事は聞いていませんでしたね。


 「直接的な攻撃魔法は禁止じゃな」

 「それ以外なら特に制限はないぜ」


 アリア様が身体強化の魔法を使っていたくらいなので魔法は有りだと思っていましたが、そんなに緩いのですね。


 「そのルールだと僕がかなり有利ですがよろしいですか?」

 「ユアン様が有利?」

 「はい。僕は身体強化の魔法も使えますし、防御魔法もありますからね」

 「笑わせないでください。魔法はユアン様が有利だとしても、こちらは猫族です。基礎身体能力が違います」


 体格からしてもわかりますが、ニーナさんは僕よりも頭一つ大きいです。

 その時点で体格と身体能力に関しては確かに不利かもしれませんね。

 ですが、ニーナさんは僕の防御魔法をあまり知らないのかもしれませんね。


 「シアさん」

 「わかった。本気でいい?」

 「はい。思い切りどうぞ」

 「わかった」


 近くに落ちていた石をシアさんに渡すとそれだけ意図を読み取ってくれたみたいですね。

 シアさんは石をぎゅっと握ると、そのまま片足をあげて振りかぶり、あげた足を踏み込むと同時に腕を振りきりました。

 

 バリッ!


 防御魔法が物凄い音を立てました。

 

 「こ、この通りです。ニーナさんがこれ以上の攻撃が出来ない限りは僕の体に拳が届く事はありませんよ」

 

 ニーナさんは今の出来事をみてとても驚いた顔をしています。

 それと同時に僕も内心バクバクです!

 まさかシアさんが投げた石が防御魔法にヒビを走らせるとは思いもしませんでした。

 これがもし、石ではなくそれよりも硬い鉄などの素材だったら間違いなく防御魔法は割れていましたね。

 

 「それは……やってみないとわかりません!」

 「なら、試してみてください」

 「わかりました。遠慮なく……」


 あれを見て臆さないのはそれだけ本気という事ですね。

 だって、素手での戦いですよ?

 防御魔法は剣を簡単に弾くくらいですので、当然ながら手で殴れば痛いです。

 それをわかっているのかはわかりませんが、それでも向かって来てくれるようです。

 なら、僕もそれに応えないといけませんね。

 正直、気は乗りませんけどね。

 

 「では、行きます!」

 「はい!」

 

 ニーナさんが僕に向かって駆け出しました。

 猫族というだけあります。

 やはりスピードだけならそこそこあります。

 ですが、そこそこです。シアさんには遠く及びませんね。

 なので、シアさんの動きに慣れた僕からしたらニーナさんの動きは手に取るようにわかります。

 

 「はぁぁぁぁーっ!」

 

 掛け声とともに、ニーナさんは跳躍しました。

 当然、その動きも見えていますよ!

 そして、それは無駄な動きです。

 シアさんのように空中でジャンプできれば別ですが、ニーナさんはそのような事は出来ません。

 なので、跳んだら後は落ちてくるだけ。

 そうなったら後は簡単ですよね? ニーナさんの攻撃を受けるだけです……敢えて顔面で!


 「にゃにゃっ!?」


 ニーナさんが困惑したような声をあげました。

 それに対し僕は……。


 「いたた……」


 転がりながら吹っ飛びました。

 

 「ゆ、ゆあんにゃ? だ、大丈夫かにゃ?」


 大丈夫ですよ。

 今の拳で口の中を切ったようで、口の中に血の味が広がっていて、ズキズキと頬が痛みますがそれだけです。

 そんな事よりも、僕は今ので本気で頭にきましたからね!


 「ニーナさん、僕の事を少し侮りすぎじゃないですか?」

 「そ、そんな事ないにゃっ!」

 「いえ、侮ってますよ!」


 僕は今まで防御魔法で身を守ってきたので、生身で攻撃を受ける事はありませんでした。

 なので、他の冒険者と比べても打たれ弱い自信があります。情けない話ですけどね。

 それなのに、この程度のダメージで済んでいるのはおかしいですよね?

 それは、ニーナさんが本気ではなかったという証拠です。

 それに、これはどちらかが負けを認めるか、気を失うかで勝敗が決まります。


 「なんで、追撃をしなかったのですか?」

 「にゃっ、それは……」


 驚いて動けなったのですかね?

 ニーナさんの目が泳いでるのがわかります。


 「それが侮ってると言ってるのですよ。言っておきますけど、僕たちはニーナさんに比べて修羅場と呼べる経験を何度かしてきました」


 戦争だって経験しましたし、魔族と戦ったりだってしました。

 どれも本当の意味で命懸けの戦いです。

 冒険者の依頼という点では経験は少ないかもしれませんが、それ以上に大きな経験はしてきたつもりです。


 「僕の事を舐めてませんか? それとも、防御魔法で手を痛めるのが怖かったのですか? どちらにしても、僕はニーナさんの事は全く怖くないですよ?」


 何度も喰らうのは流石に効きますが、あの程度の攻撃ならもう喰らいません。

 次からは避けきってみせます!


 「い、言わせておけば……ユアンにゃこそ、私の事を舐めてるにゃっ!」

 「そう思うなら、本気で来てください! 僕は逃げも隠れもしませんよ!」

 「望む、ところにゃーっ!」


 ニーナさんの目の色が変わりましたね。

 ようやく、本気になってくれたみたいですね。

 これなら、僕も思う存分にやれます!

 そして、やるからには僕も負けられません!

 僕にだって背負っているものがあるのですから!

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